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睡眠研究の「異時間空間」 隔離実験室に潜入する

日経ナショナル ジオグラフィック社

2017/2/21

■日本人の体内時計の周期がここで明らかに

実験室内ではこちらで用意した数百本のDVDや漫画本(長編ばかり)、書籍などを楽しむことができるので退屈することはない。ただし、覚醒度や認知機能の測定を行う時間帯には視聴させない。映像や娯楽が影響を及ぼすためである。といっても心理的な影響を完全に排除することは難しい。以前、男子大学生を被験者にして実験を行ったときに、アルバイトの女子大生をスタッフとして当てたところ、断眠(徹夜)明けにもかかわらず非常に覚醒度が高い結果になってしまったことがある。かといって、むくつけき男ばかりで実験を行うわけにもいかず、実に難しい。

室内の照明もかなり暗めに抑えられる。特に体内時計の研究の場合には15ルクス程度の薄暗い照明下で生活してもらう。これは一般家庭の蛍光灯などに付いている常夜灯の豆電球くらいの明るさである。照明を落とすのは、環境光が覚醒度に影響を与えるだけでなく、体内時計の時刻を強力に調節(時刻を進めたり遅らせたり)してしまうからである。特に青色光の影響が突出して強いため、室内照明は影響がほとんどない弱い暖色光(オレンジ色)で統一する。

15ルクス程度に抑えられたリビングルーム。(イラスト:三島由美子)

冒頭で書いた「体内時計は25時間周期」は、当時この分野の中心地であったドイツバイエルン州のアンデックスにあるマックス・プランク行動生理学研究所で行われた実験結果が元ネタである。その当時は家庭照明レベルの光であれば人の体内時計にはほとんど影響しないと考えられていたため、照度を落とす工夫がなされておらず、見かけ上、体内時計の周期が長く算出されてしまったのだ。私も1990年代初めに当地を訪れたことがあり、防空壕を利用した隔離実験室はとても印象深かったが、実験室内がかなり明るいと感じた記憶がある。

現在の体内時計周期を計測する実験では、室内照明を低照度の暖色光にするだけではなく、睡眠時間帯を1日当たり4時間ずつ遅らせる特殊なスケジュールで睡眠をとらせ、体内時計周期を測定する。あまりに専門的になるのでこれ以上の説明は割愛するが、このような方法でわずかな室内光の影響すら相殺できる。この厳密な方法でハーバード大学の研究グループが測定した白人の体内時計周期は24時間11分、私たちが国立精神・神経医療研究センターで測定した日本人のそれは24時間10分とほぼ同じだった。

体内時計を調整する主要な時計遺伝子群の遺伝子配列には人種間でさほど大きな違いはない。したがって、体内時計周期が白人と日本人でほぼ完全に合致したことは不思議でも何でもない。若者と高齢者の間でも体内時計の周期は変わらない。遺伝子配列が変わらないのだからこれもまた然り。しかし実生活では、虹彩の色(白人では青色光が通りやすい)や居住地域(高緯度では日照量が少ない)、年齢(眼球の角膜や水晶体の光透過性が変化)などの要因が複雑に絡み合って個人の生体リズムが決定される。室内実験の結果を生活や臨床にそのまま適用できないことも忘れてはならない。

次回も引き続き、睡眠研究のノウハウについてご紹介する。眠くなれば横になるのは当たり前だが、実は横になるだけで眠くなる。そのワケも睡眠実験の失敗から分かった?

三島和夫(みしま・かずお)
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2017年1月19日付の記事を再構成]

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