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マネジメントの父といわれるドラッカーは、イノベーションは才能やひらめきに頼る必要はなく、誰でも学び実行できるものと考えました。それらを方法論としてまとめた著作「イノベーションと企業家精神」は、ドラッカーが75歳の1985年に刊行されました。

ドラッカーはイノベーションを「意識的かつ組織的に変化を探し、人が利用の方法を見つけ経済的な価値を与えること」と定義します。これは企業家に特有の道具であり、企業家精神とは「既に行っていることをより上手に行うことよりも、まったく新しいことに価値を見いだすことである」と強調しています。

PwCコンサルティング 常務執行役 マネジメントコンサルティング担当 森下幸典氏

PwCコンサルティング 常務執行役 マネジメントコンサルティング担当 森下幸典氏

経済活動を行う上でリスクはつきものであり、企業家は変化を当然のこととして捉えて対応し、成長の機会として利用しなければなりません。そしてこれらを勘に頼るのではなく、原理を学び実務として行うのです。

企業家は自らが予想していなかった形で成功してしまうことがあります。ですが、人間は誰しも長く続いてきたものが正しいと考えがちであるため、簡単には変化を認めることができません。しかし、それを体系的に捉え分析することによって、大きな成果につながる可能性があるのです。

現実にあるものとあるべき姿の間にはギャップが存在します。需要は伸びているのに業績が伸びない「業績ギャップ」、物事を見誤り間違った方向に努力する「認識ギャップ」、企業側が考える顧客にとっての価値と実際との間にある「価値観ギャップ」などです。

必要は発明の母というように、まだ存在していないニーズを見つけることも重要です。課題を分析し弱みや欠落を補う「プロセス・ニーズ」、ロボットを活用した省力化等の「労働力ニーズ」などがその例です。そして、それらは明確に理解されているか、現在の技術で実現可能か、使う人たちの使い方や価値観と解決策が一致しているか、といった観点から検証が必要です。

ケーススタディー 既存の金融サービスを破壊するフィンテック

ドラッカーは本書で「経済においては購買力にまさる資源はない」と言い、購買力もまた企業家のイノベーションによって創造されるとして、19世紀初めの米国における割賦販売の考案例を挙げています。当時、米国の農民には十分な購買力が無く、必要な収穫機を買うことができませんでしたが、サイラス・マコーミックが割賦販売を考え付き、農民は未来の稼ぎから購買力を創出することができるようになりました。

現代では金融とIT(情報技術)を融合したフィンテックと呼ばれる金融サービスのイノベーションが活発に行われています。これは、既存の金融サービスに対して適用される技術革新や、あるいは既存の金融サービスそのものを破壊するような革新的なサービスを指します。

英国に拠点を置く金融業A社は、海外送金にかかるコストに着目し、各取引先の海外送金ニーズをマッチングすることで全体のコストを抑えられないか、と考えました。通常、海外取引先との決済やグループ会社への送金などは銀行を通す必要がありますが、これを介さない仕組みをつくれば、為替レートに上積みされているマージンや手数料を低減することが可能になります。

A社は銀行より手数料を安価に設定するとともに、リアルタイムの為替レートに適応し、マージンを一切取らないこととしました。これにより、サービス利用料に対する透明性が飛躍的に向上しました。運営に関しては、サービス対象国にA社の口座を持ち、海外送金のニーズがあるユーザーをウェブ上のアプリーケーションを使って照会し、各国の口座間で現金を移動させます。すなわち、実際の現金は国境をまたがずに全て国内の口座でやり取りされるため、通常の銀行取引で発生するコストが全くかからないことになります。英国では欧州各国への送金ニーズが高いため、A社のサービスは高く注目されています。

B社は米国に拠点を置く新興企業で、中小企業を対象とした債権譲渡サービスをオンラインマーケットプレース上で提供しています。一般に大手企業から求められる支払い条件は30~120日の後払いが多く、中小企業には大きな負担となっています。まだパイロットユーザーを対象とした試験運用の段階ですが、このサービスは中小企業のキャッシュフローの最適化に役立つものとして期待されています。

B社は登録会社がオンラインプラットフォーム上に上げた納品書や請求書を買い取る仕組みを提供します。それにより、登録会社は即時に現金化することが可能になります。また、登録会社の経理ソフトや銀行が提供するプラットフォームと連携しているため、請求書の発行情報から未払い・遅延などのステータスの表示や、買い取りの提案などをシームレスに行うことが可能になります。

ドイツに拠点を置くC社はサプライチェーンファイナンスサービスを提供しています。大手クレジットカード会社と提携してグローバルに事業を展開し、企業同士が銀行信用状が必要とされるような大規模な取引を行う場合に、発生するリスクを低減することを目的としたエスクローサービス(商取引の安全性を保証する仲介サービス)を提供しています。

銀行信用状を利用する場合、常に一定額以上の口座残高を確保しておく必要があり、その上さらに手数料が掛かります。C社のサービスでは、購入者が一時金をC社の口座に預け、入金が確認された後に販売側が納品します。購入者は品物を受け取り、品質を確認し、発注通りである場合にC社が販売側に入金します。第三者であるC社が介在することにより、双方のリスクをコントロールすることができます。

さらに、各社の経理システム、販売システムと連携してスピーディーに処理を行ったり、ブロックチェーン(オープンネットワーク上の分散型台帳)を活用したスマートコントラクト(契約の自動化)を提供したりして、安全性、透明性を高めています。

森下幸典氏(もりした・ゆきのり)
PwCコンサルティング 常務執行役 マネジメントコンサルティング担当
慶応義塾大学商学部卒業。世界157カ国、22万3000人以上のプロフェッショナルを有するPwCのネットワークを活用し、クライアントの経営課題解決のために経営戦略の策定から実行まで総合的に取り組んでいる。3年間のロンドン駐在を含め、国内外大手企業に対するグローバルプロジェクトの支援実績多数。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集)

著者 : P.F.ドラッカー
出版 : ダイヤモンド社
価格 : 2,160円 (税込み)

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