ガイ・ウィンチさんは、現在、ニューヨーク・マンハッタンで開業し、20年以上にわたって心理療法を実践する心理学者だ。2016年12月には、TEDトークを紹介するNHKの番組「スーパープレゼンテーション」に出演、優しく、ときには熱い口調で「こんな世界を想像できますか? あらゆる人が心理的にもっと健康になったら? 孤独や落ち込みをそれほど感じないでいられたら? 失敗の克服法を知ったら?……」と、心の手当てについて語る講演が多くの人の胸を打った。
彼は著書「NYの人気セラピストが教える 自分で心を手当てする方法」の中で、「私たちは、体の不調はうまく手当てができるのに、どうして心の不調になるとお手上げになってしまうのか」と問いかける。そしてその答えは「私たちは心の手当てを学んでこなかったからだ」という。
確かに、風邪を引いたら、10歳の子どもでも、温かくしてたっぷり眠ることが大切だ、と知っているだろう。転んで擦り傷を作ったら、すぐに傷口を洗ってばんそうこうを貼る――このような手当てを、誰もが当たり前のように実践することができる。
一方、心の手当てのほうは――?
もちろん、身近な人を亡くす、解雇される、といった大きなダメージの場合は、誰もが「なんらかの心のケアが必要」と感じるはずだ。
しかし、私たちは普段の生活で、もっと小さな、「失敗」「孤独感」「罪悪感」といった、いわば擦り傷や切り傷を繰り返している。そして、そのような「心の傷」を見ようとせずに放置することによって、あたかも傷が化膿(かのう)するように、心の傷がじわじわと私たちの精神状態をむしばむことがある、とガイさんは考えている。
これまで多くの人や夫婦、家族をカウンセリングしてきた経験をもとに、著書では、合計7つの「心の傷」を取り上げ、それぞれの傷の症状、特徴、そしてすぐに実践できる気持ちの切り替え方などの「手当ての方法」を解説している。
そこには様々な背景を持つ実際のクライアントのエピソードが盛り込まれ、さらに、学術誌に掲載された心理学の研究成果も補足されていて、心理学の「今」を知ることもできる絶好の書となっている。
〈ガイさんが著書で取り上げている7つの心の傷〉
1「自分を受け入れてもらえなかったとき」――失恋、いじめ、拒絶体験
2「誰ともつながっていないと感じるとき」――孤独
3「大切なものを失ったとき」――喪失、トラウマ
4「自分が許せなくなったとき」――罪悪感
5「悩みが頭から離れないとき」――とらわれ、抑うつ的反芻
6「何もうまくいかないとき」――失敗、挫折
7「自分が嫌いになったとき」――自信のなさ、自己肯定感の低下
これら7つの心の傷は、私たちが子どものころから思春期を経て、大人になった今でも、たびたび遭遇する感情といえる。
心の傷で重要なのは、「目に見える症状だけで終わらず、自分では気付かない側面を持っていたり、“合併症”を引き起こす場合もある、ということ」とガイさんは言う。
合併症とは、例えば孤独な気持ちをこじらせると体に深刻なダメージを及ぼして寿命が短くなったり、自滅的な行動をとりやすくなり、自分をさらなる孤独に追い込む、という悪循環などのこと。最近の研究でも、「孤独のリスクは喫煙のリスクに匹敵する」[注1]、「孤独な人はそうでない人よりもインフルエンザ予防接種の効果が低い」[注2]など、心と体の関わりが続々と明らかになっている。
日々感じるちょっとしたモヤモヤやイライラの対処法を知って、早め早めに手当てするのとしないのとでは、自分自身の心の状態はもちろん、人間関係、ひいては人生そのものにも響いていきそうだ。
[注2]Health Psychol. 2005;24:297-306.
心の傷をぞんざいに扱ってはいないか
「単なる落ち込みだ」「挫折感なんて仕事にはつきものだ」……。そう軽く見ずに、しっかりと「心の手当て」をすることはどのように重要なのか。
来日したガイさんへのインタビューの第1回目では、「私たちにとって心の手当てがなぜ大切なのか」について説明してもらおう。