身近な人を元気づける2つのステップ ウィンチ氏
「NYの人気セラピストが教える 自分で心を手当てする方法」著者インタビュー(4)
「TEDトーク(TED Talks)」における「感情にも応急手当てが必要」と題したプレゼンテーションが、430万回以上も再生されている米国の心理学者、ガイ・ウィンチさん。本シリーズでは、来日したガイさんに"心の傷"の手当ての大切さについて聞いてきた。今回は、身近な人が苦しんでいるときにどう元気づければよいかについて詳しく聞く。
心の傷には「共感」と「解決策」の2つが必要
――自分の心の傷を手当てする方法を知らないと、身近な人が傷ついているときの接し方も難しくなると思います。身近な人を元気づけたいときに、大切なことはどんなことでしょうか。
前回「失敗こそ、心に潜む盲点に気付くチャンス」では、「失敗したとき」の気持ちの立て直し方についてお話をしましたが、私が失敗して落ちこんでいる人に対してカウンセリングを行うときには必ず2つのことを行うようにしています。
まず行うのが、「共感する」。大変だったね、残念だったね、と感情移入をして、相手の思いに対して共感します。
次に行うのが、「解決策を考える」こと。「Now,……」というふうに切り出します。「では、この失敗を成功に導くためにどのようなことができるかを一緒に考えましょう」というふうに。その際には、どういう間違いをしたから失敗をしてしまったのかについても見つめ、修正をしていきます。
例えば身近な人が落ちこんでいる様子のときは、「どうしたの?」と声をかけて、強引に話を聞こうとするのではなく「もし話をしたくなったら、話してね」と相手に選択の余地を残しながら、ひと言伝えてみるのがいいと思います。
――共感をして、次に、ともに解決策を考えるのですね。このやり方は、いろいろな感情に対処するときにも役立ちそうです。
その通りです。このプロセスは、私が心と向き合うときに常に大切にしている大原則です。共感とは、すなわち感情移入をするということ。これをきちんと行わないと、次のステップの「今後どうするか」という作戦を受け入れてもらうことができません。
どちらかひとつだけでもダメ。両方やらないと意味がないのです。
――共感力については、著書の第2章でも「共感力を高める3つのステップ」が紹介されています。ただ表面的に「分かったつもり」でいることが多いけれど、このようにステップを踏むと、相手の気持ちをより深く理解できる気がします。
その通りです。相手に共感を示したいときは、次のようなステップを意識するとよいでしょう。
〈共感力を高める3つのステップ〉
1 相手の置かれた状況をリアルにイメージする
・場所はどこで、まわりに何があるか?
・他には誰がいるか?
・時刻はいつか?
・体調はどうか? どんな気分がするか?
・あなたを見たとき、どんな気持ちになったか(その気持ちはひとつだけとは限らな い)
2 そこに至るまでの経緯を考慮する
・同じような場面を過去に経験しているか?
・どんな期待や不安を抱いてその場にやってきたのか?
・心配事やストレスを抱えていたか?
・その日はどんな一日だったか?
・誰かほかの人との関係がその場に影響しているか?
3 共感を上手に伝える
・きちんと言葉にして、自分の理解を相手に伝える
・相手の気持ちを理解しても態度に表さなければ意味がない
共感力を高めるトレーニングは、身近な人はもちろん、いろいろな状況でなるべく多くの人を相手に練習するといいでしょう。ケンカをしたときにだけ相手の気持ちを考えるのではなく、普段から「これをしたら、相手はどう感じるだろう」と考える習慣をつけてください。
これがうまくできるようになると、元気をなくした相手を元気づけられるのはもちろん、コミュニケーションする相手の反応を予測でき、スムーズに交流できるようになります。説得や交渉の場でも活用できますし、思いやりや共感の能力も向上します。
自分と他人は違うという前提に立ち、そのうえで相手の気持ちを考えてみる。最初はうまくできなくても、練習を続けるうちに上達します。
夫婦間のすれ違いも「共感力不足」から生まれる
――確かに、共感力は大切ですね。よく、夫婦間でも互いを思いやっているのに、うまく共感がしあえずにすれ違ってしまうことがあるようです。
男性は解決策を出したがり、女性は共感してほしいと思う傾向にあるので、夫は妻に話しても「大変だったわね」と言われるだけでは不満足、妻も気持ちを分かってほしいのに解決策ばかり出されて不満足、ということがよくあります。
私は夫婦カウンセリングもよく行うのですが、特に夫婦は長く一緒にいる期間が長いほど、すれ違いも多くなるように見えます。なぜなら、親しくなるにつれて、私たちは相手に対する努力をさぼってしまうから。相手のことを「分かった気」になり、そのために、いちいち真剣に向き合おうとしなくなるのです。夫婦間でも、まず「共感」をすることを大切にしてください。共感をしてもらうと、人はふぅ、と心を落ち着けることができる。そうなってはじめて、人からの助言を受け入れられる準備ができるのです。
イライラは、有効な対処で消化する
――日常では、イライラすることが多いです。人間関係だけでなく、満員電車や、どんどん送られてくるメールなど……。イライラしたときにやるべきことも教えていただけますか?
