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ドラッカーは企業家精神を発揮するためには組織内部のマネジメントに加えて、市場に関わる原理と方法が必要なことを強調し、それを「企業家戦略」と定義します。

その一つが「総力戦略」です。企業はこの戦略によって新たに大きな産業を生み出し、市場で最初からトップの座を得てそれを永続させます。成果は大きいのですが、失敗が許されず、チャンスは二度とありません。

PwCコンサルティング 常務執行役 マネジメントコンサルティング担当 森下幸典氏

PwCコンサルティング 常務執行役 マネジメントコンサルティング担当 森下幸典氏

よって、思いついたアイデアをすぐに実行するのではなく、明確な目標を1つ掲げて経営資源を集中させます。そして、成果が出始めたら大量の資源を追加投入しなければなりません。さもなければ、すぐに競争相手に市場を奪われます。さらに、競争相手よりも先に自らの手であえて製品やプロセスを陳腐化させたり、価格を計画的に下げたりといった努力も必要となります。

ドラッカーは「創造的模倣」という概念を定義し、「ゲリラ戦略」について述べています。誰かが行ったことを模倣しながら、最初にイノベーションを行った者よりもその意味をより深く理解し、より創造的なものに仕上げ、短期間に市場を奪う戦略です。既に製品が市場で受け入れられているためリスクを小さくできる利点があります。

専門技術や専門市場など限定された領域で実質的な独占を目指す「ニッチ戦略」は、成功してもほとんど目立たず、無名なままかもしれません。しかし市場における製品の重要性は高く、それらの企業はライバルからの脅威にさらされること無く、優雅に暮らすことができます。

ドラッカーはまた「イノベーションの価値は、顧客のために何を行うかによって決まる」と言います。顧客は企業が算出するコストにではなく、価値に対してお金を支払います。そして最後に「我々はイノベーションと企業家精神が当たり前のものとして存続していく企業家社会を目指すべきだ」と主張しています。

ケーススタディー 既存事業の枠にとらわれず、多様性のある議論を生む

通信業A社では、15年後に向けた長期ビジョンの策定と新規事業案の創出に取り組んでいます。現在の事業環境がそのまま継続するものとせず、既存の業界や事業コンセプトそのものが変わっていく前提で、どんな会社を目指すべきかを議論します。そのためには、一部の限られたメンバーだけで戦略やビジョンを策定するのではなく、発想を転換する必要があります。そこでA社は次世代のリーダー候補である若手社員を中心に、数回のワークショップを実施することにしました。

既存事業の枠にとらわれず、違う視点で考えられる人を集めて多様性のある議論を生むために、ワークショップに参加するメンバーは次のような構成としました。

(1)担当業務の異なる若手(営業、技術、システム、企画、カスタマーサポートなどの20歳代後半~30歳代前半の社員)

(2)内部アドバイザー(様々な部署のエキスパートとされる40歳代後半~50歳代前半の管理職)

(3)外部アドバイザー(ベンチャーの起業や経営経験のある社外の人材)

(4)全体のファシリテーター(社外の人材)

実際に参加した社員からは、「これまでは既存の考え方の中で業務を遂行してきたが、他人の考え方や進め方を知って自分の視野の狭さが分かった」「あまり接点のなかった他部署の業務内容について知ることができた」「長期的な視点で新規事業を考える難しさと楽しさを経験できた」などのポジティブな反応が返ってきました。

ワークショップの進め方は3つのステップに分かれます。第1回はビジョンの構築及び事業テーマの抽出、第2回はビジョン実現に向けた事業アイデアの創出、第3回はビジョン実現に向けた事業案の具体化とアクションプランの決定を目標とします。そして、最終的な事業案とアクションプランについて、ロードマップを描いて最終報告とします。

第1回の「ビジョンの構築および事業テーマの抽出」では、A社が将来どうありたいかを創造し、15年後のビジョンを策定します。まず、「ありたい・なりたい姿」を考えてグループで議論します。各グループから有力な案を発表し、全体で投票して1つに絞り込みます。

第2回の「ビジョン実現に向けた事業アイデアの創出」では、描いた15年後のビジョンを達成するための事業アイデアを創出し、取り組むべきテーマを決めます。A社の強みを抽出し、それと成長領域である他業種とを掛け合わせ、アイデア創出を行います。様々なメンバーのアイデアを共有し、議論しながらさらに広げたり組み合わせたりしながらブラッシュアップします。そして、投票形式で最も支持された事業アイデアを選び、これをアクションプランの作成対象とします。

第3回の「ビジョン実現に向けた事業案の具体化とアクションプランの決定」では、取り組むべき事業アイデアを具体的なアクションプランに落とす作業を行い、具体的なデータ収集や市場リサーチなどの方法を検討します。そして、15年後の最終目標を明確にし、そのために必要とされる作業を洗い出してアクションプランを作成します。

ロードマップを最終化する上では、事業アイデアを「既存、延長線、新規」の事業軸に分類して、レバレッジが効く、あるいはシナジー効果が生まれる可能性のある要素を洗い出します。これにより、重点的に取り組むべき活動が明確になります。そして、これらの事業アイデアを実行するためには継続して精緻な調査とさらなるアイデアの具体化が求められます。特に、既存、延長線、新規の各事業を並行して検討することと、参入候補の市場調査と分析、事業内容と提供する価値の定義、ビジネスモデルの構築などが重要となります。

森下幸典氏(もりした・ゆきのり)
PwCコンサルティング 常務執行役 マネジメントコンサルティング担当
慶応義塾大学商学部卒業。世界157カ国、22万3000人以上のプロフェッショナルを有するPwCのネットワークを活用し、クライアントの経営課題解決のために経営戦略の策定から実行まで総合的に取り組んでいる。3年間のロンドン駐在を含め、国内外大手企業に対するグローバルプロジェクトの支援実績多数。
=この項おわり

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集)

著者 : P.F.ドラッカー
出版 : ダイヤモンド社
価格 : 2,160円 (税込み)

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