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NODA・MAP「足跡姫」にみる勘三郎への思い

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野田秀樹と中村勘三郎。現代演劇、歌舞伎と生きる世界は違っても、同じ1955年生まれのふたりはまぎれもない同志だった。NODA・MAPの新作「足跡姫」(野田作・演出)は、あまりに早く命を閉じてしまった盟友にささげるオマージュ。亡くなって4年と少し、満を持して書かれた謎めく新作だ。舞台に宿る鎮魂の思いを探ってみよう。

客席に花道を特設し、すっぽんや回り舞台を備えた歌舞伎小屋が東京芸術劇場のプレイハウスに現れた(堀尾幸男美術)。時代は江戸初期、がらんとした舞台に不思議な人たちが現れ、いつしか芝居の一座になり、お上に弾圧されていく。「三、四代目出雲阿国(おくに)」なる勇猛な歌舞伎者(かぶきもの)が酷薄な運命に見舞われて……。

歌舞伎は荒くれた戦国から徳川時代への転換期、出雲の歩き巫女(みこ)だった阿国が境内や河原で踊ったことに始まる。この女歌舞伎(阿国歌舞伎)が風紀上の問題で禁止され、若衆歌舞伎などをへて男だけの歌舞伎は確立した。謎が謎を呼ぶ話はコミカルに脱線するが、この新作は演劇史をもとに歌舞伎の始まりをたどる奇想の演劇である。

休憩を含め2時間40分の上演時間はNODA・MAPの舞台としては長い方で、初期の作風を思わせる言葉遊びや七五調がふんだん。将軍暗殺をはかる由井正雪の乱、歌舞伎狂言「伊達の十役」、日本刀を作るたたら製鉄などが織り込まれ、趣向は過剰なほど。映写される現代の戦争と江戸の騒乱を結ぶ演出、御簾(みす)ごしの見えない権力と芸能を対比する視点などをちりばめる作劇も複雑だった。古田新太演じる「死体」なる役まである。観客からすれば難易度の高い観劇になるが、アウトローたちが秩序にからめとられまいと体をはって躍動するのが面白い。演劇のパワーの源に迫る舞台の工夫を見ていけば、知的な刺激も味わえる。

なにより忍者のように軽快、それでいてコケティッシュな宮沢りえが魅力的だ。三、四代目を名のるあやふやな阿国の後継者で、足跡をアシ・アートに換える足跡姫の力がとりついている。刀をふりまわし、不条理な何かと懸命に闘う姿が、宮沢りえのはかないシルエットに映りでる。一面の花に覆われた、どこか祭壇のような舞台で、妻夫木聡の演じる「淋しがり屋サルワカ」が足跡姫の末期の声を聞くシーンがいい。近年の野田戯曲の中でも屈指のセリフがつづく。

地球の反対側につながる穴という夢想が舞台の穴(すっぽん)のイメージへ。世界の果てに行きたい――夢を抱きながら弾圧される歌舞伎者の思いが奈落という死の世界に宿る。「死にたい」とうめく苦しみを「生きたい」と反転させる芸能者の思い、さらには、まばゆい世界に「行きたい」と念じる思い、それこそが演劇の始まりなのでは――。この新作は芸能者の不屈の魂を堆積させる、劇場という迷宮をもうひとつの主役としていた。

東大の学生劇団を屈指の人気劇団「夢の遊眠社」に育てたあと、英国で身体訓練を積み、現代演劇の最前線を走りつづける野田秀樹。御曹司として生まれ、人情味のあつい喜劇で人気を博しながら、平成の新しい歌舞伎をおこす運動を推し進めた十八代目中村勘三郎。渋谷の街頭で偶然出くわして以来、ことあるごとに芝居談義を交わし、ユニークな創作劇を生みだしたふたりは演劇界の貴重な熱源だった。多くの演劇人や才能あるスタッフがそのまわりにつどった。野田はその死を「災害」という言葉で受け止めた。

野田によると、病床の勘三郎は医療器具でがんじがらめの姿を「舞台にしてよ」と思いを託していた。勘三郎の葬儀で坂東三津五郎(その後死去)が遺影に呼びかけた弔辞も心に残って消えなかったという。「肉体の芸術ってつらいね」。消えてなくなる演劇の残酷さを三津五郎は語ったが、あえて「足跡姫」は肉体の記憶を継承する演劇の不思議を劇化したといえる。

温めてきた作意とはいえ、喪失感が深かったから戯曲執筆までにおよそ4年の歳月が必要だったということだろう。それでもなお、演劇作品としては異例なほどの「思い」がみなぎっていた。野田はこんなメッセージを作品に寄せていた。

「『肉体を使う芸術、残ることのない形態の芸術』について、いつか書いてみたいと思い続けていました。もちろん作品の中に、勘三郎や三津五郎が出てくるわけではありませんが、『肉体の芸術にささげた彼ら』のそばに、わずかな間ですが、いることができた人間として、その『思い』を作品にしてみようと思っています」

