パート主婦の壁 就業調整、税より配偶者手当を意識

2017/2/18

記事

筧ゼミは今週から「パート主婦の壁」をテーマにします。収入が一定水準を超えると税金や社会保険料が発生し、働く意欲に水を差すとされる見えない壁のことです。自らもパートで働く主婦の岡根知恵さんが発表します。

筧花子(かけい・はなこ、50=上)経済大学院教授。家計の経済行動や資産形成、金融リテラシーが専門。 宗羽士郎(そうば・しろう、23=中)大学院1年生。中堅証券「宗羽証券」創業家の一人息子。IT好き。 岡根知恵(おかね・ちえ、38)パート主婦。将来の家計に不安を覚え、金融知識を身に付けようと大学院に。

 まずは「103万円の壁」からお願いします。

岡根 現在の制度では妻がパートで働く場合、年間の収入が103万円以下なら、夫は所得税で年38万円の配偶者控除を受けることができ、税金を節約できます。妻にも所得税はかかりません。でも103万円を超えると、夫は配偶者控除を受けられなくなり、妻にも所得税が発生します。そうなると世帯の手取り収入が減る可能性があるわけです。そこで妻は収入を103万円以下に抑えるように、働く時間を調整するケースが珍しくないのです。

宗羽 なるほど。確か岡根さんもこの壁を意識して働いていましたよね。

岡根 壁を意識して働く主婦は少なくありません。パートで働く妻の56%が100万円以下の収入というデータがあります。就労調整する人の理由を聞いた調査では「103万円を超えると税金を支払わなければならない」「夫の配偶者控除がなくなり、配偶者特別控除が少なくなる」といった回答が目立ちました。

 パート主婦の働く意欲を阻害するとして、昨年後半に配偶者控除の存廃をめぐる議論が盛り上がりましたね。結局、見直されて残ることになりましたが。

岡根 配偶者控除の対象は妻の合計所得(給与所得控除を引いた時点での所得)が38万円以下の場合です。一方で給与収入には最低でも65万円の給与所得控除があり、これ以下なら所得が発生しません。所得が38万円になるには、65万円に38万円を足した金額が必要で、それが103万円の根拠になっています。

宗羽 103万円の壁は主に「税金の壁」のようですが、壁を越えると税金が増えて手取りが大きく減ってしまうのですか。

岡根 妻には超えた額に対して5%の所得税がかかりますが、世帯で見れば影響は小さいです。一方、夫の配偶者控除は103万円を超えるとなくなりますが、そこから先は配偶者特別控除があります。110万円未満までは36万円、115万円未満までは31万円と段階的に減りますが、141万円未満までは控除枠が残ります。妻の収入が103万円を超えたからといって、夫の税金が急に増えるわけではないのです。

宗羽 ということは103万円の壁は、もともとなかったのでは?

岡根 税制上の壁はないと指摘する人もいます。でも103万円を超えると働いた分からそれに見合う税金が引かれるので、手取りの歩留まりが悪くなることは確かです。自分に所得税が発生するのを嫌がる妻もいます。

 そうですね。「壁」のイメージが先行して、妻の収入が103万円を超えると世帯収入が一気に減ると思い込んでいる人も少なくありません。

岡根 「103万円の壁は税金の壁よりも、むしろ手当の壁」と税理士の福田真弓さんは話しています。夫が勤める会社には基本給とは別に配偶者手当や家族手当の名称で、妻がいる社員の生活費に配慮した手当を出している例があります。この支給条件を所得税法の配偶者控除(妻の年収103万円以下)としている会社が多いのです。

宗羽 こうした手当は、成果主義の広まりで見直されていると聞きますが。

岡根 人事院の2016年調査では、社員に家族手当を払っている企業は全体の77%で、このうち87%が配偶者に支給していました。配偶者に支給する企業の85%が配偶者の収入による制限を設けていて、このうち66%が103万円としています。支給額の平均は年16.8万円でした。

宗羽 この影響が大きいのではないですか。壁を越えた途端に年16.8万円がなくなるわけですから。

岡根 最近は配偶者の手当をやめる会社も出ています。ただ、なくすだけでは社員も簡単には納得しないでしょう。子ども手当に変える案もありますが、それでは子どものいない夫婦に不公平になります。

 配偶者控除は18年1月に見直されて、妻の収入は年150万円以下に拡大されます。103万円の壁はなくなるのでしょうか。

岡根 今回の配偶者控除の見直しは、配偶者控除ではなく、配偶者特別控除の拡大です。配偶者控除は103万円で変わらず、逆に夫の年収に上限が設けられました。企業の手当は配偶者控除と結び付いているところが多いので、今回の見直しで支給条件を変えるかどうかは疑問です。

宗羽 とすると103万円の壁は残るかも。一方で「150万円の壁」はできるのでしょうか。

岡根 パート主婦の収入が150万円を超えても、配偶者特別控除は201万円まで残ります。でも、実はその前に「106万円の壁」や「130万円の壁」が存在します。第一生命経済研究所主任エコノミストの柵山順子さんは「社会保険料が発生して手取りが大きく減ってしまう壁がパートで働く妻の就労に立ちはだかる。この壁を越えたなら、もはや150万円は意識せずに働くのではないか」と話していました。

 この社会保険の壁については、次回のゼミで詳しく説明しましょう。

■就労調整しない人増える
 第一生命経済研究所主任エコノミスト 柵山順子さん
 配偶者控除は来年から見直されます。ただパートで働く妻がいる夫婦世帯の基礎控除と配偶者控除の合計額が、共働きや専業主婦の夫婦の合計額より大きい「人的控除の不公平さ」は変わりません。高所得者を優遇しているという見方も残ります。税以外の制度も考えると妻の収入要件が拡大しても、壁を越えて働く妻が急に増える可能性は当面小さいでしょう。
 とはいえここ数年、アベノミクス効果で女性の雇用が増えて就労調整をしない人が増えているのも事実です。就労調整の要因となっていた企業が支払う配偶者手当も見直しの流れにあります。今後、同一労働・同一賃金の考え方が広がり、時給や労働時間などパートの待遇が改善されれば、さらに調整する人は減るでしょう。中長期的に見れば、103万円の壁は有名無実化していくのではないでしょうか。(聞き手は土井誠司)

[日本経済新聞朝刊2017年2月11日付]