グローバルに活躍する女性リーダーの輩出や、多様な人材が力を発揮できる働き方の実現に向け、日本経済新聞社は1月25日、「グローバル・ウーマン・リーダーズ・サミット」を東京都内で開いた。「企業力を強化するダイバーシティ グローバルな働き方とキャリアの築き方」をテーマにしたパネルディスカッションでは、変化の時代のキャリア形成に求められる視点や新しい働き方を議論した。(本文敬称略)
司会:一橋大学名誉教授 石倉洋子 グローバル化やIT(情報技術)化が急速に進み、社会が大きく変化する中で、働き方はどう変わっていくのか。
ウォンテッドリー代表取締役CEO 仲暁子 グローバリゼーションの中でコモディティー化せずに生き残れる価値を提供できる人は、「給料が上がるなら頑張る」というこれまでの時代とは違うモチベーションを持っている。お金ではなく、仕事で成長できる、共感できる、自分の裁量があるといったところにモチベーションを見いだす人が増えている。
石倉 ダイバーシティ(人材の多様性)が進み、考え方が違う人がたくさん出てくる中で、マネジメントはどうあるべきだと思うか。
日本マイクロソフト会長 樋口泰行 ダイバーシティについて「こう振る舞うべきだ」とトレーニングをしても、心の底からインクルーシブになるのは難しい。ダイバーシティ(が重要だ)とずっと言い続けて初めてマインドが保てるが、少しでも緩めるとすぐに組織は復元してしまう。マネジメントとしては、それを言い続けるしかない。
石倉 異なる文化に対するセンシティビティー(感性)を育むためには。
適応力と自分の価値観、両方を鍛える
経営大学院INSEAD教授 エリン・メイヤー 本を読む、戦略を学び実践してみるという手もあるが、異なる文化の中で働いてみるのも一つの方法だ。そのとき、新しい環境に適応して働くか、自分自身のやり方を貫くのか。実はその両方が大切だ。本来の自分の価値観や文化が左脚だとすると、右脚は常に新しい環境に適応できるよう鍛えるといい。国際社会で働く筋力、男性社会の中で働く筋力などいろいろな筋力を鍛えておけば、柔軟に働くことができる。
石倉 技術が進歩し、グローバル化が進む一方、保護主義も台頭しつつある。様々な変化が起きるこの時代に、自分が面白いと思えることをどうやって選んでいくか。「新しい働き方」を実現するために、個人は何をすべきか。
メイヤー 女性は特に、どこに自分のエネルギーを集中して注ぐか、優先順位をつけることが重要だ。私は出張が好きだが、子どもがいるので、今はできるだけ短期間にしてその間集中して仕事をする。家にいるときは子どもと充実した時間を過ごす。日本の女性がなぜもっと働かないかというと、家事育児の負担が大きいから。例えば家事を全部やってもらえれば、仕事に集中できる。時間ではなくエネルギーを、どこに優先的に注ぐのかを判断することだ。
樋口 人によってやりたいことは違う。活躍の場を貪欲に求める、仲間と一緒に喜び合う、社会的責任や使命を追求するなどいろいろなステージもある。それぞれが、パッションをもって何かに熱中できていることが大切だ。自分のやりたいことと、社会や組織のためになることが100%一致するのは難しいが、なるべく2つの角度が合う形で考えていけたらいいと思う。
何が面白いか、探すための美学が大事
仲 情熱と愛をもって取り組めることを見つけるには、美学を持つことが大事だ。そのためには、自分にとって何が面白いのかを探すための物差しがいる。それを持つには「時空」が必要。時間は歴史を学び、未来を考える。空間は違う国にいって異なる価値観を学ぶ。そうすることで自分の美学が分かってきて、最終的に美学が人やチームを動かす。スキルやテクニックは時代とともに変わっていくので、一番大事なのは美学。それを日々高める努力をするといいと思う。
異文化の意思疎通、丁寧に エリン・メイヤー氏講演
「ある国ではプロフェッショナルとして理にかなう振る舞いが、他の国では不適切と思われることがある」。異文化理解が専門のINSEAD教授、エリン・メイヤー氏は世界18万人と面談し、55カ国の「カルチャーマップ」を作成。文化の違いがグローバルビジネスにどんな影響を及ぼすのかを研究する。
