変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

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ジャック・ウェルチ氏といえば、希代のカリスマ経営者だ。1980~90年代にゼネラル・エレクトリック(GE)の最高経営責任者(CEO)としてその手腕を発揮し、その後もプライベート・エクイティ・ファンドのパートナーとして活躍するとともに精力的に講演活動を続けている。そんなウェルチ氏が妻のスージー氏と共著で刊行したビジネス指南書が『ジャック・ウェルチの「リアルライフMBA」』(日本経済新聞出版社)だ。ビジネスに勝ち残るための教えを13章にわたって書き込んだ本書の中から第1章を6回に分けて紹介しよう。最終回は、リーダーが真実と信頼を得るための、いま行動すべき5つのステップについて語る後編。前回取り上げた2つのステップ「(1)心の奥底に入り込む」「(2)自分はチーフ・ミーニング・オフィサー(仕事に意義を見出す最高責任者)だと考えよう」に続く3つのステップを語る。

◇  ◇  ◇

(3)部下の仕事の障害を取り除こう

カーリングというオリンピック競技を見たことがあるだろうか。カーリングに人生を賭けている選手には申し訳ないが、あれはどう見ても奇妙なスポーツだ。1人の選手が花崗岩を氷の上でゴールに向けて一押しする。他の3人はその人の前に出てほうきを使って必死に表面を掃く。ストーンが迅速に正確に目的に近づくように途中の道をなめらかにする。この選手のすることは、まさに優れたリーダーのすることだ。彼らはストーンが目標にたどりつけるよう、行く手を阻むものはなんでもすべて掃きだしてしまう。

どんなものを掃きだすか? たとえばたいていの組織に蔓延している官僚的な意味のないこと。監視役の仕事を維持するためだけに存在するような規則や規程がある。これは法令遵守や安全のためのガイドラインのことではない。進歩を台無しにしてしまうような、些細でくだらないもののことだ。今年は厳しい年だったから、個々人の業績など気にせず全員に2%の報酬アップを出そうというCFO(最高財務責任者)はとんでもない存在だ。イノベーションよりプロセスに、あるいはデータ分析よりデータ収集に執心するITマネジャーや、何もできないようにしてしまう顧問弁護士なども同罪だ。

リーダーの仕事はこういったバカげた話を掃きだすことだ。

ついでに言えば、どのグループにも行動を阻止する人、変化に抵抗する人、手続きに過度にこだわる人などがいる。「うちではそういうやり方はしないんだ」、「以前はそうじゃなかった」と言う。こういう人物を2、3人我慢しても、時にはかまわない。時には。会社の歴史の記憶役として、また上の意見には唯々諾々(いいだくだく)と従ってしまうという望ましくない風潮への反抗者としては役に立つ。だが、たいていこういう輩は叱咤激励と言いながら独善的にガミガミ怒り、エネルギーを奪い取り、時間を浪費させる。優れたリーダーは違いを知り、ほうきをうまく使ってそういう人たちを掃きだす。

(4)「気前のよい遺伝子」を喜んで見せよう

気前のよさはDNAのなせる業か、後天的に身につけるのかを科学者は教えてくれる。そんなことはどうでもいい。最高のリーダー、能力と荘厳さを兼ね備えたリーダーが共有する、はっきりとした特徴がある。それは、昇進させるのが大好きだという点だ。社員が成長して昇進するのを見て感激する。お金、責任ある仕事、人前で称賛するなど、あらゆる手を使って、祝ってあげる。そうすることで彼らはメロメロになる。あるマネジャーが、部下とあるプロジェクトで何週間か一緒に働いた。うまくいかなかった。終業後、何時間もかけてコーチングをしたが、部下はマネジャーが期待していた成果をあげることができなかった。ある朝、部下がよれよれで出社してきた。「徹夜で働いたんです」と部下がマネジャーに話した。「メールを見てください」。メールをチェックすると添付ファイルがあり、プロジェクトが完璧に仕上げられていた。マネジャーはオフィスから飛び出して「やったね! できたじゃない!」と周りの人に聞こえるような大声で言った。このようにリーダーが自分の壁を低くし、正真正銘の気前のよさを爆発的に発揮すれば、社員は自分に満足し、チームの仲間に、顧客に、素晴らしい仕事をしてくれる。

