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ピアニスト河村尚子 時満ちてベートーベン

2017/1/28

 ドイツ在住のピアニスト河村尚子さんが満を持してのベートーベン演奏に乗り出した。1月の一時帰国公演で最後のピアノソナタ「第32番」を弾いたのを機に、これまで敬遠してきた楽聖の偉大な作品群に取り組んでいく。欧州を拠点に活躍する日本人ピアニストが、独自のベートーベンを弾いて語る。

 1月13日のヤマハホール(東京・銀座)、翌14日のサンシティホール(埼玉県越谷市)。河村尚子さんのリサイタルを2日連続で聴いた。両日ともベートーベンの「ピアノソナタ第32番ハ短調作品111」とショパンの「24の前奏曲作品28」が中心演目だった。河村さんはモーツァルトやシューマンなどと並んでショパンの作品をこれまでリサイタルやCD録音で取り上げてきた。「24の前奏曲」も得意のレパートリーだが、ベートーベンの「第32番」は初挑戦であり、今回の日本公演で最も注目すべき演目となった。

最後のソナタから人前での演奏を解禁

 両日のプログラムで印象深かったのは、ベートーベンの「第32番」の直前に現代音楽を弾いたことだ。銀座のヤマハホールでは武満徹の「雨の樹素描2『オリヴィエ・メシアンの追憶に』」。越谷のサンシティでは20世紀フランスを代表する作曲家オリヴィエ・メシアンの「《8つの前奏曲》より第1曲〈鳩〉」。しかも彼女は当初1曲目として弾く予定だった両曲を、それぞれの公演当日になってベートーベンの直前に持ってくるようわざわざプログラムを変更したのだ。河村さんは武満徹の作品について「ワンクッション置くのにちょうどいい作品。弾いていて心地よい世界に浸れるし、全く異なる世界に入っていける」と話す。

ベートーベンの最後のピアノソナタ「第32番」を弾く河村尚子さん(1月12日、東京・銀座のヤマハホールでのリハーサル)=撮影 伊藤義人

 「武満徹の作品に初めて取り組んだのは1年半前。メシアンの『世の終わりのための四重奏曲』を演奏するにあたり、武満がメシアンに影響を受けて作曲したといわれる『カトレーン』を弾いた」。今回まずは武満の作品、そして翌日には武満に影響を与えたメシアンの作品を取り上げたことになる。いずれの現代音楽も古典派のベートーベン作品とは100~150年もの時代の隔たりがあるが、その時代の違いを感じさせないほど自然に、ベートーベンの世界への入り口としての役目を果たしていた。

 特に越谷でのメシアンの作品は、スタインウェイのピアノの柔らかい音色と相まって、ドビュッシーの印象主義風の心地よい浮遊感が際立っていた。続く「第32番」に違和感なく入っていけるのは、ベートーベンの音楽自体が「当時の人々には理解されなかった画期的なアイデア」と河村さんが指摘するほどに、現代音楽までも射程に入る前衛的性格を持つからだろう。河村さんはその先進性もプログラムで示したかったのかもしれない。

 13日のヤマハホールでは、2楽章しかない「第32番」の第1楽章冒頭から、ゴツゴツした岩山のような重厚な響きがとどろいた。「ヤマハCFX」の明確でムラなく鳴る音色が、決してメロディアスではない重量感のある第1楽章冒頭を盛り上げる。ドイツの大聖堂を連想させる、ダイナミックで構造美を浮き彫りにする演奏だ。左手が重量感のある低音域を鳴らす。繊細なアルペジオ(分散和音)を奏でたかと思うと、バキッというごつい破砕音みたいな大音量もさく裂させる。音の溶岩の流れを生み出しながら、緻密な構造も浮かび上がらせる。細かいかすかな音も含めすべての楽器と音符を平等に扱う指揮者のように、ピアノで交響曲を演奏している、そんな雰囲気だ。このシンフォニックな響きは翌日の越谷公演よりもものすごい印象を受けた。

インタビューにこたえるピアニストの河村尚子さん。聞き手は池上輝彦(1月12日、東京・銀座のヤマハホール)=撮影 古谷真洋

 「ベートーベンの作品は激しいところもあれば、反対にすごく優しいところもあり、凹凸のバランスというか、コントラストが激しすぎて、どう弾いていいのか分からなくなる。どこまで情緒的になっていいのか。ロマンチックになりすぎたらベートーベンじゃないし、古典的すぎたら面白くないし、難しい」。個人的には「大好きだし、交響曲を聴いたりするとワクワクし感動する」のだが、「人前ではこれまであまり演奏してこなかった」と公演に慎重だったことを話す。13日のリサイタルでは1枚紙に「メッセージ」をしたためて聴衆に配った。そこには「子供を授かり、少したくましくなったせいか、ベートーベンのしつこいほどにエッジの効いた音楽に共感できるようになった」という趣旨の内容がユーモラスに書いてあった。中でも最後のソナタ「第32番」は「最も取り組みがたい曲という思いがあった」と語る。

