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ホテル、耐震性公表の荒波 安全優先 淘汰始まる

2017/2/26

4月の営業再開に向け耐震補強工事中の「土肥グランドホテル明治館」(2月上旬、静岡県伊豆市)

30年以上前の古い基準で建てられた大型ホテルの耐震性について、公表する自治体が出始めた。新たな基準を満たさない施設は淘汰の波にさらされている。

東海地震などが連動して起きる「南海トラフ巨大地震」が警戒される静岡県。県と静岡市、浜松市など6市は1月、300余りの大規模な建物の耐震性を公表した。

■大型で旧基準対象

震度6以上の揺れで倒壊の危険性が高いと判定された施設の中には、伊東市の「サザンクロスリゾート」のホテル棟も含まれていた。1972年に建てられた5階建て床面積約8千平方メートルの施設で約60室を備える。ゴルフ場を併設し、北西に富士山、南東に伊豆大島を望む好立地のため人気も高い。

運営会社の原義行会長は「耐震性を高める改修を検討中だが、館内からの眺めをいかに損ねずに改修するか、工法やスケジュールがまだ具体化していない。費用は10億円以上を覚悟しなければならない」と頭を抱える。

公表の対象となった県内のホテル・旅館29施設のうち、震度6強以上で倒壊の危険性が「ある」または「高い」と判定されたのは16施設と半数を超えた。「土肥グランドホテル明治館」(伊豆市)など既に耐震工事を始めた施設がある一方、着工が1年以上先や、未定の施設が多い。

静岡県などが耐震性を公表したのは、2013年の耐震改修促進法の改正で、大規模な建物の耐震性の公表が自治体に求められたためだ。対象となるのは81年以前の耐震基準で建てられた施設。不特定多数の人が出入りし、3階建て以上で床面積5千平方メートル以上の物件などを規制する。各施設は15年末までに診断結果を県など地元自治体に報告。その後、自治体が公表する。

■集客に直接影響

だが、公表はなかなか進まなかった。間違った情報を出してホテル・旅館に風評被害が起きないよう、各自治体とも診断結果の精査に時間がかかったためだ。早く報告した施設が不利にならないよう配慮を求める国の方針もあり、近隣の自治体が公表時期をすり合わせる例が多いことも遅れの一因とみられる。都道府県レベルでは四国4県、北関東3県などが歩調を合わせようと協議していた。

そんな中、昨年、熊本地震や鳥取地震が起きた。「いつ、どこで大地震が起きてもおかしくない。地震リスクが高まる中で、利用者には安全に関する情報を早く伝える必要がある」(愛媛県の担当者)という認識が強まり、昨年10月末の香川県、愛媛県を皮切りに、熊本県や大分県、群馬県や栃木県などが相次ぎ公表し始めた。

ホテル・旅館側にとって、結果の公表は集客に直接、影響してくる。修学旅行生や訪日外国人ら団体客に宿を紹介する旅行会社にとって施設の安全性は自社の信用に関わるからだ。JTBは「耐震補強工事の計画などを踏まえて対応を検討する」という。

とはいえ、大型の建物の改修にはおおむね数億~数十億円の費用がかかる。費用を回収できるだけの収入を上げるのは簡単ではない。そのため耐震性を公表される前に閉館を決断するホテルも多い。

昨年、本州最南端の和歌山県串本町で老舗の「浦島ハーバーホテル」が閉館した。青森県むつ市でも「ホテルニュー薬研」が営業を断念した。ニュー薬研は年2万~3万人が訪れ、黒字経営だったが「10億円を超える見込みの費用を回収するのは難しい」と判断した。

全国のホテル・旅館数はこの20年で36%減った。資本力のあるホテルチェーンが増える一方、古いホテルや旅館が閉館している。麻生憲一・立教大教授は「地方にある古いホテル・旅館は後継者などの人材不足が深刻。耐震性の公表は、閉館を検討している経営者の決断を早める」と指摘する。国は30年に訪日外国人を6千万人に増やす方針だが、民泊など新たなライバルの登場もあり「今後、宿泊施設の淘汰は進む」と麻生教授は言う。

■街ぐるみ再開発

一方で、耐震不足のホテルやその跡地を活用して、ビジネス機会を広げようという動きが出てきた。

星野リゾート(長野県軽井沢町)は、経営破綻した山口県長門市の「白木屋グランドホテル」の跡地に新ホテルを19年に建設する。温泉街への駅の移設や遊歩道の拡張を検討する長門市と組んで、温泉街を再生させる。大江戸温泉物語(東京・中央)は鳴子温泉の「幸雲閣」(宮城県大崎市)を買収した。現在、耐震工事中で3月に営業を再開する。「効率化の徹底で手ごろな価格を実現し、集客力を高める」(マーケティング部)考えだ。

耐震診断の公表によって、基準を満たさないホテル・旅館の経営は厳しさを増す。だが、訪日外国人の増加という追い風の中、新たな発想をもった施設の登場を促すきっかけとなりうる。耐震化の問題を新陳代謝の好機と捉えないと、地域の活力は停滞したままとなる。

■京都市のホテル、自主的に補強工事

国内屈指の観光地・京都では、すでに耐震補強工事に取り組むホテルが相次いでいる。多くの修学旅行生や訪日外国人を受け入れる京都のホテルでは「安全・安心」が特に重要視される。部屋が狭くなるといった耐震補強の弊害を知恵を使って取り払う動きや、耐震診断の対象外のホテルが自主的に補強工事を始める動きも出ている。

1969年開業の「リーガロイヤルホテル京都」(京都市)は、昨年2月から9月まで耐震補強を含む大規模改装工事を実施した。客室は改装前の482室から489室に増やした。ある客室は、事務所として使用していたフロアを客室フロアにした。耐震補強のため、2つあった窓のうち1つを壁にすることになり、居間の面積を狭くする必要が出てきた。だが余った空間を活用し、大型のキャリーバッグを置けるスペースや、大きな浴槽のある浴室、広い洗面台などを作った。大和俊二・副総支配人は「耐震改修を逆手にとって、ユニークな部屋が生まれた。宿泊客からも好評を頂いている」と説明する。

竹林をイメージした装飾には、太くした柱による圧迫感を和らげる効果も(京都市内のリーガロイヤルホテル京都)

今回の大規模改装では、全体的に竹林をイメージした装飾を内装と外装に取り入れ、京都らしさを演出した。他方、耐震補強では柱を太くし、壁は厚くした。1階のロビーの柱を太くすると利用客が入館後すぐに圧迫感を受けてしまうが、柱に竹林をイメージした装飾を施し、太さが気にならないようにする工夫も施した。こうしたリーガロイヤルホテル京都の手法は、耐震補強の1つのモデルとなりうる。

一方、78年に開業した「京都タワーホテルアネックス」(京都市)は現在、耐震補強工事を進めている。3月中旬の営業再開を予定しているが、8階建てで床面積約3700平方メートルと、耐震診断の対象となる「3階建て以上、床面積5000平方メートル以上」を満たしていない。しかし「安心・安全を提供するのが私たちの使命」(運営会社の京阪ホテルズ&リゾーツ)と耐震補強工事を決断した。

耐震診断や結果の公表への義務化を巡っては、対象施設から「床面積5000平方メートル未満のホテルなら安全だというのか」と不公平さへの不満の声もある。もちろん、100%安全だとは誰も言い切れない。ニッセイ基礎研究所の竹内一雅・不動産市場調査室長は「大規模な建築物の耐震性が話題になるにつれ、中小規模のホテル・旅館にも厳しい目が注がれることになる」と指摘している。(福士譲)

おわり

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