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スタンフォード大学経営大学院のキャンパス (C)Elena Zhukova

スタンフォード大学経営大学院のキャンパス (C)Elena Zhukova

世界でもトップクラスの教授陣を誇るビジネススクールの米スタンフォード大学経営大学院。この連載では、その教授たちが今何を考え、どんな教育を実践しているのか、インタビューシリーズでお届けする。今回はチャールズ・オライリー教授の4回目だ。

2016年5月、大手商社三井物産は米国最大手の透析事業会社ダビータ社とともにアジア透析事業に参画することを発表した。このダビータ社、瀕死(ひんし)の状態から再生し、15年で売上高9倍、株価60倍を達成した奇跡の会社として有名だ。再生のカギを握っていたのは、日本企業流の人材育成方法だった。(聞き手は作家・コンサルタントの佐藤智恵氏)

スタンフォード大学経営大学院 チャールズ・オライリー教授

スタンフォード大学経営大学院 チャールズ・オライリー教授

最も印象的なゲストスピーカー

佐藤:オライリー教授は、現在「経営者の視点」という授業を教えています。様々な経営者を招待して、リーダーとしての経験や指針を語ってもらう授業だそうですね。ゲストスピーカーの中で、最も印象に残った人は誰でしょうか。

オライリー:毎回、政治、ビジネス、スポーツ、NPOなど、多彩な分野のリーダーをゲストスピーカーとして招いていますが、その中で最も印象的だったのは、米国最大手の透析事業会社、ダビータ社のケント・ティリ最高経営責任者(CEO)です。彼は社員が幸せに働ける環境をつくりあげることによって、会社を再生させたことで有名です。

ダビータは全米で高品質な透析クリニックを運営していますが、ビジネスモデルは、薄利で低収益なので、社員の給与はそれほど高くありません。しかもクリニックなので労働時間も長い。にもかかわらず、社員は皆、ダビータで働けて幸せだと言います。

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。

佐藤:薄給なのに、社員は幸せ。どうやって、このような会社をつくりあげたのでしょうか。

オライリー:講演でティリ氏は、とても謙虚に、率直に、どうやってダビータの企業文化をつくりあげたかについて語ってくれました。

前任者からCEOを引き継いだとき、彼は冷静に会社が抱えていた問題を分析し、まず社員が楽しく働けるコミュニティーをつくろうと思ったそうです。会社を成長させるにはそれが最もよい方法だろうと。

社員の多くはシングルマザーで、高学歴ではありません。そういう人たちに喜んで働いてもらうには、会社全体を村のようなコミュニティーにして、帰属意識を高めるのが一番だと思ったのだそうです。そのために、ティリ氏は、社員イベントを数多く開催することにしました。

人への投資で帰属意識高める

佐藤:CEOも同じように薄給なのですか。

オライリー:それが違うのです。彼は高額な報酬を得ています。「私たちは皆、ダビータという村の村民であり、私はその村の村長だから、それなりの報酬をいただきます」というのが彼の一貫した考え方です。しかも社員全員がその事実に納得しています。

佐藤:お金ではない何かを得ているからこそ、社員は幸せなんでしょうね。アメリカ企業には珍しく、離職率が低い会社だと聞きました。

オライリー:ダビータは、日本企業と同じように、人に投資する会社なのです。企業が社員を大切にして、人材教育を施して、安心して働ける環境をつくれば、社員は会社を辞めません。しかも、周りは同じような価値観で結ばれた仲間ばかりです。コミュニティーの一員だという自負があるからこそ、多少給与が安くとも、満足して働いているのです。

佐藤:会社をコミュニティーにすることが、なぜ透析事業会社の成長につながるのですか。

オライリー:透析を必要としている患者は、重篤な病を患っていることが多く、中には余命わずかという人もいます。透析を受ければ、病が悪化するのではないかという不安もあり、ふさぎこんでいることもしばしばです。そんな中、仕方なく訪れた透析クリニックで、スタッフが明るく迎えてくれたらどうでしょうか。彼らが楽しそうに働いているのを見れば、患者は元気をもらい「透析施設はたくさんあるけれど、ダビータの運営するクリニックに通いたい」と思うでしょう。スタッフから励まされれば、透析もがんばって続けよう、食事制限も守ろうという気持ちになります。すると患者はどんどん健康になっていく。結果、ダビータの運営するクリニックは評判となり、多くの患者が押し寄せることになったのです。

佐藤:2016年5月に、ダビータは大手商社の三井物産とともにアジア透析事業に参画することを発表しました。同社は、ケント・ティリCEOのもと、どのぐらい成長したのですか。

オライリー:1999年に彼がCEOに就任したときは、社員数1万2000人でしたが、現在は6万人です。株価は2000年に1ドルぐらいだったのが、2016年には60ドルにまで上昇しました。

価値ある仕事という意識、社員に示す

佐藤:ダビータの事例は、リーダーのビジョンが会社を再生させた好例ですね。なぜリーダーは社員にビジョンやミッションを伝えることが大切なのでしょうか。

オライリー:社員は「私は今、1人ではできない大きなことを、周りの人々と一緒に達成しているんだ」と実感したいのです。仮に今やっている仕事が単純作業であったとしても「私の仕事は人々の役に立っている」と思いたいのです。

こうした社員にやる気になってもらうために、リーダーはどうしたらいいのか。「あなたたちは価値ある仕事をしているのですよ」ということを、会社のビジョンとともにわかりやすく示してあげることです。ケント・ティリCEOはよく「何の目印もなく、偶然、山頂まで登れることなどない」と言っていましたが、ビジョンなくして会社は成長できません。

企業文化は、あくまでも行動指針であり、会社の価値観を体現しているものではありません。何が大切なのか、リーダーが指し示してくれなければ、社員は安心して働けません。だからこそ、リーダーにとってビジョンを伝えることはとても大切なのです。

※オライリー教授の略歴は第1回「日本企業必見!『イノベーションのジレンマ』解決法」をご参照ください。

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