専業主婦、働き方に地殻変動 再就職でフルタイム再び今年、動き出す(下)

2017/1/21

企業などで働いた経験のある専業主婦が再就職に乗り出している。就労ブランクの不安を乗り越えフルタイム勤務に挑むケースも出てきた。社会保険の適用拡大で新たにできた「106万円の壁」や、企業の配偶者手当の見直しの動きもあり、主婦の働き方に地殻変動が起きている。

IT技能学ぶ

横浜市の坂本敬子さん(47)は昨年12月、ソフトウエア販売会社の営業事務職としてフルタイムで働き始めた。取引先からメールやファクスで受けた注文を社内のシステムに入力し、購買部門へ回すのが主な業務だ。

結婚前は商社の事務職として5年間勤めたが、寿退社。長男を出産した後は30代以降で医療事務のパートなどをしていたものの「いつかはフルタイム勤務に戻り、もっと社会との接点を持ちたい」と願っていた。

世の中でIT(情報技術)化が加速していることが不安だった。そこで昨年4月、パソコン学校に通ってIT技能の習得に励み、「フルタイムの事務をこなせる自信がついた」。長男が大学生になり、時間的余裕ができたことから一念発起。昨年11月に人材派遣会社に登録してから約1カ月で今の職場に出合えた。

フルタイムで働くのは22年ぶり。パート時代と比べ拘束時間は長く、出勤時間も早まり、生活のリズムは変わったが、坂本さんは「顧客から注文を受けて手配するという仕事の流れは商社時代と変わらない」と仕事に自信を深めつつある。

「周りでは、同じようにフルタイムで働く派遣社員が職場の信頼を得ている。私も早く安心して仕事を任せてもらえるようになりたい」と意欲を燃やす。

課題と感じていたパソコン技能も向上しつつある。昨年12月にはソフトウエアの操作能力を評価する「マイクロソフト・オフィス・スペシャリスト(MOS)」試験で表計算ソフト「エクセル」の資格を取得。次はワープロソフト「ワード」の資格取得を目指している。

夫と長男の3人家族。会社員の夫は仕事が忙しく帰宅は遅いが、坂本さんを気遣って洗濯を分担するようになった。休日には料理を作ってくれることもある。長男は洗濯物を取り込んだり、犬の世話をしてくれたりする。

「私が50歳直前からフルタイムで働くとは思っていなかったのではないか」。坂本さんは戸惑いながらも支えてくれる家族に感謝しつつ、充実した日々を送っている。

ベンチャー選択

仕事のブランク期間を経て再就職を考える主婦で、初めからフルタイム勤務を検討する人はまだ少数派だ。子どもが小さい間は特に、子どもの帰宅前に家に戻れるような働き方を希望する人が多い。自宅の近所や短時間のパート、アルバイトの求人に目を向けるも職種や勤務先が限られ、かつての仕事経験や資格が生かせないと二の足を踏む人は少なくない。

そんななか、業容拡大中のベンチャー企業に再就職することも選択肢の一つになりつつある。大手商社や通信会社を経て子育てのために離職後、現在は宅配クリーニング運営のホワイトプラス(東京・渋谷)で採用担当のグループリーダーとして働く田中雅子さん(48)もその一人だ。

部下とミーティングするホワイトプラスの田中雅子さん(左)(東京都渋谷区)

4年前に再就職した時は、子どもがまだ小学校低学年だったため、派遣社員として週3回、午前10時から午後4時までの勤務だった。市場分析の担当業務が一段落しつつある頃、勤務先が採用活動に本腰を入れ始め、人事担当者を探していた。以前に採用担当の経験があった田中さんに白羽の矢が立ち、同社の人事チームの立ち上げを直接雇用のパートの立場で手掛けることになった。

採用活動が加速するなか、田中さんは仕事量を少しずつ増やし、週5回勤務になった。15年末には組織開発部のグループマネジャーに就任。16年1月から、同社初の時短正社員として勤務する。

再就職を目指す主婦にとって、ベンチャー企業はなじみが薄い存在だが「働き方をカスタマイズすることができるのはベンチャー企業ならでは。仕事に割ける時間が年単位で変化する主婦にとって、働きやすい面がある」(田中さん)。歴史が浅いだけに柔軟な働き方を認める企業も多く、家庭状況や就労観に応じて勤務形態や仕事内容を調整しやすい利点もあるようだ。

家事能力も強みに

介護・家事代行サービスのパソナライフケア(東京・千代田)に一昨年、再就職した西尾稚(のり)子さん(37)は、家事代行の仕事のほか、スタッフ向けの研修も任されている。新卒で就職した建築設計事務所時代の家の専門知識と、11年間の主婦生活で身につけた家事能力を併せ持つところが強みだ。

設計事務所で働いていた経験を生かし、家事代行の仕事に再就職したパソナライフケアの西尾稚子さん(東京都文京区)

大学で建築学を専攻し、卒業後の02年に就職。1年後、結婚と出産を機に退職した。「建築の仕事は拘束時間が長く、子育てしながら働くのは難しいと思った」と振り返る。

第1子出産後、すぐに第2子を妊娠。2人の子育てに追われる日々だったが「いつかは働きたい」と思い続けていた。長男が小学校高学年になり「そろそろ自分のために時間を使おう」と3年前に、土日だけ住宅展示場の受付の仕事を始めた。「ずっと主婦だったから働けるか」という心配があった。だが、出会う機会のなかった人に出会うなどの体験を重ねるうち「もっと働きたくなった」。

家族に負担をかけない平日の日中にできる仕事を探す中で、家事代行の職に就いた。生きるのは設計事務所でのキャリアだ。トイレや浴槽、建材などを扱い続けたことで手入れ法も分かる。水道などの部品の外し方はお手の物だ。

こうした専門性を生かした働きぶりが認められて、社内研修の講師を務めるようになった。メーカーから掃除道具の商品開発の打診もある。「私に色々できることがあるんだ」と、新しい自分に気付いた。社内には70代のスタッフもおり、同じように長く働くつもりだ。

人手不足企業、求人対象広げる

主婦の再就職が注目を集めるのは、雇用の不安定化や右肩上がりの賃金が期待しづらくなるといった経済状況の変化のなか、夫だけが働く専業主婦世帯の安定性や優位さが大きく揺らぎ始めているという背景がある。

今、再就職を考える主婦は、子育てが一段落しつつある30代後半から40代が中心だ。折しも人手不足を背景に、企業も求人の対象を広げつつある。働いた経験がない若者よりも、ブランクがあっても社会人教育が不要な主婦を求める職場も出ており、企業側も再就職を促す。

主婦の労働意欲を刺激するため、政府は配偶者控除の年収要件を現行の103万円以下から150万円以下に引き上げる方針を打ち出した。その結果、社会保険料の負担が発生する「『130万円の壁』の問題がより大きくなる」とみずほ総合研究所の大嶋寧子主任研究員は指摘する。

また、残業などを前提とする正社員の働き方は依然、主婦にはハードルが高い。「主婦の再就職は中途採用が活発な中小企業が有望だが、大企業に比べて年間休日の取得日数が少ない」(大嶋氏)。企業の働き方改革や、残業のない限定正社員の導入などの取り組みが欠かせない。

(南優子、関優子、青木茂晴)

〔日本経済新聞朝刊2017年1月21日付〕