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AIとスポーツの融合 カギは「レジェンドの知」継承

スポーツイノベイターズOnline

2017/2/6

「AIはスポーツをどう変えるか」と題したパネルディスカッションの登壇者。左からデータスタジアムの金沢氏、LIGHTzの乙部氏、元・女子バレーボール日本代表選手の杉山氏、日本スポーツアナリスト協会の渡辺氏

AI(人工知能)をどう活用すべきか――。これは産業界のみならず、スポーツ界にとっても重要なテーマである。既にテクノロジーを積極的に導入しているスポーツの現場では、AI活用のトライアルが始まっている。こうしたなか、日本スポーツアナリスト協会が主催したスポーツ産業イベント「スポーツアナリティクスジャパン2016」(以下SAJ2016、開催は2016年12月17日)では、「AIはスポーツをどう変えるか」と題したパネルディスカッションが開かれた。

登壇したのは、LIGHTz(ライツ)社長の乙部信吾氏、日本スポーツアナリスト協会代表理事でリオデジャネイロ五輪でも全日本女子バレーボールチームのアナリストを務めた渡辺啓太氏、元・女子バレーボール日本代表の杉山祥子氏。モデレーターは、データスタジアム ベースボール事業部アナリストの金沢慧氏が担当した。

乙部氏はキヤノンのエンジニアを経て、製造業向けのコンサルタント会社O2(オーツー)に参画。同社でCTO(最高技術責任者)を務める傍ら、2016年10月に各業界の専門家の知見をAI化するソリューションを開発するLIGHTzを設立した。AIを活用したスポーツ向けソリューションの開発に取り組んでいる。

■「飛び抜けた計算能力を持つ、よちよち歩きの子供」

今、AIは“第3次開発ブーム”のさなかにある。乙部氏はその理由を、「ディープラーニング(深層学習)」などの技術によって、自身で学習して知識を増殖できるようになったことが大きいという。

同氏は現状のAIを「飛び抜けた計算能力を持つ、よちよち歩きの子供」と評する。スポーツの世界で最も高速な認知・判断のサイクルが要求されるのはF1ドライバーだが、AIの計算能力はそれをはるかに上回る。具体的には、毎秒8兆回もの四則演算が可能で、バレーボールなら1秒間に3.6億分の試合をパターン解析する能力を持つという。

一方で、「何かを教えてあげないと何もできないし、我々が分かるように結果を教えてくれない。そのすごい能力を産業界もスポーツ界もどう生かしていいのか分からない“宝の持ち腐れ感”がある」(乙部氏)との現状認識を示した。

■セッターのトスをAIで予測

バレーボールは、スポーツの中でもデータ活用が最も進んでいる競技の一つである。試合中にデータを取得・分析し、それを監督やコーチが見て戦術変更や選手交代の判断材料にしている。「通常、他の競技ではこうしたことが禁止されており、試合中にリアルタイムでデータを取得して活用できる競技は珍しい」(渡辺氏)

渡辺氏によると、全日本女子バレーボールチームはリオ五輪の試合中、10台程度のデジタル端末を稼働させていたという。

全日本女子バレーボールチームがリオ五輪の試合中に稼働させていたIT(情報技術)機器。デジタル端末は10台以上も同時に稼働していた(図:渡辺啓太)

具体的には、観客席に三脚を立てて試合を撮影しつつ、アナリストは「DataVolley」というソフト上でボールタッチごとに、すべてをデータ化する。「どの選手がどのエリアにバックアタックを打ってどうなったか」などボールや選手の動きを、専用コードを使って記録する。

ベンチにいる監督やコーチは、iPad上で試合や選手のスタッツを常時確認できる。きょうは誰が調子がいいのか、悪いのかなどがすぐに分かるので、それを見て戦術変更や選手交代の判断材料にし、1プレーごとに指示を出しているという。

2年ほど前からは、予測することに価値があると考え、AI技術の一つである機械学習を取り入れて「相手のセッターが次にどこにトスを上げるのか」などを予測。それを判断材料に監督が指示を出したりしているという。

■「スペシャリストの分析」を組み込む

このようにスポーツの世界でもAIの初歩的な利用が始まっているが、今後はどのように本格活用できるのか。

乙部氏は段階的な活用を提案した。まず、第1段階はデータ収集の自動化。現在、アナリストが手入力している作業を肩代わりできれば、アナリストはより付加価値が高い分析に時間を割けるようになる。そして第2段階は試合のパターン分析、第3段階はシミュレーションだ。これらを通じて、AIの活用がアナリストからトレーナーやコーチ、監督、選手へと広がっていく。

乙部氏が提案する、スポーツにおけるAI活用のステップ(図:LIGHTz)

ただ、単に試合のデータを膨大に蓄積してビッグデータ解析をするだけでは、画一的な“答え”しか出てこない可能性がある。生身の人間が行うスポーツには「感覚的な部分が多く、それをAIにどう落とし込んでいくかには大きな課題がある」(乙部氏)と指摘する。

LIGHTzはこの課題の解決に取り組んでいる。開発中のシミュレーションツール「ORINAS Athlete」は、スペシャリストとの対話を通じて「知の体系」を聞き出し、AIを作り込んでいく点に特徴があるという。例えば杉山氏のような元トッププレーヤーが試合中に感じていることや考えていることを可視化し、教師データとしてAIに教え込む。

LIGHTzが開発を進める「ORINAS Athlete」。さまざまなパターンの試合結果だけでなく、選手のフィジカル/メンタル、スペシャリストの分析の視点などをシミュレーションに組み込む(図:LIGHTz)

想定する活用シーンは、試合の勝敗を分けるような場面で選手交代や戦術に迷ったとき、意思決定の参考にすること。バレーボールなら、サーブをこう打つと、相手がどのようにレシーブをしてセッターがどう動き、アタックがどこにくるのか、などをラリー形式でシミュレーションできる。

実は、ORINAS Athleteには過去のさまざまなパターンの試合のデータが蓄積されており、それらから類似のパターンの試合を抜き出してシミュレーションを表示する。ただ、スポーツの場合、ボールや選手の動きの分析だけでは十分とはいえない。選手のフィジカルやメンタル状態、優れたプレーヤーの暗黙知などがゲームを大きく左右するため、こうした要素もAIによるシミュレーションに取り入れていくという。

乙部氏は、AIを有効活用するアイデアとして、「レジェンド(名選手)の知を後世に残す」「監督・セッターの戦略的思考を補助する」ことなどを提案した。

乙部氏が考えるAI有効活用のアイデア(図:LIGHTz)

渡辺氏によると、杉山氏は現役時代、「Cクイック」という速攻系スパイクを得意としており、スピード、コースの幅、決定率において、今でも他の選手が抜くことができない“特別なレベル”にあったという。

杉山氏は、「『Cクイック』は現役時代に自分が研究して作り上げてきた技術。私が引退して終わりではなく、AIを活用して後々生かしてもらえたらとうれしい」と話した。

(日経BP社デジタル編集部 内田泰)

[スポーツイノベイターズOnline 2017年1月18日付の記事を再構成]

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