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男性育休は当たり前 新たな時代の到来を実感 日経BPヒット総研所長 麓幸子

2017/2/9

PIXTA

 過去を振り返ると、あの頃から潮目が変わった……という年が存在するが、2016年も将来そんなエポックメイキングな年になるのではないだろうか。同年4月女性活躍推進法が施行、8月には初の「働き方改革担当大臣」が誕生した。10月に電通の女性社員だった高橋まつりさんの過労自殺が労災認定され、「働き方改革」の重要性が社会的に強く認識された。

 筆者には、16年にもうひとつ、新しい時代の到来を感じた出来事があった。11月30日に経団連が開催した「男性の育休取得促進セミナー」である。経団連は、16年度を「働き方・休み方改革集中取り組み年」と位置付けており、その活動の一環として開催された。当日は企業の人事担当者等160人が参加した。

 そのセミナーでは、育児休業を取得した4人の男性によるパネルディスカッションが行われた。パネリスト(以下、パネラー)は、育休取得のきっかけや育休取得中の経験談、男性の育休取得促進に関する自組織の施策などを発表した。

育児休業を取得した4人のイクメンがパネラーとして登壇した経団連の 「男性の育休取得促進セミナー」。写真右より坂本氏、高間氏、坪田氏、吉田氏、筆者

 女性の育児休業取得率は81.5%だが、男性は2.65%である(2015年度)。政府は、男性の育休取得率を2020年までに13%にするという数値目標を持っているが、5年間に約5倍にするのはなかなか高い目標だ。しかし、4人のパネラーの報告を聞いていると、それを達成する鍵は、社内の風土であり、その男性の上司であることが改めてよく分かった。

日本生命保険総合法人保険第八部法人部長の吉田大輔氏

 パネラーの1社は「男性育休取得100%」を掲げる日本生命保険。登壇した同総合法人保険第八部法人部長の吉田大輔氏は、長男が1歳になる15年10月に1週間育児休業を取った。妻が16年4月に職場復帰を予定していたため、1歳時までに卒乳させたいという要望があり、夫婦で相談して取得時期を決めた。「男性は子どもが生まれたら全員育休取得するものという風土が社内ですでに醸成されており、推奨取得期間も7日間で業務の調整もしやすかった」と語る。

全国健康保険協会本部企画部企画グループ長・坂本裕一氏

 他には、「自分は単身赴任中。妻の育休復帰時に1人での育児と仕事の両立は難しく復帰時のサポートは必須と思い、3カ月の育休取得を決断した。当時の上司に相談したところ、5児の父親であるその上司から快く認めてもらった」(清水建設北陸支店建築部主任・坪田智公氏)、「男性の育休取得は当たり前という職場環境だが、取得直前は国会対応等で激務が続いていたため取得したいが迷っていた。しかし、育休取得経験者である当時の男性上司が『仕事は代われる人がいるが、家庭には代わりがいない』と幹部に働きかけてくれた。代替要員も配置され、無事に育休を取得できた」(全国健康保険協会本部企画部企画グループ長・坂本裕一氏=厚生労働省から出向中)など、上司の理解が背中を押したという声が上がった。

日立ソリュ―ションズリシテア部技師の高間智明氏

 日立ソリュ―ションズリシテア部技師の高間智明氏の場合は、さらに進んでいる。会社の同期で同部署であった妻が次女を妊娠した際に上司に相談したところ、当の上司から、「長女のときは奥さんが育休を取ったから、今度はあなたが育休を取得してはどうか」という提案があったという。その言葉に最初は驚いたという高間氏だが、妻と話し、夫婦で半分ずつ育休を取ることに決め、約半年間の育休を取得した。部下が育休を取ると当然ながら休職中の代替はどうするかなど様々なタスクが生じるが、上司側より男性に育休取得を推奨するという点に先進性を感じる。

 また、前述のとおり、日本生命の吉田部長より、育休中に長男の卒乳に関して夫婦でこのように取り組んだという話が出た。卒乳とは、その名前の通り、赤ちゃんが母乳を卒業することを指す。筆者はその時、コーディネーターとして一緒に登壇していたのだが、「経団連という財界の総本山で、経団連会館という場で、卒乳という言葉が使用されるとは……」と、時代は変わった、新しいフェ-ズに入ったと思った次第である。