たとえば、足跡姫の身ぶり(井手茂太振付)の面白さに野田の思いは現れていた。足を踏む動きに出雲のたたら製鉄の苦役を二重写しにする演出で、その悲しい身ぶりこそが演劇の力となる。このところ取り組む文化プロジェクト「東京キャラバン」でくりかえし探求してきた足の動きも取り入れられていた。

野田は日本経済新聞に寄せた勘三郎追悼の原稿でも「足」に思いを寄せていた。完成間近だった新しい歌舞伎座の舞台の切れ端が棺に入れられたことにふれ、こう記していた。

「彼の亡骸(なきがら)の足が、まだ誰も踏んだことのない、真新しい舞台を踏んでいる」(「富士 紅葉 名残の月に」)

役者とはなにより足で舞台を踏む者である。遠く神楽の時代から、大地の神を鎮めるため芸能者はステップを踏んできた。同時に近世にいたるまで彼らは畏怖と差別の対象であった。足跡姫はそんな芸能史を背負う特別な身体なのであろう。

サルワカはむろん、江戸歌舞伎を創始した猿若勘三郎(初代中村勘三郎)の転生に違いない。猿若は阿国歌舞伎の道化役の名であり、猿若勘三郎は上方から江戸に出て、江戸歌舞伎初の常設劇場「猿若座」(のちの中村座)をおこした。十八代目勘三郎が猿若町のあった浅草で平成中村座の興行を始めたのは、初代のまなざしを受け継ぐため。この「足跡姫」は歌舞伎の始まりを足の記憶で受け継ぐ中村座と、その継承者たる十八代目勘三郎の物語でもあったのである。

折しも2月の歌舞伎座は「猿若祭」であり、昼の部では十八代目の遺児、勘九郎が猿若勘三郎を、七之助が出雲の阿国を演じている。江戸に芝居小屋ができるまでを描く舞踊劇「猿若江戸の初櫓(はつやぐら)」で、いわば「足跡姫」と対をなす上演となっている。

「足跡姫」は中村座の末流ともいえる歌舞伎座のイメージもたたえていた。勘三郎に熱心にくどかれ、野田は「研辰(とぎたつ)の討たれ」「鼠小僧(ねずみこぞう)」「愛陀姫」という新作歌舞伎を提供した(いずれも野田版と銘打たれた)。銀座界隈で飲んでいたふたりが夜の歌舞伎座に潜入し、先人の思いのしみこんだ小屋の力から霊感を得た逸話はよく知られている。

ふたりの記念すべき第1作「研辰の討たれ」(2001年)は研ぎ屋の辰次が敵討ちをあおる大衆の煽動(せんどう)に恐怖を覚えて逃げ惑い、悲劇的な最期をとげる物語だった。オペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲が胡弓(こきゅう)の響きで流れるなか、辰次は「まだまだ生きてえ」とうめく。舞台は一面の紅葉だった。

「カヴァレリア・ルスティカーナ」もまた復讐(ふくしゅう)のむなしさを印象づけるオペラだ。勘三郎という希代の道化役者が命を吹き込んだ野田版歌舞伎は、敵討ちを正義とする伝統歌舞伎の向こうをはって、復讐に拍手するポピュリズムを軽やかに批評していた。そこに現代を撃つ新しさがあったのである。

この「足跡姫」の舞台でも、垂らされた大きな幕に紅葉の景が能舞台の松に代わって描かれた。「カヴァレリア・ルスティカーナ」と紅葉の組み合わせに接して、記者は胸が熱くなった。どうしても「研辰の討たれ」が目に浮かんでくる。

ちなみに歌舞伎役者、中村扇雀の演じる役人には大岡越前守の面影があるが、それは「鼠小僧」で亡き三津五郎が演じた役でもあった。この「足跡姫」にはさまざまな思いが響き合っている。

近年の野田演出はダンスや美術と一体となったイメージを連鎖させる。あえて課題をいえば、演出手法と言葉遊びのバランスが難しさを増している。高度な連想ゲームにはまだ伸び代があるだろう。

母の音たる母音で表される謎めいた音のつらなり「イイアイ」。サルワカが受けとる言葉は赤子の無垢(むく)な声のようでもある。劇場の謎を解く祈りの響きは、野田秀樹の渾身(こんしん)の言葉遊びとなった。それはまた演劇に思いを残して逝った人の末期の言葉でもあるだろうか。

歌舞伎風に「時代錯誤冬幽霊(ときあやまってふゆのゆうれい)」と副題がつく。ほかに鈴木杏、池谷のぶえ、佐藤隆太らが出演。前売りは完売、当日券のみ。3月12日まで、東京芸術劇場プレイハウス。

(編集委員 内田洋一)

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