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カリスマの直言

17年のドル円のキー 日米の金融政策読む(加藤出) 東短リサーチ社長チーフエコノミスト

2017/1/23

「ドル円レートに基本的に影響を及ぼすのは米国と日本の金融施策だ」

注目のトランプ米新大統領の就任演説を受けた米金融市場の反応は限定的だった。しかし、それは経済政策への具体的言及がなかったからであって、内容が穏当だったわけではない。彼はワシントンの既存の政治を激烈な口調で攻撃した。

「この国の忘れられた人々」が受けてきた苦難を、トランプ氏は「アメリカの大虐殺」と呼び、それをここで今終わらせると宣言した。そういった過激な言葉遣いは過去の大統領の演説には見られなかったと米主要メディアは報じていた。新大統領の動向は警戒感を持って見ていく必要がある。

大統領就任直前、トランプ氏はドル高をけん制した。しかし、彼に財務長官に指名されたムニューチン氏は「強いドル政策」に変わりはないと発言していた。一時期より縮小したとはいえ、米国は世界最大の経常赤字を抱える。先行きはドル高けん制発言が政権幹部から増えてくる恐れがあるが、当面は米国債などの安定的なファイナンスを考慮して、バランスをとった為替政策でいくのだろう。

これからもトランプ氏および政権の経済担当幹部の発言に市場は過敏に反応すると思う。しかし、今年のドル円レートに基本的に影響を及ぼすのは米国と日本の金融政策の動向だろう。なぜなら大統領選後のドル高・円安は(1)トランプ氏の財政政策→(2)米インフレ率上昇→(3)FRB利上げ加速→(4)日米金利差拡大――という連想が働いての流れだったが、今後はトランプ氏の要因だけではなく、米国経済のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)や米連邦準備理事会(FRB)の金融政策の影響を受けると考えるからだ。

ここではFRBと日銀の政策の当面の注目ポイントを整理してみよう。まずFRBだが、今年は大きく2つのチェックポイントがある。1つ目は、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利(短期金利)の誘導目標の引き上げ回数だ。

■FRBの資産縮小開始は年内か

昨年12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)のメンバー(15人のFRB幹部)による政策金利の予測(ドットチャート)では、2017年は3回の利上げとなっていた。しかし、イエレンFRB議長は市場にそれを織り込ませたくなかったらしく、記者会見で盛んに「(前回に比べ)非常に小さな変更にすぎない」とアピールしていた。

イエレン議長はその時よりはややタカ派方向にシフトしてきたものの、1月19日の講演では緩やかな金融引き締めペースが適切だと改めて強調していた。実際のところ、トランプ政権の財政刺激策がどの程度の規模になるのか不透明だし、お金が回り始めるのは来年以降が中心だ。また、減税の規模や対象も不透明で具体的にどうなるのか確定しないと、企業は設備投資に動きづらい。

賃金上昇ペースはトレンドとしては徐々に速くなっていくと考えられる。ただし、人手不足感が強まると金融危機後に労働市場から退出した人々が戻ってくるため、しばらくは上昇ペースは緩やかだろう。また、昨年11月以降のドル高は、企業収益とインフレ率に軽いブレーキをかける可能性がある。

そういった要因を全体として考慮すると、筆者はFRBの今年の利上げ回数は2回程度と予想する。

2つ目は、FRBがその資産規模を縮小し始めるタイミングだ。QE3(量的緩和策第3弾)を14年10月に終了した後も、FRBは長期国債とMBS(住宅ローン担保証券)の保有額が減らないように、満期が来た分と同額を購入し続けている(これは「再投資」と呼ばれている)。つまり、FRBは自身のバランスシートの正常化にはまだ一切手をつけていない状況にある。

14年9月にFOMCが決定した出口政策の手順においては、FF金利をある程度引き上げたら、長期国債やMBSの再投資の減額を始めるとされていた。それを開始すると、長期金利は上昇しやすくなり、ドル高圧力が発生する。

15年6月にダドリー・ニューヨーク連銀総裁は「FF金利が何%になったら、再投資の減額を始めるのか?」との質問に「1%か、1.5%か、分からないが、まだ決めていない」と答えた。その翌々週にイエレンFRB議長は、「ダドリー氏はああいったが、FOMCは何も決めていない」と述べた。実際、再投資の減額開始のタイミングに関して合意はまだ何もないのだと思われる。