気前よさのDNAを広めるにはどうすればよいのかという質問を受けることがある。これは難しい。私はこういった気前のよさを目撃してきたが、それはこれまで私たちが働いてきた会社、付き合いのある会社が優良企業だったからだ。優良企業はこういったリーダーシップを取れる人を惹きつけ、行動を可能にし、褒賞を与える。だが社会全体で見れば、たぶんあまり一般的ではないのだろう。昇給や昇進をさせないリーダーが多くいる。遺伝的か後天的な学習かわからないが、こういった人たちはお金の面でも、感情の面でもしみったれだ。自分たちの仕事が優れていることを印象づけるために、優秀な社員の仕事ぶりを隠してしまう。友人の一人は、昇進のペースが遅いことに不満を抱いて大手メディア会社を辞めた。退職に際して人事部と話して初めて、彼女の上司が彼女のことを「もっとも将来性の高い社員」と見ていたことを知った。

上司は友人に厳しく当たっていたわけではなかったが、きちんと褒めたわけでもなかった。「彼は一言だって、褒めてくれたためしがなかった」と彼女は言う。「昇給があったときにも何の説明もなし。会社を辞めるときに初めて、全社員の中でいちばん昇給率が大きかったと人事部が教えてくれたのよ」

友人の経験が世間では一般的なのかもしれない。そうでないことを願いたい。よい上司が気前よく心を開き、ついでに財布を開いてくれるほど、社員の業績とやる気を強めるものはないからだ。

(5)仕事が楽しくなるように

イライラしてこう尋ねたことはないだろうか? 「仕事が楽しくて何が悪いんだ? まったく、え?」。じつに多くの人が、仕事はたんなる労働で、辛く、厳しく、退屈で、不快なものだと想定しているのはなぜなのだろう?

本当に頭にくる。

仕事は、素晴らしい人生がやってくるのを待っている間にするものではない。仕事が「人生」だ。すべてではないかもしれないが、多くを占める。だからこそ、職場がヘンリー・デイビッド・ソローの言う「静かな絶望」の砦になることを許すのは、リーダーとしては許しがたいことだ。生産性と成果に有害だからではない(実際有害だが)。

いいか。楽しいということは素晴らしいことだ。組織にとっても個人にとっても健全なことだし活力を与えてくれる。理屈の上では、99.9%のマネジャーが賛同するはずだ。だが、相当数の人(非常に多くの人と言ってもいい)は、オフィスの楽しみを奪い取ってしまう。後ろ向きな態度、率直さを欠く行動、社内政治優先の行動で、楽しみを奪ってしまう。楽しいことは不真面目だと決め付け、仕事は真面目であるべきだと考える人もいる。たんに、仕事を楽しくするのは自分の責任だと認識しない人もいる。

仕事は楽しい。社員は彼らの日中の時間(時には夜の時間も)を君に捧げている。手を、脳みそを、心を捧げている。もちろん、会社は給料を払って彼らの財布を潤している。しかし、リーダーは、彼らの心を潤す必要がある。彼らの立場に立ち、仕事に意義を与え、障害を取り除き、惜しみなく称賛すればいい。ワクワクするような楽しい環境を作り上げることが、もっとも効果的だろう。

どのように? 数えきれないほど方法があり、多くはありがたいことにとても簡単だ。マイルストーンを達成するたびに、もしくはささやかな成功のたびにお祝いをしよう。ユーモア、率直さを取り入れよう。社員が彼ららしくなれるようにしてあげよう。官僚主義的行動が忍び寄るたびにやっつけてしまおう。いやなヤツは追い出してしまおう。職場を離れてみんなで何かをしよう。上司と部下は友達になるべきではないとか言うヤツはバカだ。いつも一緒にいる人と友達になりたいと思わないのか?

もちろん、仕事が難しくストレスになるときもあることはわかっている。だがリーダーたるもの、それを通常の状態にしてはならない。厳しいときにも、社員が仕事をしたいと思うようでなければならない。そうするのはリーダーの仕事だ。

この章の冒頭で、PEは混沌とした状況から一貫性を作り出し、リーダーシップを発揮して脱出した事例の宝庫だと言った。

誤解しないでほしいのだが、この同じツールは危機的状況にある企業や事業部門を再興させるのに使える。家族経営のレストランからグローバルなテクノロジー関連の大手企業まで、あらゆる業種で使えるツールだ。人は人間だから、沈滞するのは普通のことだ。そして組織はそのコストを払うことになる。

仕事の辛さはひょいと取り除けると言うつもりはない。それは無理だ。だが、必ずできることだし、想像するより早くできるものだと思う。

一貫性を整えることとリーダーシップ。これを組み合わせれば、こっちのものだ。

(斎藤聖美訳)

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