海の保護に力尽くしたオバマ氏 トランプ政権に不安も
オバマ政権のもと、米国の海洋保護区はかつてないほど拡大した。特に大きかったのは、2016年夏にオバマ前大統領が取り組んだ、二つの海域の保護だ。
一つは、ハワイ北西部にあるパパハナウモクアケア海洋国立モニュメント。ここではそれまでの保護海域を4倍に拡大した。150万平方キロ余りにおよぶ広大な海域は、絶滅のおそれがあるシロナガスクジラやハワイモンクアザラシなど、7000種以上が生息する海洋生物の宝庫だ。
もう一つは米国東岸沖。マサチューセッツ州のコッド岬から南東に210キロ離れた海底谷や海山の周辺を、面積1万2725平方キロのノースイースト・キャニオン・シーマウント海洋国立モニュメントと定めた。東岸沖では初の指定だ。結果、これまで米国で海洋保護区に指定された海域は1200カ所以上にのぼり、その面積は米国の海の4分の1を占めるまでになった。
海洋保護区は海の再生に役立つ
貴重な海域を保護することが、気候変動に負けない生態系の構築と失われた生態系の再生につながるという証拠は、次々に見つかってきている。
たとえばカリブ海に位置する米領バージン諸島。そのセント・クロイ島沖に浮かぶバック島は、緑豊かな二つの丘を淡いピンク色の砂浜が囲む、71ヘクタールの島だ。1961年、当時のケネディ大統領は多彩な青色をした広大な海や、美しい「海中庭園」に感動し、この海域をバック・アイランド・リーフ国立モニュメントに指定した。
バック島のサンゴは、さまざまな災難に遭ってきた。1970年代から80年代にかけて、島のサンゴ礁を代表する「エルクホーン」というサンゴが感染症のホワイトバンド病にかかり、全体の95%が死滅した。1970年代初頭からバック島を研究してきた海洋学者ロバート・ステネックは「このときの自分は検視官になったようなものだった」と語っている。
2014年、カリブ海東部でのサンゴ調査の際、ステネックは10年ぶりにバック島を訪れ、島の南側の海を見て目を見張った。若いエルクホーンサンゴの発育状態が抜群に良かったのだ。カリブ海東部のサンゴ礁では、生きているサンゴの割合が平均で18.5%にすぎないが、バック島の南側ではその割合が30%に達していた。サンゴの発育を妨げる藻などを食べる、ブダイやクロハギの仲間といった魚を、ステネックはバック島で数多く目にした。このため、サンゴの群生も広がったのだ。
サンゴ礁の生態系を研究するピーター・マンビーによれば、魚の生息数は過去の水準まで戻っておらず、とりわけナッソー・グルーパーはいまだに希少で、ある研究では6年間に3匹しか確認されていない。しかし、バック島の南側のサンゴ礁は、魚の生息数も大きさもこの海域で屈指だという。マンビーの研究でも、魚が豊富に生息するおかげで、サンゴ礁は白化や病気から回復できていると結論づけられている。
トランプ政権に不安
ただし、海洋保護区といっても、実はそのほとんどで、漁業や天然資源の利用がある程度認められている。こうした事情から、海洋が専門の法学者ロビン・クンディス・クレイグによれば、保護区があっても海洋生物の急激な減少を食い止めきれていないという。「海の保護と利用、どちらに主眼を置くべきでしょうか」とクレイグは問いかける。「この疑問には、まだ答えが出ていません」
さらに現在の米国では、ドナルド・トランプの大統領当選により、既存の保護区の未来すら安泰とは言いきれない。新政権のもとでは、オバマが指定した保護区ですら見直されるのではないかと考える漁業関係者もいる。国立モニュメントの指定を無効にした大統領は過去にいないが、米国の海洋保護をめぐる情勢は、緊迫した段階を迎えている。
(文=シンシア・バーネット、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2017年2月号の記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。