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ドラッカーは「あらゆる企業が事業の意義を問い直さなければならなくなる」と警告します。産業や市場の構造は小さな力で簡単に崩れる可能性があり、いつまでも同じ仕事のやり方をしていたのでは生き残れません。しかし、この構造変化がイノベーションの機会となり、そこに企業家精神が求められるのです。

人口構造の変化は比較的容易に予測できますが、多くの企業や公的機関の対策は十分とはいえず、イノベーションの機会となります。ドラッカーは「変化を敏感に察知するためには現場に出て実際に見聞きすることが重要だ」と強調します。

PwCコンサルティング 常務執行役 マネジメントコンサルティング担当 森下幸典氏

PwCコンサルティング 常務執行役 マネジメントコンサルティング担当 森下幸典氏

医療技術は進歩しているのに健康不安を感じる人が増えるなど、実態に変化が無くても世の中の認識が変わったとき、イノベーションの機会が生まれます。これにはタイミングが重要で、常に変化の近くにいて敏感な人が成功するといいます。

新しい知識が出現してから技術として応用できるまでには時間を要しますが、ひとたび実を結べば市場で大きな注目を集めます。リスクが大きい分リターンも大きいといえるでしょう。生き残れるのはわずかであり、そのためには科学や技術だけでなく様々な要因の分析や、特にマネジメントと財務について先見性を持つことが重要です。

全く新しいアイデアに基づくイノベーションは多数存在します。しかし、これらは予測が難しく組織化や体系化が困難なため、成功確率は一番小さいのが現実です。

ドラッカーは必ず行うべき事として「機会を分析すること」「知覚的に認識すること」「焦点を絞り単純なものにすること」「小さくスタートすること」を挙げます。逆にやってはならないこととして「凝り過ぎてはならない」「多角化してはならない」「未来のために行ってはならない」点を強調します。そして成功するには「集中すること」「強みを基盤とすること」「経済や社会を変えること」が条件だと主張しています。

ケーススタディー ソフトウエアロボットがもたらす生産性向上

製造業を営むA社では中長期的な経営課題として、人材確保の問題が経営の維持、成長のボトルネックになるであろうと捉えていました。特に日本国内では高齢化、少子化による労働力の減少が見込まれており、既に派遣社員の正社員登用が加速化するなど、人材の囲い込み競争が激しくなっています。

一方で、グローバル化するビジネス環境の中で業務の24時間対応が求められていますが、新興国では経済発展に伴って労働単価が高騰しているためアウトソーシングにも限界があるといった問題があります。すなわち、人材育成および人材活用にかかるコストが、企業経営に大きな負担としてのしかかっているのです。

そこでA社は可能な範囲で業務を自動化できないか検討することにし、「ソフトウエアロボティクス」という技術に着目しました。これは、通常業務で人間が実施している処理をソフトウエアロボットが代行処理することで自動化を実現する技術です。ロボットというと人間の形をした機械がオフィスに来て働くようなイメージをもってしまうかもしれませんが、ソフトウエアロボットはパソコンやサーバーなどのコンピューター内部で動くものであり、姿形は存在しません。人間が業務情報をシステムに入力したり、その結果を確認、参照してリポートを出力したり、別のシステムに転記するといった一連の業務を機械上でソフトウエアが全て代行処理するのです。

この技術は迅速かつ比較的安価に業務自動化を実現するための手段として注目を集めています。人工知能(AI)と違って、あらかじめ定められたルールにのっとった処理を自動化および反復するものであるため、既にあるシステムを生かしながら付加的に装備することができます。維持費もソフトウエアの利用料とメンテナンス費だけであり、人材の採用や教育費に比べればはるかにコストを抑えられます。

また、人間が行う業務は月次、週次、日次等のサイクルになりますが、ロボットなら分あるいは秒単位で処理を行うことができます。さらに、どんなに正確さを追い求めても人間の行う事にはミスが発生しますが、ロボットならそれを限りなくゼロに近づけることができ、コンプライアンス上も客観性を完全に保証することが可能です。近い将来、人間が定型的な事務処理に追われることはなくなり、オフィスの風景も一変するかもしれません。

A社はソフトウエアロボットに担当させるのにふさわしい業務を決めるにあたって、電子化が可能なこと、定常的に発生すること、ルールを明確化できること、論理的に判断できること、などの条件を定義しました。具体的には、単純な伝票入力業務、経理申請、給与明細の内容確認、IDやコードの登録、システム間の転記などが適合性の高い業務に該当します。従来、紙の伝票や領収書から収集していた情報も、スキャナーでコンピューターに取り込んでデータ化することによって自動処理が可能になります。

A社では、ソフトウエアロボティクスに置き換えた業務に関して、年間の人件費と比較して約10分の1のコスト削減を実現しました。これまで単純な事務作業に従事していた人員は、配置転換することによって顧客対応などより付加価値の高い業務に時間を使うことが可能になり、会社全体の生産性が向上して顧客満足度も向上するといった波及効果が生まれました。

森下幸典氏(もりした・ゆきのり)
PwCコンサルティング 常務執行役 マネジメントコンサルティング担当
慶応義塾大学商学部卒業。世界157カ国、22万3000人以上のプロフェッショナルを有するPwCのネットワークを活用し、クライアントの経営課題解決のために経営戦略の策定から実行まで総合的に取り組んでいる。3年間のロンドン駐在を含め、国内外大手企業に対するグローバルプロジェクトの支援実績多数。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集)

著者 : P.F.ドラッカー
出版 : ダイヤモンド社
価格 : 2,160円 (税込み)

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