米国ミネソタ州育ち。東南アジアやアフリカで勤務し、現在はフランス人の夫と結婚して17年間パリ在住と、公私とも異文化の中で過ごした経験を持つ。
国ごとの様々な違いは、多くの人の調査結果の分布を表すつりがね型曲線の中心点を見比べて分析する。
例えば「フランス人と仕事をするのはどうか」という質問を様々な国の人にした場合。「米国人に聞くと『フランス人はカオスで無秩序、時間も守らない』と答える。同じ質問にインド人は『堅苦しく、時間にうるさく、硬直的』と回答する」。メイヤー氏の研究によると時間の感覚は米国、フランス、インドの順で厳格といえる。ところがドイツ人は「それはおかしい」という。「彼らは米国人について、米国人がフランス人を見るときと同じように見ている」。
意思疎通の仕方にも、文化による違いがある。「米国人は、相手との共通の価値観が少ないことを前提として、シンプルで明瞭な『ローコンテクスト(低文脈)』のコミュニケーションが効果的と考える」。対照的に日本やフランスなどのハイ・コンテクスト(高文脈)な文化では、行間や言外の意味を理解し、「空気を読む」ことが求められる。
「グローバルな組織で最も誤解が生まれやすい組み合わせは、共にハイコンテクストに属しながら異なる文化を持つ人たち同士」とメイヤー氏。シンプルなコミュニケーションの文化背景を持つ人から見ると、ハイコンテクストの社会は「透明性を欠いている、信用できない」と捉えがちだ。逆にハイコンテクストの文化の人は、ローコンテクストの人が詳しく説明するので、自分が子ども扱いをされていると感じる傾向がある。グローバルなチームの意思疎通では、こうした摩擦を避けるため「やりとりを文書化したり反復したりして何度も確認し、メッセージをできるだけ明確にすることが大切だ」。
意思決定の方法が国や文化で異なると知っておくことも重要になる。「米国はトップダウンで決定し、その後頻繁に内容を更新する可能性があるが、日本は決定プロセスでの合意形成が必要で、それで最終決定だ」。互いの意思決定の仕方が違うことを前提にしないと、大きな誤解や混乱を招く。多様な背景を持つ人が参画するグローバルビジネスにおいては、「仕事の進め方を細部まで、明確に定めておくこと」が欠かせない。
多様性から変革生まれる 樋口泰行氏講演
ダイバーシティを推進して実感するのは、職場のマジョリティーである男性がその重要性を腹落ちしていないと絶対に進まないということだ。
ダイバーシティはなぜ重要か。いろいろな観点があるが、一つは「公平性」の文脈だ。女性は人口の半分いる。能力が同じであるとしたら職場にもマネジャーにも、役員にも半分いないとおかしい。
トランスフォーメーション(変革)が求められていることもある。日本企業の多くは男性に最適化されたモノカルチャーな組織。高度成長期のように長期間戦略を変えなくていいならそれでよかったが、戦略を変えなくてはいけない局面では、異分子同士が化学反応を起こし、変化していかなくてはならない。ダイバーシティへの感度が低い企業は社会の変化にも鈍感だ。
生産性の低さも指摘されている。働いた時間で評価するのではなくアウトプットで評価しなければならないが、その転換が、ほかの先進国に比べ日本は遅れている。
生産年齢人口が減る中、女性やシニアの社会参画を進めていかないと経済は成長できない。これを支えるのが大きな意味での働き方改革だ。日本マイクロソフトでは、自宅だけでなくどこで仕事をしてもいい。ワークライフバランスや生産性向上への取り組みが進んだ結果、女性の離職率は2010年に比べマイナス40%になった。
まったなしで働き方改革を進めるべきだ。女性が参画しやすい働き方に変えないとイノベーションは生み出せない。男性に最適化された働き方を脱し、柔軟性を高める必要がある。改革を進めるうえで、一番重要なのはマネジャー層のマインド。長時間働かないと評価されないという意識を変えることが重要だ。
〔日本経済新聞朝刊2017年2月25日付〕