あなたの職場から、感動のストーリーを生む方法三枝理枝子著 「『ありがとう』と言われる会社の心動かす物語」

国内で1日に刊行される新刊書籍は約300冊。書籍の洪水の中で、「読む価値がある本」は何か。書籍づくりの第一線に立つ日本経済新聞出版社の若手編集者が、同世代の20代リーダーに今読んでほしい自社刊行本の「イチオシ」を紹介するコラム「若手リーダーに贈る教科書」。今回の書籍は『「ありがとう」と言われる会社の心動かす物語』。シリーズ16万部を超える『空の上で本当にあった心温まる物語』(あさ出版)の著者による最新作。お客様から選ばれる会社の感動的なサービスを実話とともに紹介している。

◇   ◇   ◇

三枝理枝子氏

著者の三枝さんは、青山学院大学文学部英米文学科卒業後、全日本空輸に客室乗務員として入社。VIPフライトの乗務ほか、新入客室乗務員訓練インストラクターなど幅広く活躍した後、ANAラーニング(現ANAビジネスソリューション)の人気講師として様々な企業への実践研修にあたりました。現在は、顧客満足(CS)コンサルタントとしてサービス業界のみならず、様々な企業の組織変革を支援しています。本書は、サービスの良さで選ばれている企業の、選ばれるための戦略的かつ組織的な取り組みを紹介したものです。

少子高齢化社会でモノを売るために

日本の第三次産業の割合は年々増加し、今や三人に二人が第三次産業従事者です。国内総生産の割合でも七十パーセント以上が第三次産業となっています。
日本はサービス先進国なのです。しかし中身はまだまだ発展途上といえるでしょう。
一方で少子高齢化が進み、企業はマーケティングコストをかけてどんどん新しいお客様を獲得していく時代も終わり、今すでにいるお客様、今まで来ていただいたお客様にもっとファンになっていただき、ロイヤルカスタマーになっていただく、といった流れに重きを置く企業も増えてきました。
(「はじめに」 5ページ)

2020年の東京五輪・パラリンピックの開催を控え、ますます日本の観光立国としての展開も本格化してきます。その中で、各企業はどのような戦略を立てていけばよいのでしょうか。「機械化やロボット化が進む中、人がより欲するようになるものが、逆に『人間らしい心のふれあい』です」と著者は主張します。本書では、資生堂、三越伊勢丹、TOTOなどの有名企業の現場であった心温まるストーリーを紹介しています。

例えば、石川県七尾市の和倉温泉にある加賀屋に米国人の家族が泊まりに訪れたときの話です。その宿泊客は見るからに大きくて重たそうなバックを3つ持っていました。1泊した後、家族は鉄道で和倉温泉駅から金沢に出て、京都に向かう予定でした。金沢駅での乗り換え時間はわずかです。「大きな荷物を抱えたままでは、きっと困ってしまうだろう」。そう考えた加賀屋の若女将はある行動をとりました。金沢駅前にある自社グループの料理旅館に連絡をとり、米国人家族を金沢駅で待ち構え、乗り継ぐ列車まで荷物を運ぶように指示したのです。迎えの男性社員には家族が乗った車両を伝え、見つけた際には「カガヤ、カガヤ、ヘルプユウ」と言ってもらいました。

お客様を「家族」と思う「おもてなし」

家族は驚いたものの加賀屋の心配りに喜び、京都行き列車の出発ホームでは、何度も手を振ってくれたそうです。ところが話はまだ終わりません。家族を乗せた列車が出発すると、今度はその男性社員が京都駅近くにある加賀屋の系列店に連絡して、京都駅で列車からタクシーまで荷物を運ぶように指示を出したのでした。

お客様の前で、お客様のニーズに応えることは当たり前。
お客様がいらっしゃる前にどれだけそのお客様のことを考えて、「無駄」と思えるような、「準備」をしっかりする。心を整え、掃除をする。そういった目に見えづらい「気働き」こそが、重要なのです。
それが、お客様の心に伝わるのです。
(「加賀屋 part.2」 30ページ)

このように、加賀屋では「笑顔で気働き」をモットーに、お客様の思いに寄り添い、相手の気持ちになりきり、家族だと思うおもてなしを目指しています。それを実現するために、「こんなことありました引き継ぎリスト」「お客様アンケートからの改善活動」「一人一芸」などの仕組みが社内にあります。

こうした仕組みのもと、言われなくても動く社員と、その強固な連携力が加賀屋の強さになっています。結果として、一人ひとりの人間としての魅力、人間力を高めることが、「笑顔で気働き」の源になっているのではないでしょうか。

心を動かされるサービスの背景にある組織戦略

ライフスタイルや知識・情報、心地良さといったようなお客様が求めている「価値」を提供できるから、お客様はその対価を支払います。
自社が提供する「価値」は、何なのか?
サービスコンセプトは何か? そこをしっかりと軸として持ち、提供できていない企業はお客様が価値を感じられなくなるので、残念ながらこれから衰退していくと思います。
(「三越伊勢丹 part.2」 60ページ)

三越伊勢丹では、離島に住むある顧客から電話でワインの注文を受けるようになった販売員の話が紹介されています。

その顧客は来店した際、販売員の薦めでワインを購入したところ、気に入ったことから、遠方にもかかわらず、販売員に連絡をとったようでした。

当初は来店時に購入したワインを注文していたものの、次第に販売員に選定を任せるようになります。そして、その期待に応えようと、販売員はお酒の勉強を重ねます。商品を送る際には説明や、お酒に合う食材の情報などもあわせて伝えるようにしていました。

するとある日、そのお客さんの家族が上京の機会に、わざわざ店舗にまで足を伸ばし、挨拶に訪れてくれたのでした。

心動かされるサービスは、組織の戦略や理念の徹底によって生み出されています。本書は、全部で19社の物語と共に、その物語が生み出された組織の仕組みや、すぐにでもまねできるポイントがそれぞれまとめられています。

実は先ほどの加賀屋の話にも、後日談があります。少し驚く内容なのですが、そこは本書を読んでみてください。仕事への向き合い方を考えるきっかけにもなる一冊です。

◆担当編集者からひとこと 白石賢 長橋史子
著者の三枝さんは、まさに情熱の塊のような人です。CSコンサルタントとして全国を駆け回り、日々忙しいにもかかわらず、電話やメールのやりとり一つにしても必ず労いの言葉をかけてくれました。そして、人の「心を動かす」ことは、ちょっとした心がけや気働きの積み重ねなのだということを、著者の人柄から学ばせてもらいました。編集中は「チーム三枝」としてデザイナーやイラストレーターも含め、いい時間をご一緒できたと思います。
サービス業界で頑張り切磋琢磨(せっさたくま)する人たちの「マニュアル以上のことをするのが常」「今、目の前にいるお客様に最善を尽くす」という仕事に対する基本姿勢や情熱を、本書から感じ学び取っていただけるとうれしいです。

(雨宮百子)

「若手リーダーに贈る教科書」は原則隔週土曜日に掲載します。

「ありがとう」と言われる会社の心動かす物語

著者 : 三枝 理枝子
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,620円 (税込み)

ビジネス書などの書評を紹介