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遺言書があれば「3つのメリット」で相続が楽になる  プロに聞く「遺言」の話(1) 三井住友信託銀行 フェロー主管財務コンサルタント 斧原元治

2017/3/2

 相続に関する最近の世の中の関心事は、何といっても「遺言書」と「相続税対策」の2つかと思います。どちらも信託銀行が得意とする分野であり、私も当社の国内全支店に250名近くいる「財務コンサルタント」という相続および財産運用管理の専門家の一人として、十数年にわたり、数多くの相続実例に直接対応してきました。そこでこれから3回に分け、私がつぶさに見てきた多くの相続の顛末(てんまつ)をもとに、遺言の有効性や書き方の注意点についてお話ししていきたいと思います。

 相続の問題は、それが表面化して初めて、その怖さや事の重大さがわかるという特徴があります。「親の相続のときは何の問題もなく簡単に済んだわ」という声を聞くこともあるのですが、それはたまたま運が良く、好条件が重なっただけだったのかもしれません。相続は非常に奥が深く、「法律」「税金」「実務」の3つをしっかり理解した上で対応を行わないと、思わぬ落とし穴に落ちてしまう危険が潜んでいます。そのため、失敗のない円滑な相続を行っていくためには、総合的で幅広い知識と、豊富な経験を持ち信頼できる専門家のアドバイスが極めて重要になってきます。

 この「円滑な相続実現」のためのエース的存在であり、切り札でもあるのが「遺言書」です。第1回の今回は、相続時に遺言書があることによるメリットを解説します。一方、遺言書を残すことによるデメリットはほとんどありませんので、これまで漠然と「書いておいた方がいいのだろうか」と考えられていた方は、一度真剣に検討されることをお勧めします。

■遺言書は強力で、法定相続分に優先する

 日本では相続に関する法律的なルールは、「民法」の中で規定されています。その民法によれば、「相続は死亡によって開始する」と定められています。

 そして、ある人が亡くなった際に、その相続財産を受け継ぐ方法には、大きく分けて二通りあります。一つは「相続人間の協議(遺産分割協議)による承継」で、もう一つは「遺言による承継」です。前者は、相続財産の配分を「財産を受け継ぐ側(相続人)の意思」に任せて決める方法であり、後者は「財産を残す側(被相続人)の意思」により決める方法です。

 更に重要なことは、民法では「後者が前者に優先する」と明記されている点です。すなわち、遺言は民法で定められた各相続人の取り分である「法定相続分」に優先し、「遺言書がない場合に初めて、法定相続のルールを基準に、遺産分割協議にもとづき財産分けをする」ということになります。

 そのため遺言書がない場合には、相続人全員で遺産分割協議を行って、一つ一つの財産について、誰にどのように配分するか協議し、意見を一致させなければなりません。例えば、親が亡くなって3人の子供が相続人となり、そのうち2人の間では財産分けの話がまとまったので、その分だけ先に財産分けを済ませる……というわけにはいかないのです。

 言い換えれば、「相続人が全員一致で」賛成しない限り遺産分割協議はまとまらず、その間、相続財産は法律上「相続人共有の財産」という扱いとなるので、特定の相続人が他の相続人の合意なく勝手に手を付けることはできない、ということです。遺産分割協議がまとまらないと各種の相続税の軽減メリットを受けられないなど、金銭的にも非常に困ったことが起きますし、相続人(当事者)間で話がまとまらなければ、家庭裁判所での調停や裁判所の審判をあおぐこととなります。私が見聞きした範囲では、10年以上もの長きにわたって相続ならぬ「争族」として骨肉の争いを繰り広げているケースもあるようです。

■最大のメリットは「財産の割り付けができる」こと

 このことは逆にいえば、「遺言書があれば、遺産分割協議により発生する厄介な問題を初めから生じさせずに済む」ということを意味します。遺言書を作っておくことで、以下の3つのような具体的なメリットが得られるのです。

 まず第一は、「法定相続分にこだわることなく、財産分けができる」ということ。例えば、私が担当したAさんは「子供たちは子供たちで生きていけるので、私の全財産は長年苦労を共にした配偶者に残したい」という希望を持っておられました。遺言書があればこうした希望もかなえられますし、残された家族や親族の状況に配慮した財産分けをすることができます。

 第二は、「具体的な財産の割り付けを決めることが可能」ということ。例えば「子供には現預金を残して、配偶者には住み慣れた自宅を残したい」とか、会社経営者の方や農家の方は「事業基盤となる会社株式や農地を、後継者となる者に確実に残したい」など、具体的な財産の割り振り方の紐付けを行うことができます。相続においては、実はこの「誰に何を残すか」というのが最も重要なポイントであり、遺産分割協議の場合、この点が最も紛争に発展する要素を含んでいます。経営者の方なら円滑な事業承継のためにも、遺言は非常に有効な手立てといえます。

 第三は、「相続人以外の人や法人組織にも自分の財産を分け与えることが可能」ということ。例えば、親身になって面倒を見てくれた息子の嫁、親戚や知人に財産分けをすることや、自分が死んだ時に学校や公益財団法人に寄付する場合などです。なお、このように相続人以外の人や法人に相続財産を遺すことを「遺贈」といいます。

■事務処理の手間や心理的負担も軽減

 遺言書が相続で役に立つといわれるのは、以上のように遺言には法律上の様々なメリットが与えられており、結果として、相続人の間の揉めごと防止に極めて有効だというのが最大の理由です。

 しかし、それだけではありません。遺言書があれば、法律上「相続による遺産分割が遺言者の死亡と同時に確定する」と解釈されます。なので例えば、企業オーナーの方の後継者への株式移転も即座に行われますし、「株主の不安定な状態を避けること」も可能です(遺産分割協議になってしまうと、株式は全相続人の共有になり“宙に浮いた”ような状態になる)。また、遺産分割協議書を作成する労力も時間も必要なくなりますので「相続手続き事務の軽減メリット」は計り知れず、「10カ月という時間的制約のある相続税申告への対応負担が少ない」など、相続人の負担感が大幅に軽減されるメリットも覚えておいていただくとよいでしょう。

斧原元治(おのはら・もとはる) 三井住友信託銀行 大阪本店営業部 フェロー主管財務コンサルタント。1979年慶応義塾大学経済学部卒。住友信託銀行入社。渋谷支店、国際部、ロンドン支店、総合資金部などで融資、FX、外貨運用などに従事。プライベートバンキング部(本店)部長、すみしんウェルスパートナーズ専務取締役、大阪本店営業部 理事上級主席財務コンサルタントを歴任。16年4月より現職。

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