ただし、昨年11月のFOMCの議論では、再投資の減額で長期金利を上昇させてしまうと、短期金利の引き上げが制約を受けるとの考えが示されていた。タカ派の地区連銀総裁は再投資減額の議論を早く始めるべきと騒ぎ始めているが、イエレンFRB議長はもうしばらくはFF金利の引き上げを優先させると思われる。しかし、共和党はFRBのバランスシートの正常化を望んでおり、今後トランプ政権が任命するFRB理事にはそういった考えに共鳴する人物が選ばれる可能性がある。このため、FRBは早ければ夏ごろに減額開始を予告し、数カ月後にそれが開始されるかもしれない。

■緩やかなドル高・円安が続く

一方、日銀はマイナス金利政策を維持(10年金利誘導目標を0%近辺に)したまま政策変更には言及せず、当面はじっとしているだろう。黒田日銀総裁は金融引き締め方向の話は当面におわさないと思われる。

米大統領選挙後(16年11月7日から17年1月17日まで)の名目実効為替レート(国際決済銀行作成)の騰落率を見ると、全61カ国中、円は下から3位のマイナス6.5%だった。一方、ユーロは下から9位のマイナス1.3%だった。円の方が下落しているのは、欧州中央銀行(ECB)は昨年12月に量的緩和策の縮小を決定したが、日銀はそういう素振りを一切見せないからだといえる。そのため、筆者の今年のドル円レートの予想は、昨年末のような急激な円安は期待できないものの、基本的に緩やかな円安が続くというのがメインシナリオだ。

注目されるのは、今年秋以降の日銀の10年金利誘導目標に関する判断である。円安傾向が緩やかながらも続き、原油価格も現状程度の水準が続くなら、生鮮食品を除く総合指数(コアCPI)は年内に1%近辺に達する可能性がある。市場では、「インフレ率が上がってきているのに、10年金利がゼロ%近辺というのは、あまりに低すぎるのではないか」という声が高まるだろう。

■一時的な円高リスクも

個人的な意見を述べると筆者は、海外から日本経済に「追い風」が吹いている間に日銀は金利水準の少々の引き上げを実施しておくほうがよいと考えている。それをやるとユーロのように為替レートは対ドルで大きくは下落しなくなる。しかし、金利誘導目標の引き上げを少々でも実施しておけば、先行き、海外から「逆風」が吹いてきたときに切ることができる「追加緩和のカード」を手に入れることができる。ECBの12月理事会議事要旨を見ると、量的緩和の毎月の証券購入額を今年4月から600億ユーロに縮小する理由のひとつは、「もし経済や金融市場の見通しが悪化したら買い入れ規模を800億ユーロへ戻すことができる」と説明されていた。

ECBは「トランプラリーでユーロ高になりにくい環境のうちに減額をやってしまおう」と考えたのだろう。柔軟かつしたたかな戦略といえる。日銀はECBのそういった姿勢を見習うべきと思われる。しかし、黒田東彦日銀総裁は円安方向の流れを重視して10年金利誘導目標を引き上げる時期をできれば遅らせたいだろう。コアCPIが今後上昇していくとしても、日銀が目指している「2%を安定的に上回る状態」になる時期はまだ全く見えてこないからだ。

ただし、もしFRBの再投資減額が前述のように年内に始まるようなことがあると、米長期金利の上昇が日本に波及して10年金利をゼロ%近辺に維持することが容易ではなくなってくる。その場合、日銀はそれを言い訳にしつつ、年内に10年金利誘導目標を引き上げる可能性が出てくる。

そうした状況では一時的に円高圧力がかかる可能性があるが、FRBのFF金利引き上げとバランスシート縮小が進めばそれは和らぐため、FRBの同政策の動向に関心を向けていく必要がある。

加藤 出(かとう・いずる) 1965年生まれ。88年3月横浜国立大学経済学部卒、同年4月東京短資(株)入社。短期市場のブローカーとエコノミストを兼務後、2002年2月に東短リサーチ(株)取締役、13年2月より現職。マーケットの現場の視点から日銀、FRB、ECB、中国人民銀行などの金融政策を分析している。07~09年度に東京理科大学、中央大学で非常勤講師。主な著書に「日銀は死んだのか?」(日本経済新聞社、01年)、「バーナンキのFRB」(ダイヤモンド社、共著、06年)、「東京マネー・マーケット」(有斐閣、共著、02年、09年)、「日銀、『出口』なし!」(朝日新聞出版、14年)など。

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