パート主婦の年収の壁について議論している筧ゼミ。2回目のテーマは社会保険の壁です。年金と健康保険の保険料をパート本人が負担しなければならない106万円、130万円の壁の仕組みを岡根知恵さんが調べました。

岡根 前回のゼミで、税金の配偶者控除が最大になる年収上限が来年から150万円に引き上げられると説明しました。それなら150万円まで頑張って働こうと考えるパート主婦は少なくなさそうですが、立ちはだかるのが社会保険の壁なのです。
宗羽 社会保険は老後のための年金や病気、ケガの医療費のための健康保険のことですね。確か新しく106万円の壁ができたと聞きました。
筧 正社員などが501人以上の企業で働くパートが対象で、該当するのは約25万人とみられます。岡根さん、詳しく説明してください。
岡根 パート主婦が自分で社会保険料を負担する年収の壁は130万円でしたが、昨年10月から規模の大きい企業は106万円の壁もできました。パートが企業と契約している所定労働時間が週20時間以上で、働く期間が1年以上の予定であれば、年収106万円以上で厚生年金と企業の健康保険に加入しなければなりません。
宗羽 自分で保険料を負担するわけですね。
岡根 厚生年金と企業の健康保険は、保険料を企業と折半で負担する仕組みです。夫が会社員などのパート主婦で年収が106万円未満なら、年金は国民年金の第3号被保険者、健康保険は夫の被扶養者という立場です。いずれも保険料は自分で払わなくて済みますが、壁を超えると負担が発生するわけです。
宗羽 保険料の自己負担はどのくらいですか。
岡根 収入によって変わります。社会保険の収入の基準である標準報酬月額を8万8000円とすると、厚生年金が月8000円、健康保険が月4400円ほどです。その分だけ手取り収入が減りますから、家計に少なからず影響するのです。40歳以上のパート主婦なら介護保険料の負担も上乗せされます。
筧 岡根さん、負担増だけでなく、メリットにも触れた方がいいですね。
岡根 はい。厚生年金に加入すると、将来の年金が増えます。例えば20年間、月8000円の保険料を納めると、保険料の合計は192万円です。一方、65歳から受け取る年金が月9700円増えます。単純計算では、おおむね82歳を超えて長生きすれば収支はプラスになります。女性の平均寿命は87歳ですから、元を取れる可能性は小さくないですね。このほか万が一の場合に障害厚生年金が受給できます。
筧 健康保険でも、病気やケガで働けなくなった場合に傷病手当金が出るメリットはありますよ。それまでの給与の3分の2を最長1年6カ月にわたって受給できます。出産のため産前産後休暇を取り、その間の給与が支払われない場合は同3分の2の出産手当金も出ます。
宗羽 正社員などが501人未満の企業のパートなら、社会保険の壁は130万円だけですね。
岡根 はい。ただし130万円の壁を超えた場合に自分で加入するのは、厚生年金と企業の健康保険ではなく、国民年金と市区町村の国民健康保険です。この場合、これまで社会保険料を自分で負担していなかったパート主婦にはメリットがありません。月1万6260円の年金保険料を払っても将来の年金は増えませんし、国民健康保険には傷病手当金や出産手当金もありません。
宗羽 負担が増えるのにメリットがないのでは壁を超えて働く気持ちがしぼんでしまいそうですね。
筧 そうした面は否めませんね。国民健康保険は市区町村によって保険料のばらつきが大きいので一概には言えませんが、年金と健康保険料の負担を上回って手取りを増やすにはかなり働く必要があります。
宗羽 気をつけないと、残業などでうっかり130万円の壁を超えてしまうこともあるのでは。
岡根 それほど神経質になる必要はないようです。社会保険の壁を超えたかどうかは、税金の壁のように年末締めできっちりと決められるものではありません。実務上は「見込み」で判断するのです。月収が10万8334円以上なら年収130万円の壁を超える計算ですが、その月にたまたま残業が多かったのなら、壁を超えていない場合もあります。
筧 106万円の壁は企業からのパート収入だけが基準ですが、130万円の壁は収入全体です。例えばパート主婦が相続で賃貸アパートの家主になって家賃収入を得るようになると、壁を超えてしまう可能性がありますね。
岡根 実は106万円の壁と130万円の壁では、パート収入の定義も異なります。106万円の壁のパート収入には賞与や残業代、通勤手当などが含まれません。つまり所定労働時間に時給をかけて月収8万8000円以上になる契約でなければ、原則として厚生年金などに加入しなくていいわけです。
筧 分かりました。こうした税金や社会保険の壁を踏まえて、具体的にどんな働き方を選べばいいのか、次回のゼミでさらに研究しましょう。
特定社会保険労務士 篠原宏治さん
2018年から年収150万円まで配偶者控除の対象になるため、もっと働こうとするパート主婦が増えるかもしれません。ただし、同じ年収150万円でも、国民年金と国民健康保険に入るのか、厚生年金と企業の健康保険に入るのかによって、手取り収入と将来の年金がかなり左右されます。国民年金の場合、将来の年金は増えないのに月1万6260円の保険料の負担だけが新たに発生するので、厚生年金に比べて不利になります。
仮に従業員501人以上の企業のパートで年収150万円まで働いても、所定労働時間が週20時間に満たないと106万円の壁の条件に当てはまらず、厚生年金ではなく国民年金に加入することになります。この場合、雇用契約上の所定労働時間を増やして厚生年金に入れるよう企業と交渉することを勧めます。(聞き手は表悟志)
[日本経済新聞朝刊2017年2月18日付]