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若手リーダーに贈る教科書

統合しかけたビール両雄 あまりにも違う企業文化 永井隆著「サントリー対キリン」

2017/2/25

 国内で1日に刊行される新刊書籍は約300冊にのぼる。書籍の洪水の中で、「読む価値がある本」は何か。書籍づくりの第一線に立つ日本経済新聞出版社の若手編集者が、同世代の20代リーダーに今読んでほしい自社刊行本の「イチオシ」を紹介するコラム「若手リーダーに贈る教科書」。今回の書籍は『サントリー対キリン』。本書は、2014年11月刊の同名の単行本を、大幅に加筆のうえ、1月に文庫化したもの。ビール業界の大手2社それぞれの、文化やマーケティング戦略を徹底分析しながら、酒類・飲料業界に限らず使えるビジネスのヒントがちりばめられている。

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 著者の永井隆さん

 著者の永井隆さんは1958年群馬県生まれ。明治大学経営学部を卒業し、東京タイムズの記者を経て、92年フリーとして独立します。雑誌や新聞、ウェブで執筆活動を行う一方、テレビやラジオのコメンテーターも務めます。著書に『究極にうまいクラフトビールをつくる』(新潮社)『敗れざるサラリーマンたち』(講談社)などがあります。

■今も生きる「やってみなはれ」の精神

 「サントリーは創業から115歳となり、官僚化が進み、やんちゃボーイ、やんちゃガールが少なくなった。新浪さんは、“やってみなはれ”の人なので、グローバル化の推進とともに新しい空気、南風ですな、これを会社に吹き込んでいただけると思う」
(第1章 21世紀のビール・飲料業界 31ページ)

 2014年7月、 サントリーホールディングス(HD)の佐治信忠会長兼社長(当時)は都内のホテルで記者会見を開き、後任人事を発表しました。候補としては創業者、鳥井信治郎氏の曽孫にあたる鳥井信宏氏が取り沙汰されましたが、佐治氏は「若すぎる後継者」として当時、ローソン会長だった新浪剛史氏を新社長に迎えました。創業家の鳥井氏ではなく、新浪氏をトップとしたのには理由がありました。

 サントリーにとってのグローバル戦略の柱はM&Aであり、ローソンから新浪氏をヘッドハンティングをしたのはそのためです。そこまでして海外展開を急ぐ最大の要因は少子・高齢化による国内市場の縮小でした。

 「人は高齢になるほどに、とりわけ酒類を摂取しなくなっていく」と著者は指摘します。総人口そのものが減少し、高齢者の数が増えていく日本においては、海外展開はすでに「待ったなし」も状況でした。

 世界市場に打って出るための大きな動きとして、最初に浮上したのは、キリンホールディングスとの経営統合です。2009年に交渉を始めたものの、それは1年後、破談となってしまいます。株式の分配の問題に加え、そこには企業文化の違いがあったためです。

■失敗よりも、やらないことが罪となる

 「サントリーの強さは、創業者がつくった、文化をつくる精神です。需要創造する、新しい価値を創造する、無から有をつくり出していく。“やってみなはれ”ですから、創造に重点が置かれていて、既存の市場でシェアをとることはそれほど熱心ではない。サントリーの弱さは、ロジカルでない点。行動から入る。過去がどうだったかなど、あまりこだわらないのです。
 キリンですか? あの会社は賢い。市場を俯瞰(ふかん)して、マーケティングをして、どこで勝つのか戦略戦術を明確にし、技術をはじめ経営資源を計画的に投入していく。きわめてロジカルに攻めていきますね。漠と市場を捉え、スピードで攻めるサントリーとは真逆です」
(第1章 21世紀のビール・飲料業界 59ページ)

 12年、サントリースピリッツウイスキーの部長だった鳥井憲護氏は、サントリーとキリンの文化の違い、それに伴う経営戦略の違いについて、このように述べました。

 今では、サントリーといえば押すに押されぬ大企業ですが、明治時代に創業した当時は当然、ベンチャー企業でした。「まぁ、そう言わずにやってみなはれ」「やれるだけのことはやりなはれ」という言葉が、創業者の鳥井信治郎氏の口癖でした。その文化は現在でも受け継がれており、サントリーの首脳たちは「失敗よりも、何もやらないことが罪になる」と口をそろえます。

 一方、キリンは1954年からトップを独走してきました。沖縄が返還された72年にシェア60.1%を達成してから85年までの14年間、連続してシェア6割超えを続けます。

 しかし、この圧倒的なシェアがかえってあだとなり、独占禁止法により、これ以上伸びると会社が分割されてしまうという危機に直面してしまいます。「がんばれば、必ず勝ってしまう。だが、勝利は自分たちを分割という名の破綻へと導いてしまう」。70年代に入社したキリン元幹部がこう語るような状況でした。

■王者の気迫は健在

 「キリンの強さは、品質の高さと、組織力にあります。
キリンの弱点ですか、そうですね、ずっと王者でいたため、挑戦者意識が少し希薄なところでしょう。受けにまわると弱いのです。以前からくらべると、スピード感は出てきたのですけど。
 サントリーについてですか? やはりキリンとの裏返しで、『やってみなはれ』の精神、すなわち挑戦心が組織全体で旺盛というところです。もちろん、マークしていますよ」
(第3章 キリン――凋落した巨大企業 110ページ)

 こう語ったのは当時、キリン製品の国内営業を担うキリンビールマーケティング社長だった布施孝之氏です。両社ともお互いを意識し、分析しているのが垣間見えます。

 ある米国人のM&Aコンサルタントに著者が聞いたところ、日本の飲料業界に手を伸ばさなかったのは、「酒税体系が複雑であったこと」が理由の1つであったようです。しかし、今後は改革がすすみ、新しい変化が起きそうな気配が満ちています。消費者から愛されるものづくりへの挑戦は、キリンもサントリーも続きます。

◆担当編集者からひとこと 堀川みどり
 著者の永井隆氏は、ビール・飲料業界を長く取材し精通したジャーナリスト。小社では、アサヒ・スーパードライ発売以来の「ドライ戦争」の模様を描いた『ビール15年戦争』(2002年)や『ビール最終戦争』(06年)などの著作もあります。
 そんな永井さんが14年、満を持して刊行した単行本の文庫化がこちら。親本もよく売れたため当初はするっと文庫化しようと考えていましたが、ビール世界最大手のアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ベルギー)による2位の英SABミラー買収、酒税法改正など業界全体を揺るがす動きが重なり、気づけば大幅に加筆をしていただくこととなりました。
 出版のスケジュール感を知り尽くしたベテランジャーナリストと、締め切りのサバ読みをしたがる編集者との静かなる攻防が繰り広げられる局面もありましたが、楽しい取材・編集作業で、無事に読み応えある1冊ができあがりました。業界外の方にもお読みいただけるとうれしいです。

(雨宮百子)

「若手リーダーに贈る教科書」は原則隔週土曜日に掲載します。

サントリー対キリン (日経ビジネス人文庫)

著者 : 永井 隆
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 864円 (税込み)

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