■20代の男性の8割が育休取得意向を持つ

 政府は、父親の育児休業取得促進のために、両親ともに取得する場合に休業可能期間を子どもが1歳2カ月まで延長することができる「パパ・ママ育休プラス」制度を設けた。また、配偶者の出産後8週間以内に父親が育休を取得した場合は、特別な事情がなくても再度の取得を可能としている。また、育児休業給付についても、両親双方の育児休業取得を促進するために、休業開始後の6カ月間はその給付率を休業開始前の賃金の50%から67%へ引き上げた(6カ月以降は50%)。両親ともに育休を取りなおかつ期間を分けると給付率67%の期間が長くなるなど経済的な支援体制も組んでいる。

 一方、2014年発表の連合調査によると、育児休業を取得した男性は5.7%だが、若い世代ほど育休を取得したい(またはしたかった)という要望が高い。子どものいる20代の男性のうち、「取得した」が13.9%、「育児休業を取得したことはないが取得したかった」が58.3%となり、子どもがいない20代の男性では、「取得したいが取得できると思う」27.3%、「取得したいが取得できないと思う」51.9%と、実に8割近くが取得意向を持っている。しかし、「自分の職場で、男性の子育てに対し最も理解があると感じるのは誰か」との質問には、「職場には誰もいない」との回答が45.1%となり、半数近くが職場には男性の子育てに理解がある人がいないと答えている。男性社員の育休取得や育児参加等に関するパタニティーハラスメント(パタハラ)も、「職場でパタハラをされた経験がある」が 11.6% 、「周囲でパタハラにあった人がいる」が10.8%となっている。なお、17年1月1日の法改正でマタハラ、パタハラを防止する措置が事業主に義務付けられた。

 つまり、若い世代を中心に男性の育休取得、育児参画意欲は高まっており、それを促進するような公的な制度も整っているのだが、ブレーキとなっているのは会社の風土であり、職場の理解ということがえそうだ。これをどのように改善したらよいのか、また、男性の育児休業取得が組織にどのような成果をもたらすのか、経団連セミナーのパネラーとして登壇した企業で最も「男性の育休取得・育児参加」が難しいのではないかと思われるゼネコンの清水建設を取材した。

■清水建設は「イクボスがイクボスを育てる」

清水建設坪田主任(撮影:山岸政仁)

 清水建設坪田主任は、15年11月に長女が生まれ、16年4月1日から6月30日まで3カ月間育児休業を取った。

 「私自身も育児に興味があり、自分の手で子どもを育てたいと思っていた。妻も私に育児休業を取ってほしいという強い希望があった。11年に北陸支店転勤以来、単身赴任中で、双方の両親が遠方のため育児のサポートは望めないという状況でもあったため、保育園の入所と妻の職場復帰のタイミングを見て、育児休業を16年4月から3カ月と決めて、長女が生まれてすぐに上司に相談し会社に申請した」

3カ月の育児休業を取った清水建設坪田主任。会社から支給されるタブレットを手にして現場主任として働く。タブレットは同社の生産性向上の鍵を握る。(撮影:山岸政仁)

 北陸支店では前例がなく、どのように受け止められるか周囲の反応に不安もあった。しかし、当時の上司である同工事長の鈴木靖則氏から、温かいエールとともに快諾してもらい、ホッとしたという。

 育休に充てようと思った3カ月間は、ひとつの工事の区切りがつき、次の現場に移行するという時間的に余裕のある期間で、坪田主任の仕事は他のメンバーが引き継いだ。「メンバーには何かあったら電話をと伝えていたが、ほとんど電話はなかった」という。

 「育休はある日突然明日から休むというものではない。坪田主任からは早い段階で要望を伝えてもらっていたので仕事の調整はついた。支障はなかった」と鈴木工事長は語る。

清水建設鈴木靖則工事長(撮影:増井友和)

