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「トランプ円安」逆回転も 円買い生む3つの経路

2017/1/19

1ドル=114円台に上昇した外為市場(12日午前、東京都中央区) 

 外国為替市場で昨年11月以降進んだ「トランプ円安」にブレーキがかかっている。一時は1ドル=118円台に下落していた円相場が上昇。17日には112円台まで買われた。外貨投資を手掛ける個人投資家も無関心ではいられない。何が起きているのか、今後円安が本格的に逆回転するならどんな場合か。

 トランプ氏が米大統領選挙で勝った2016年11月上旬以降の円相場は主に2つの局面に分けられる。第1は円売りが急速に広がった12月中旬まで。円は1ドル=118円台後半へと17円も下落した。第2が12月中旬以降現時点まで。円売りの勢いが鈍り、115~117円台程度を中心にもみ合った。

(1)政策「影の部分」

 何が円の動きに違いをもたらしたのか。大まかに言えば、市場参加者の関心がトランプ氏の経済政策(トランプノミクス)の「光の部分」に集まったか、「影の部分」に向かったかだ。第1局面では前者の巨額減税やインフラ投資が注目され、第2局面では後者の保護主義が関心を集めた。

 この点をもう少し詳しく見ていく。まずトランプ円安が始まったきっかけから振り返ってみよう。それは16年11月9日の同氏の勝利演説だった。選挙中に口にした保護主義的な主張を封印したことが強い印象を与えた。人々の関心は減税、インフラ投資に向かい、強い景気刺激効果を生むとの見方が広がった。

 米長期金利は急上昇。日米金利差が広がり、円安圧力が生まれた(グラフA上図)。勝利演説前に1ドル=101円台前半を付けた円は12月中旬に1ドル=118円台後半に下落した。上述の第1局面だ。

 次に訪れた第2局面では日米金利差の拡大が止まり、円売りにブレーキがかかり始めた。保護貿易主義という「影の部分」が耳目を集め、減税などによる米景気刺激への期待が後退したからだ。

(2)保護主義台頭

 保護主義への注目度が上がった一因は、次期政権の通商政策担当者に対中強硬派が起用されたこと。新設の国家通商会議のトップに起用されたピーター・ナバロ氏が代表格だ。米国にとって中国が脅威だと指摘してきた学者である。

 選挙戦中に戻ったかのようにトランプ氏の保護主義的な発言も増えた。17年1月5日にはトヨタ自動車のメキシコでの工場新設について計画撤回を要求。同11日の記者会見でも「米国の通商交渉は大失敗」と強調し、中国や日本などとの貿易不均衡に言及した。減税などには触れなかった。

 この記者会見を受けて円は113円台後半に上昇した。その後、英政府が欧州連合(EU)単一市場から退場する「強硬離脱路線」に向かうとの見方が市場のリスク回避ムードを強め、「安全通貨」の円を買う動きも広がった。トランプ氏が17日付米紙ウォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューで、対中国人民元でのドル高をけん制したこともドル売り材料となった。

 問題は今後円買い圧力が本格的に強まる第3局面が訪れるかどうかだ。シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)・通貨先物市場での投機筋の動きを見ても、円売り越しの規模が膨らんでいる(グラフB)。何かのきっかけで円の買い戻しが急増する可能性はある。

 当面、英政府の動きに注意が必要だが、それ以外にも円高をもたらしうる経路はある。3つ挙げておこう。

 第1はトランプノミクスの「光の部分」に対する関心や期待が一段と後退するケースだ。年末に向けドル高が進むと見る三菱UFJモルガン・スタンレー証券の植野大作氏も、減税の財源などを巡る議会との調整の行方には注意が必要だとする。その過程で減税規模の縮小観測が広がり、米長期金利が下がるかもしれない。「いったん110円を突破する円高もあって不思議はない」(植野氏)

 第2は、米政権の保護主義的な姿勢がさらに強まり、円安けん制発言が飛び出す場合である。「米国の当面の標的は中国人民元。円に対するドル高がけん制される公算は大きくない」。日本の通貨当局内にはそんな声もあるが、みずほ証券の上野泰也氏は、いずれ対円でもドル高警戒感を示してくる可能性が十分あると見る。

 注意すべきなのは、円安けん制発言が飛び出せば、日米金利差の動向にかかわらず円が買われる可能性もあること。「日米通商摩擦が激化した1990年代前半には、日米金利差が拡大しているなかで円高が進んだ」とJPモルガン・チェース銀行の佐々木融氏は言う(グラフA下図参照)。

(3)新興国の変調

 むろん、第1、第2のケースにならずに、再び米金利上昇・ドル高という展開になることもありうる。その場合、第3局面はドル高になり、円高は回避される。ただし、問題はその後の第4局面だ。高い米金利を背景に新興国から米国へのマネー逆流が進み、新興国経済が変調をきたすリスクはある。新興国経済の問題がマーケットの注目を集めリスク回避ムードが強まれば、「安全通貨」の円が買われやすくなる。

 果たしてトランプ円安の本格的な逆回転は起きるか。目先それを占う重要な材料となるのがトランプ氏の大統領就任演説(20日)だ。今後、財務長官など経済閣僚に指名された人たちの承認を巡る公聴会もある。

 昨年11月9日のトランプ氏の勝利演説は円売りを招き、逆に今年1月11日の記者会見は円買い圧力を生んだ。就任演説や経済閣僚の公聴会がもたらすのは円安か、それとも円高か。

(編集委員 清水功哉)

[日本経済新聞朝刊2017年1月18日付]

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