看取りのプロが教える 人生の最期が近い人との対話術
「今日が人生最後の日だと思って生きなさい」の著者に聞く(1)
「なぜ私が命を落とさなければならないの?」と言われたら……
人生の最期が近いことを知った人は、周囲に苦しい問いを投げかけることがある。
「なぜ私が、命を落とさなければならないの?」「どうせ長くはないのだから、生きていても仕方がないよね?」
そんなとき、あなたなら何と答えるだろうか。苦しむ相手に対し、安易な励ましは通用しない。適切な言葉を見つけるのはかなり困難だ。
「今日が人生最後の日だと思って生きなさい」の著者・小沢竹俊さんは、「人生の最期が近づくことは、究極の苦しみ。その苦しみをなくすことはできません。でも、そんな苦しみをもつ人でも、生きる支えを見つければ、少しだけ穏やかに日々を過ごせるのではないでしょうか」と話す。
苦しみには解決できるものとできないものがある
ここではまず「そもそも苦しみとは何なのか」をひもといてみよう。
小沢さんは「苦しみとは、希望と現実とのギャップがある状態。例えば、昼寝していたいという希望に対し、起きなければならない現実があり、その開きを埋められないから苦しい。長く幸せに生きていたいという希望があるのに、現実ではかなわないから苦しいんです」と話す。
そして苦しみの種類は、解決できるもの・できないものに二分される。「例えば、薬を飲んで解決できる苦しみであれば、薬をお渡しすればそれでいいでしょう。でも、あと1カ月しか生きられない人に『来年の孫の入学式まで生きたい』と苦しみを打ち明けられても、希望と現実の開きは埋められない。解決のしようがありません」
死を前にした多くの人が向き合うのは、"私"を失っていく苦しみ。「孫の成長を見守る私、職場で頼りにされる働き者の私、友だちとの食事を楽しむ私…。それこそが私だったはずなのに、できないことがどんどん増えて、人の役にも立てなくなっていく。"私"を失った自分に、まだ価値はあるのだろうか。そう感じて、苦しくなるのです」
時計は、正確な時刻を示しているからこそ役に立つ。壊れて止まれば存在意義を失ってしまう。役に立たなくなった私は、動かない時計のようなもの……。人生の最期が間近に迫っている人が、そんな理不尽な苦しみにとらわれ、無力感に襲われるのは無理もない。
苦しみを抱えながら穏やかに生きるための"支え"
小沢さんは、「解決できない苦しみがある人にこそ、その苦しみを抱えながら穏やかに生きられるような、支えが必要だ」と語る。
人生の最期が近づくと、想像を越えた苦しみを抱えるかもしれない。しかし、たとえ苦しみの中にあっても、支えによって喜びや楽しみを見いだせば穏やかに生きられるはず、というわけだ。それは例えばスポーツ選手が、ハードなトレーニングに取り組む中で「試合に勝ちたい」という思いを支えに、苦しさをやわらげたり心の強さを保てたりすることに似ているという。
その人にとっての支えを見つけるには?
では、苦しんでいる人が支えを見つけるのを手伝うにはどうすればいいのだろうか。一つの方法として、苦しみの中にいる本人に直接尋ねてみるのもいい。
ただし、単刀直入に尋ねてもスムーズに答えを引き出せるとは限らない。尋ね方のコツについて小沢さんは「支えは星と同じ。暗い夜空でこそ輝いてその存在が明らかになる。だからまずは、これまでの苦しさやつらさにフォーカスし、その中で輝いている支えについて教えてもらうんです」と説明する。
例えば、「2年間の闘病生活、苦しいこともたくさんあったでしょうね」と問いかけてみると、「家族と一緒に自宅で過ごせないのが苦しかった」「抗がん剤を使った治療が大変だった」「体を動かせなくなって一人でトイレに行けないのがつらかった」といった思いを吐露されるかもしれない。そのうえでさらに、「そんな苦しみの中で、心の支えになっているものはありますか?」と尋ねてみるのだ。
そうすればきっと、元気で健康なときには気づけなかった、しかし確かに存在していた星のような支えの存在に目を向けられることだろう。「夫の優しさが支えになっている」「孫にランドセルを買いたいという願いが私の支え」といった答えが引き出されたなら、これこそが、苦しさを和らげ穏やかさをもたらす支えなのだ。
さらに、支えの存在について語ってもらえたときは、「そんな支えがあったからこそ、苦しくても頑張ってこられたわけですね」「苦しい経験をされたからこそ、支えに気づかれたわけですね」と、支えの存在を強く意識してもらえるような言葉がけをするといい。支えの大切さを再認識することで、きっとこれまで以上に支えが支えとして効力を発揮することだろう。
"支え"の存在が生きる力を湧き上がらせる
支えによって守られる穏やかさ。その根底にあるのは「自分は大切な存在」「何もできない私でも価値がある」と思える自尊感情だ。
小沢さんは、自身が大事にしている時計についてこう話す。
「この時計は、壊れて動かなくなったとしても、私にとって価値があるものです。なぜなら、父の形見だから。父への思いが支えになっているんです」
この時計と同じように、人もまた、たとえ何もできなくなっても尊くて価値がある。支えによってそのことに気づけば、苦しみの中にも穏やかさを取り戻して生きていけるのかもしれない。
小沢竹俊(おざわ・たけとし)さん
ホスピス医。めぐみ在宅クリニック院長。救命救急センター、農村医療に従事した後、横浜甦生病院内科・ホスピス勤務、ホスピス病棟長を経て、06年にめぐみ在宅クリニックを開院。「ホスピスで学んだことを伝えたい」と、学校を中心に「いのちの授業」を展開。多死時代に向けた人材育成に取り組み、15年にエンドオブライフ・ケア協会を設立。著書「今日が人生最後の日だと思って生きなさい」(アスコム)は、25万部を突破するベストセラーに。新著は「2800人を看取った医師が教える人生の意味が見つかるノート」(アスコム)。
(ライター 西門和美)
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