 「私自身、中2の長女を筆頭に一番下は保育園の年長組まで5人の子どもがいて、上司たちに随分助けてもらったから、育休取得後押しするのは当然のこと」と鈴木工事長。仕事柄転勤が多く、鈴木工事長自身も核家族で、双方の親とも遠方で頼れる人はいない状態。通常のときはいいが、例えば、妻が出産したり、子どもが病気で入院したりしたときなど、自分ひとりで子育てをする逼迫した場面も多数あった。「そういうときに上司たちにすごくよくしてもらった。朝は子どもたちを送り出してから遅い出勤にさせてほしいと要望を伝えるとそのようにシフトを組んでもらったり、上司のお宅で長期間子どもたちを預かってもらったりしたこともある。理解のある上司がいたから、自分は何とか育児と現場の仕事を両立することができた」。だから、坪田主任から3カ月の育児休業を取りたいと申し出た時も快く了承し、支店人事と調整して育休取得を後押しした。

清水建設鈴木靖則工事長(撮影:増井友和)

 このように、男性の育児休業取得の裏には、鈴木工事長のようなまさに「イクボス」がいる。「イクボス」とは、NPO法人ファザーリング・ジャパンの定義によると、「職場で働く部下のワークライフバランス(WLB)を考え、その人のキャリアと人生を応援しながら、組織に貢献する結果を出し、自らも仕事と私生活を楽しむことができる上司(経営者・管理者)」のことである。

 「仕事も大事だが、それ以上に家庭も大事。家庭で困っていることがある場合はそちらを優先するという価値観がうちの会社には染みついていると思う。私もそのように育てられたので、部下にもそのように対応しているだけ。イクボスがイクボスを育てる。いい連鎖が生まれて仕事環境がもっと良くなればいいと思う」

 清水建設にはもともとそのような社風があったと鈴木工事長。同社は、09年にダイバーシティ推進室を設置し多様な人材が活躍しやすい環境を整えるために様々な施策をしてきた。その重要な取り組みのひとつにイクボスの育成もある。NPO法人ファザーリング・ジャパンの主催するイクボス企業同盟にはゼネコンで初加盟(現在同盟には大手企業を中心に127社が加盟)、また業界で初めて15年より社内でイクボスアワードを開始、優良な事例を「金ボス賞」として表彰している。鈴木工事長は、16年度の金ボス賞に選ばれている。また、女性活躍と男性の育児参画に欠かせない働き方改革にも取り組む。生産性向上の一環として16年4月からタブレットを配布。毎週水曜日は、本社のみならず現場もノー残業デーとしている。

坪田主任の育休取得を後押しした鈴木工事長は5児の父。2016年度のイクボスアワードの「金ボス賞」を受賞。井上和幸社長(左から2番め)より授与された

■男性の育休取得は様々な成果を生む

 3カ月間職場から離れることにキャリア上の不安もあったという坪田主任だが、復帰は予想以上にすんなりいった。育休はどんな変化を彼にもたらしたのだろうか。

 「育休を経験し、多くの女性が大変な思いをして育児と仕事の両立していることが分かった。女性の活躍推進には職場の理解や協力が不可欠だと思った。これは女性だけの問題ではなく、男性の意識改革や働き方改革が必要との思いが強まった。また、家族といたいという気持ちが高まりそれがモチベーションになって生産性も上がった。上司や会社への感謝の気持ちも高まる。男性が育児休業で得るものは大きい。男性部下にもどんどん取っていただきたいと思う。自分もイクボスを目指す」

 鈴木工事長は、管理職の立場から、男性の育休取得、育児参画を会社が推奨することの効果をこう見る。

 「独身の人も含めてみんな人それぞれ家庭の事情がある。そこに“憂い”があるとおそらく仕事はうまくいかない。仕事に全力を割けない。その憂いをちゃんと取って安心できる状態で働いてもらうように環境を整えるのが管理職の仕事ではないか。家庭も充実していれば仕事も十分頑張れる。上司から温かい計らいをしてもらうと、その上司に感謝して『この上司のために頑張ろう』という気持ちになれる。自分自身もそうだった。イクボス上司がたくさんいる職場の方が会社のムードもよくなり、いい仕事ができると思う」