イライラは、怒りと同じ性質を持っています。怒ったことをただ人に話すだけでは、第2回「『苦しいときは話すことが大切』のウソ」でもお話しした「反芻(はんすう)」となり、より怒りが強まることがある、ということについてはもうご理解いただいたでしょう。
「アナライズ・ミー」という映画をご存じでしょうか。ロバート・デ・ニーロが演じるマフィアのボスが、パニック障害になるのですが、精神科医は怒りをもてあます彼に「クッションに八つ当たりするんだ」とアドバイスし、それを聞いたデ・ニーロがいきなりクッションにバンバンと銃弾を撃ち込むというシーンがあります。このように、怒りは発散すべきだ、という考え方が世の中で広く信じられているようです。
ところが、このような怒りの発散には効果がなく、むしろ有害だということが最近、分かってきました。ある研究では、参加者を3つのグループに分け、怒りの変化を調べました。グループ1は、むかつく人のことを考えながらサンドバッグを殴る。グループ2は、無関係なことを考えながらサンドバックを殴る。グループ3は、何もしません。
その結果、グループ1の人たちは怒りがエスカレートし、攻撃的な言動が目に見えて増えました。グループ2はそれよりも穏やかでしたが、やはり攻撃性が高まりました。結果的には、何もしなかったグループ3の人達がもっとも怒りと攻撃性が低いということになりました[注1]。
[注1]DOI:10.1177/0146167202289002
――物をたたいたり、人に「腹が立った!」と話すことではイライラは消えないどころか、むしろ加速するのですね。
例えば、通勤電車が遅れたときに、イライラしてきたとします。仕事場に着くまでに1時間ある。この時間をどう過ごしますか?
1 どうして遅れたのかずっと考える
2 遅れてしまったけれど、1時間を有効に使おうと決める
(仕事の準備をしたり、お母さんに電話をしたり、目を閉じて瞑想〔めいそう〕をする)
どちらが生産性を下げ、どちらが生産性を上げるかは明らかですね。イライラしていることをまず認めることも必要です。ただ、この時間をどう生かそう? と気持ちを切り替えることが大切です。
ガイさんが習慣にしている「感謝のエクササイズ」
――かすり傷ができても、すぐに治すことができる、そんな心の健康を保つために私たちが覚えておくといい習慣はありますか? ガイさんがなにか行っていることがあれば教えてください。
基本的には、自分に常に「調子はどう?」「どう感じている?」と問いかけています。さらに、毎朝、私が習慣にしていることをお教えしましょう。それは「感謝のエクササイズ」です。3つほど、「感謝すること」を思い浮かべるというシンプルなやり方です。家族が元気であること、仕事を楽しんでいること、体の調子がいいこと――こんなふうに思い浮かべてみましょう。
こういった習慣を継続することで、心の傷が浅いうちに手当てできるだけでなく、心の抵抗力を身につけていくことができます。もちろん、子どもたちにも心のいたわり方を教えてあげてください。
【「NYの人気セラピストが教える 自分で心を手当てする方法」著者インタビュー】
心理学者。ニューヨーク大学で臨床心理学の博士号を取得後、セラピストとしてニューヨーク大学メディカルセンターに勤務。その後、マンハッタンで開業し、20年以上にわたって心理療法を実践している。講演家としても定評があり、TEDトーク「感情にも応急手当が必要な理由」は430万回以上(2017年2月時点)視聴され、「2015年で最も人気のトーク」にランクインした。「ハフィントン・ポスト」や心理学誌「サイコロジー・トゥデイ」にブログを寄稿。他の著書に『The Squeaky Wheel』(未邦訳)がある。
(ライター 柳本操)
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