弦楽奏者から学んだベートーベン演奏

 音楽的な転機は「ピアニストとして室内楽にも取り組むようになって、ベートーベンへの理解が深まってきたと自分でも思うようになった」ことだ。「第32番」を弾くに当たって「後期の弦楽四重奏曲からヒントをもらった。スコアを読みながら聴くことによって、ベートーベンが何を考えて作曲したのか分かるようになってきた」。今回の帰国中にはオーストリア出身のチェロ奏者クレメンス・ハーゲン氏と兵庫県立芸術文化センター(兵庫県西宮市)と神奈川県立音楽堂(横浜市)でベートーベンの「チェロソナタ第2番」を含む室内楽の公演も展開した。「弦楽奏者たちからピアノ奏法にはないベートーベン演奏を学べる」と言う。

 「『第32番』の第1楽章を弾いていると、生きているなあって感じがする。生命力が感じられる曲。耳は聞こえない、人からは嫌われる。変わり者のおじさんが書いた曲かもしれないが、愛に満ちていた人だったと思う」。第1楽章は「交響曲第5番《運命》」と同じハ短調で書かれ、威圧的な重々しい第1主題がフーガ風に何度も繰り返し顔を出す。「どうやったら1人の人間からこんなにもいろんなアイデアが出てくるかと感心する」と河村さんはベートーベンを称賛するが、この第1楽章の演奏を聴いていると、むしろ「運命」交響曲のように、よくもこれだけ1つのテーマを駆使して様々に展開できるものだと思えてくる。

「河村尚子ピアノ・リサイタル」本公演(1月13日、東京・銀座のヤマハホール)=(c)AYUMI KAKAMU

 難聴を患うまではピアニストとしても活躍したベートーベンだが、彼のピアノについて河村さんは「即興が上手な人だったんでしょうね」と語る。その即興性を意識した演奏が、続く第2楽章で聴けた。第1楽章とは打って変わって穏やかで明るく、幸福感に満ちた長大なハ長調の変奏曲だ。「ブギ・ウギやジャズみたいなリズム」と彼女が指摘する有名なダンス音楽の局面では、ドイツ風の武骨さを少し残しつつも、ノリノリの踊る演奏を聴かせた。しなやかさ、軽やかさという点では2日目の越谷公演の方が、よりリラックスしていたせいか際立つ印象だった。

フーガと変奏の複雑構造を明快に表現

 様々な分散和音に形を変えながら徐々に高みへと向かっていく第2楽章の高揚感は、楽聖が同時期に筆を進めた「ミサ・ソレムニス」「交響曲第9番」に通じるものがある。この晩年の三大作、それに後期の弦楽四重奏曲に共通するのはフーガと変奏曲の技法だ。「第32番」は構成こそ全く異なるとはいえ、位置付けはピアノソナタの「第九」といえよう。河村さんの演奏は、第2楽章の捉えどころのない複雑な変奏構造を明快に示し、次第に高まっていくユーフォリア(多幸感)を表現していた。今回の映像では、ヤマハホールでの本公演前日、12日のリハーサルで第2楽章を弾く河村さんの様子を捉えている。

 「何か目標がないと頑張れない。32作品あるベートーベンのピアノソナタのうち、半分くらいはやってみようと目標を立てた。2018年の春夏あたりから何回かに分けて披露できればいい」と語る。特に弾きたい曲を尋ねると、「第4番」「第21番《ワルトシュタイン》」「第23番《熱情》」「第29番《ハンマークラヴィーア》」などを挙げた。5歳からドイツで育ち、現在はエッセン市のフォルクヴァンク芸術大学の教授も務める河村さん。ベートーベンは彼女が長年暮らし続けるドイツの大作曲家だ。「子供の頃から個人的に弾いてきた曲をもう一度ブラッシュアップし、今の自分がどう感じ、解釈できるか、挑戦したい」と抱負を語る。

 バックハウス、ケンプ、アラウ、グルダ、ブレンデル……。ベートーベンのピアノソナタ全集を録音した巨匠は数知れない。日本人ピアニストでも小菅優さんのように若くして全曲演奏・録音した例がある。一方で、満を持してようやく演奏を始めるピアニストもいる。河村さんはもちろん後者。時が満ちてようやく実現するそんな演奏では、大作曲家への敬意と、長年温めてきた独自の深い解釈が聴けるはずだ。2017年はベートーベンの没後190周年、2020年は生誕250周年にあたる。ベートーベンに熱い思いをはせる時代が始まった。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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