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迷い捨て、ミャンマーに根ざす決意 名知仁子さん NPO法人ミャンマーファミリー・クリニックと菜園の会代表理事

2017/2/26

 医療施設がないミャンマーの農村で巡回医療を続けながら、疾病予防のための公衆衛生の大切さを伝える。栄養不足状態を解決しようとつくった有機菜園で雇用も生む。8年前から続ける活動で感じるのは「医師として働くやりがい」だ。

なち・さとこ 新潟県出身。大学病院で勤務後、02年から国境なき医師団に参加。12年から現職。54歳

 医大を卒業後、別の大学の病院に勤務した際、指導教授から言われたのは「女医は男の3倍働いて一人前」。心臓病を専門としたが、治療が成功しても突然死する患者も少なくなかった。

 担当が別の医師だったら助かったかもしれない――。帰宅後に泣く日々もあったが医師の仕事は好きだった。ただ、大学病院という大きな組織では自分を見失いかねず、働き続けることに迷いも出始めた。

 「医師として後悔したくない」。医師を志したのは高校時代。白内障で入院した父を見舞った際、治療を通じて患者に喜ばれる医師の姿に憧れた。原点に立ち戻るため、11年間の大学病院勤務を経て39歳の時に「国境なき医師団」に参加。難民キャンプで聴診器1つで診察を繰り返した。約7年の現地活動を経て帰国。その後、乳がんを患い、医療を通じて生をまっとうするありがたさを実感。ミャンマー人の医師との出会いもあり、医師団時代に訪れたミャンマーに根ざして医療支援をすることを決意した。

 2012年に設立したNPO法人「ミャンマーファミリー・クリニックと菜園の会」を通じて村々を訪れ、のべ2万6千人以上を診察。トイレの使い方など公衆衛生の大切さを訴えてきた。衛生状態が悪く栄養もとれないため治療しても再び病気になる人が少なくない。「健康の基本は食生活」と菜園も作り、現地で有機野菜作りに励む。

 支援がなくても自分たちで健康を保てる道筋をつけるため、巡回で訪れた村にリーダーを置く。自分たちが不在の間、公衆衛生や野菜作りを伝える役割を担ってもらう。

 自らの活動が現地で広まっていくことにやりがいを感じる。チャレンジして「違うな」と感じれば、歩む道を変えてきた。それでもいい。大切なのは、夢を持って挑戦し続けることだと思う。「自分にとって、医者は天職」。語るその目に迷いはない。

(横沢太郎)

〔日本経済新聞朝刊2017年2月25日付〕

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