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カリスマの直言

企業と対話 「見えない価値」を探る(渋沢健) コモンズ投信会長

2017/2/6

PIXTA
「弊社は創業間もない2011年から企業と投資家の『対話』の場を設けている」

 GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が2016年「スチュワードシップ活動報告」を1月下旬に発表した。GPIFは14年5月に機関投資家の行動原則である日本版スチュワードシップコードの受け入れを表明しており、活動報告はその具体的な取り組みと課題を示した。世界最大級の規模で広範な資産を持つ「ユニバーサル・オーナー」であるGPIFの方針は当然ながら運用業界全体への影響が大きく、注視したい内容だ。

 今回の活動報告によると、ESG(環境、社会、ガバナンス=企業統治)投資への取り組みについて「運用受託機関のESGの課題に対するエンゲージメントは、全般的にG(ガバナンス)や議決権行使における考慮にとどまっており、特にE(環境)やS(社会)については十分とはいえない状況」と判断している。

■GPIFも投資先企業の価値向上を後押し

 GPIFは次世代の年金積立金の運用を担う超長期投資家である。ESGを通じて投資先の企業に持続性ある価値創造を促すことは筋が通っている。その観点から「エンゲージメントやESGの評価手法の改善」を運用受託機関へ問いかけることは当然だ。

 また、GPIFは運用受託機関に対し「企業のコーポレートガバナンス報告書や(非財務情報も含めて開示する)統合報告書を十分に活用し、投資先企業の中長期的な企業価値の向上と持続的な成長に貢献すること」について期待を表明している。

 弊社では創業間もない11年からアニュアルリポート・統合リポートのワークショップを開催している。長期投資に関心がある個人投資家が参加する企業と投資家の「対話」の場である。今年も味の素と丸井グループのご協力を得て2月中旬に開催する。偶然であるが、両社はGPIFが昨年11月に発表した「優れた統合報告書」に選ばれていた。これを今回の活動報告で知り、当日のワークショップへの期待がさらに高まった。

 弊社は現役・次世代の「今日よりも、よい明日」を支えることを目指して創業した運用会社である。09年に設定した弊社の「コモンズ30ファンド」は30年という長期的な目線で、30社の優良企業に厳選投資することに努めている。GPIFのような「クジラ」と比べると「メダカ」にすぎない存在ではあるが、同じ方向へ泳いでいることは心強い。

弊社の旗艦ファンドの設定8周年を機に、創業パートナーの伊井哲朗社長と創業時の思いをインタビューで語り合った

 長期投資する我々にとって、持続的な価値創造に向けての企業のESGの取り組みは重要だ。ESGとは企業の過去の実績である財務的な「見える価値」ではなく、将来の持続的な価値創造の可能性を高める非財務的な「見えない価値」であると考えるからだ。このような企業の「見えない価値」の可視化を図ることは大事な試みである。

 我々は企業の見えない価値を探るため、企業との「対話」を重視する。この対話とは、すなわちエンゲージメントであると我々は考えている。投資先の企業と経営上の課題などについて対話を重ね、企業価値の向上を目指す取り組みだ。

 対話(dialogue)と討論(discussion)は異なるものである、と量子物理学者でダイアローグ研究の第一人者であるウィリアム・アイザックスマサチューセッツ工科大学(MIT)教授は定義している。「討論とは、あらかじめ用意された選択肢を取捨選択するための意思決定を行うための話し合い。対話とは、選択肢そのものの幅や深さ、性質を広げていくべく行われる話し合い」(『無意識と対話する方法』 前野隆司・保井俊之著)という。

 つまり、対話(エンゲージメント)とは様々な視点を互いに探索することが本質であり、誰が正しいか間違っているかということを追求することではない。また、前野・保井両氏によると、対話とは他人と意見交換することでもない。「そこでやりとりされる言葉を、自分自身に反響させて、私たちの記憶の古層、すなわち無意識に眠る智恵から、気づきを得る行為」という。企業に内在する「見えない価値」への気づきは、やはり対話が的確な手段といえそうだ。

■日本企業は現状なお努力不足

 しかしながら、日本企業の場合、現状では心もとないといわざるを得ない。それは財務指標にも表れている。PBR(株価純資産倍率)が1倍以下の企業が依然として目立つからだ。財務諸表に反映する純資産を使って企業が価値を創造していれば、PBRは解散価値に当たる1倍を下回ることはない。つまり、PBRが1倍以下の企業は、市場からの価値判断は財務的価値という「見える価値」にとどまり、「見えない価値」が全く評価されていないということになる。

1月末に都内で開催した「資産運用ハッカソン」。ハッカソンは「Hack」と「Marathon」を合わせた造語で、短期・集中的に共同作業で技術やアイデアを競う。今回は審査委員長を務めたが、女性チームの活躍が目立った

 逆にPBRが1倍以上にかさ上げされている企業は、企業の持続的価値創造という「見えない価値」が市場から評価されていることになる。PBRが1倍割れの企業は、自分たちの「見えない価値」について市場からの評価がマイナスであるという現実を直視すべきだ。

 「見えない価値」の代表例は経営者と従業員という会社の「人財」だ。持続的成長に最も重要な資産であるのに、人財は人件費という会社のコストとして企業の財務諸表で可視化されている。統合報告書などにより、人財が企業の資産として「見える化」される工夫が必要となろう。

 日本企業の「見えない価値」についての評価が市場で高まれば、「エクイティ・プレミアム」の拡大によって株価上昇も見込める。だからこそ、GPIFのみならず、我々のような長期投資家が対話を通じて企業の「見えない価値」を可視化していかなくてはならない。

渋沢健(しぶさわ・けん) コモンズ投信会長。1961年生まれ。83年米テキサス大工学部卒。87年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)MBA経営大学院卒。JPモルガン、ゴールドマン・サックス証券、大手米系ヘッジファンドを経て、2001年に独立し、07年コモンズ株式会社(現コモンズ投信)を創業、08年会長就任。主な著書に『渋沢栄一 愛と勇気と資本主義』 (日経ビジネス人文庫、2014年)『運用のプロが教える草食系投資』(日本経済新聞出版社、2010年)『渋沢栄一 100の訓言』(日経ビジネス人文庫、2010年)『日本再起動』(東洋経済新報社、2011年)『渋沢栄一 100の金言』(日経ビジネス人文庫、2016年)など。

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