 鈴木工事長がいみじくも指摘した”憂い”とは、学術用語で「ワーク・ライフ・コンフリクト」と呼ばれるものだろう。これは、「会社や上司から期待される仕事上の責任を果たそうと努力すると仕事以外の生活でやりたいことややらなくてはいけないことに取り組めなくなり」、生じる葛藤である。それが生じると仕事への意欲やモチベーションに影響を与えてしまう。組織員の意欲やモチベーションの低下が組織にいい影響を及ぼさないのは明らかである。その憂いや葛藤を解消するようにWLBを整えることは組織の「新しい報酬」であり、それが用意されないと社員の仕事への意欲を高い水準で維持することはできないと専門家は指摘する[注]

[注]『人事管理入門<第二版>』(今野浩一郎、佐藤博樹著、日本経済新聞出版社、2009)

 冒頭で紹介した経団連セミナーでも、育休効果としてパネラーより様々なコメントが相次いだ。「家事育児参画の必要性に気づき効率的に働きたいという意識に変わった。管理職が、部下のライフを尊重したマネジメントをすることが組織を強くすることにつながると気づいた。男性育休だけでなく部下のキャリアとWLBを応援して組織の成果を出す『イクボス』としてのマネジメントが必要だ」(日本生命保険吉田部長)、「育休前は朝早くから夜遅くまで仕事をしていたが、育休後は効率よく仕事をするようになった。また長期的な視点で仕事を考えられるようになった。育休経験を通して知り感じたことが、リシテアの製品企画や提案活動など今の仕事に生きている」(日立ソリューションズ高間技師)、「実際に児童手当の申請など制度を利用してみてどこが改善したほうがよいか気づくことも多く、その後の業務における意見発信に具体性が増すなどのメリットがあった。また部下を評価する際、成果だけを見ていたが、育休後は時間生産性も考慮して評価するようになった」(全国健康保険協会坂本グループ長)。

 このコメントからわかるように、男性の育休取得はロスではない。モチベーションアップや組織への貢献意欲の高まり、仕事の効率化、組織の生産性向上、女性活躍への深い理解など様々なメリットがある。イクメンやイクボスが増えることは、少なからず企業カルチャーの刷新をもたらすだろう。

 この連載でも何度か「女性活躍」推進のためには、「男性の育児参画」が必要であり、そして「働き方改革」は必須であると書いてきた。これまでは、「女性活躍」のみ焦点があたり、あとの2つはおざなりということが多かったと思う。しかし、16年はその3つのキーワードが全部そろった。それが16年をエポックメイキングの年になったと思うゆえんである。そして17年はさらにそれが加速するのではないだろうか。

麓幸子(ふもと・さちこ)
日経BP社執行役員。筑波大学卒業後、1984年日経BP社入社。2006年日経ウーマン編集長、2012年同発行人。2016年より現職。2014年、法政大学大学院経営学研究科修士課程修了。筑波大学非常勤講師。内閣府調査研究企画委員、林野庁有識者委員、経団連21世紀政策研究所研究委員などを歴任。2児の母。編著書に『女性活躍の教科書』『なぜ、あの会社は女性管理職が順調に増えているのか』(いずれも日経BP社)、『企業力を高める―女性の活躍推進と働き方改革』(共著、経団連出版)、『就活生の親が今、知っておくべきこと』(日本経済新聞出版社)などがある。
日経BPヒット総合研究所

日経BPヒット総合研究所(http://hitsouken.nikkeibp.co.jp)では、雑誌『日経トレンディ』『日経ウーマン』『日経ヘルス』、オンラインメディア『日経トレンディネット』『日経ウーマンオンライン』を持つ日経BP社が、生活情報関連分野の取材執筆活動から得た知見を基に、企業や自治体の事業活動をサポート。コンサルティングや受託調査、セミナーの開催、ウェブや紙媒体の発行などを手掛けている。

女性活躍の教科書

著者 : 麓幸子、日経BPヒット総合研究所
出版 : 日経BP社
価格 : 1,728円 (税込み)


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