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iモードからMITへ 「言葉の裏」理解する大切さ知る NTTドコモ イノベーション統括部 担当部長 笹原優子氏(下)

2017/3/16

 NTTドコモで携帯電話インターネット接続サービス「iモード」を開発する部署に6年間在籍したのちも、社内で携帯電話の企画や仕様に関する業務に携わってきた笹原優子氏。そんな笹原氏に再び転機が訪れたのは、2012年のことだった。会社派遣で米マサチューセッツ工科大学(MIT)に1年間留学することになり、今度は、人種も国籍もバラバラの文化的多様性がある世界へと飛び込むことになったのだ。

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 iモードの開発チームを離れた後は関西へ異動になり、その後また東京の本社に戻り、端末の商品企画やサービスの企画を担当していました。

 端末は好きで、けっこう楽しく仕事をさせてもらっていましたが、同時に限界も感じるようになりました。世界のベンダーが次々と台頭してくるなかで、日本市場のことしかわからない自分自身に焦りを感じ、このままでいいのか、それとも、もっとグローバルで通用することを勉強すべきか、と悩んでいました。

 そんな矢先のある日、MITへの留学にチャレンジしないか、という話がありました。

■外国人に会うと冷や汗が出るほどだった

 もともとグローバル志向の強い方ではありませんでしたし、海外に住むなんてとんでもないと思っていた人間です。外国人と会うと、冷や汗が出ちゃうくらい緊張するタイプでした。そんな私が留学することになり、英語能力テスト「TOEFL」を受けないといけなくなった。自分では「暗黒の1年間」と呼んでいますが、一時期は、吐きそうになるほどつらかったんです。

 留学に向けた勉強をし始めたのは2011年の初めごろ。夜はとにかく毎日、英語を勉強し、それと土日は英語の予備校にも通いました。その頃は受験勉強がつらくて、電車に乗る時は必ずホームの真ん中を歩くようにしていました。そうしないと、フラフラして線路側に倒れちゃいそうだったので。

 じつは2000年に結婚もしていて、夫は大阪にいました。結婚してからこれまでの間、2年間しか一緒に住んだことはありません。最初のうちは遠距離恋愛だったため、「結婚したら、私が大阪に行かなくちゃいけないのかな」と思ったこともありました。でも、住所が別々でも結婚はできると気がついて。以来、東京と大阪、離ればなれの生活が続いていたところに、留学の話が舞い込んできた。

 グローバルなキャリアをつかむチャンスだとわかっていても、自分としては自信がなくて、ちゅうちょしました。背中を押してくれたのは夫です。

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