旅ライター、ローマで盗難に遭う 自分を守る旅の鉄則
筆者は「旅」を仕事の専門ジャンルの一つとしており、日ごろから旅慣れているという意識もありました。ところが昨年12月、イタリア・ローマ中央駅のクリスマスツリーの前で写真を撮っていたほんの数秒の間に置き引きに遭い、貴重品が入ったバッグを一瞬にして失ってしまいました。さらに、帰りの飛行機で預けた荷物が2つとも紛失という二重の不運(執筆時点でまだ戻ってきません)。時間とお金を投資した旅が悲惨な結果になってしまったのです。もっと注意をしていれば避けられたのか……。自分の体験を戒めとして「安全に賢く旅する方法」をあらためて考えました。
どこにも安全な場所はない
ローマで盗難被害に遭ったのは到着の直後でした。早朝6時で人通りも少なく、警官が2人乗ったオープンカーが走っていた駅構内でした。プラットホームの先に警官の待機所が設置されていることからも、どれだけスリが日常茶飯事なのかがわかります。
ローマを経て入国したドイツの街は、クリスマスのデコレーションで華やかでした。各都市で開催されるクリスマスマーケットでは、家族連れや観光客が屋台を練り歩き、ホットワインやホットチョコレート、フランクフルトを片手に会話が弾みます。フランクフルト、ケルン、シュトゥットガルト……と移動しながらマーケットを訪れていた直後に、ベルリンのクリスマスマーケットで起きたテロのニュースが飛び込んできました。自分がそこにいたかもしれない現場で、多数の死傷者が出たのです。
その後、ニュルンベルクとデュッセルドルフでもクリスマスマーケットに行きましたが、道のデッドエンドすべてに警察車両が道をふさぐように停車し、物々しい雰囲気。今、どこで何があってもおかしくない、世界に安全な場所なんてどこにもないと感じました。
自分の身と財産を守るには
旅の専門家でフォトジャーナリストの高橋敦史さんは仕事がら、常に高価な機材を持ち歩き、「絶対失敗できない」旅を海外取材カメラマンとして行っています。そんな旅慣れた高橋さんに「自分の身と財産を守るコツ」を聞きました。
「楽しい旅というのは『無事に帰ってきてこそ』です」という高橋さんは、これまで70カ国以上を旅してきて、荷物を紛失した経験はゼロだそうです。その秘訣を「空港では、自分の預け入れ荷物にタグが正しくつけられたかをチェックしますし、ホテルでもロビーに自分の荷物が放置されるようなことがないように、いつも自分の荷物を自分の脇に置くとか、ホテルスタッフにきちんと確認をします。移動中は荷物を道路の側には持たない、というのも鉄則」とのこと。
ただ「航空会社によるロストバゲージは、不運としか言いようがない」(高橋さん)とも。実は、今もなお戻ってこない筆者の荷物は、現地で購入したリモアのフランクフルト限定モデルのスーツケースでした。これを購入するのが旅の目的の一つだっただけに、悔やんでも悔やみきれません。
空港のチェックインカウンターでは、自分のスーツケースに最終目的地「NRT」(成田国際空港)のタグがつけられていたのも確認していたのです。スーツケースに貴重品は入れていませんでしたが、レンタル品やお土産全部を入れていました。飛行機でのロストバゲージのリスクを少しでも減らすには、やはり乗継便を避けるということしかないのかもしれません。
「単なるロストバゲージではなく、スーツケース自体が貴重品だったから盗まれた、とも考えられるかも」(高橋さん)。新品スーツケースは盗難の可能性が高くなるため、航空会社に預ける前にボコボコにして傷をつけるべし、という人もいますが、それも結構、勇気がいりますよね。
財布は2つに分けて
現地で行動する際に高橋さんが心がけているのは「大事なものの定位置を決めておく」ということ。「パスポート、財布、航空券、旅程表、自宅の鍵などはバッグの内ポケットなど、安全で出し入れしやすい定位置を常に決めています。撮り終えた写真のメディアなども定位置にしまっておけば『あ、ちゃんとあるな』と確認できます。旅先で突然『あ!パスポートどこだっけ』とか叫んで、探しはじめる人がよくいますが、同行者にとってそういうキャラクターは結構迷惑。楽しい旅にするために、自分の貴重品を自分で守る努力は大切です」
とはいえ、そんな高橋さんでも二十数年前にベトナム・ホーチミンの市場で子どものスリに遭ったことがあるそうです。「数人の子どもとじゃれ合って写真を撮っていた時、尻をたたかれていた感触があった。遊びだと思っていましたが、後ろポケットに入れていたお札がまるごと抜き取られていた。うまいもんです」。でもこのときも安全策は講じていて「ポケットに入れていたのは最小限の金額だけで、財布やパスポートは鍵をかけたリュックの奥底に入れてありました。大切なお財布と、その日に使う金額の財布を別にしていたんです。よく貴重品を首から下げて身につけている人を見かけますが、『ここに貴重品がありますよ!』と宣言しているようで、私はおすすめしません」
意外に危険な「2人で旅行」
筆者がローマ中央駅で荷物を盗まれたのは、百パーセント自分の不注意からでした。今思えば、自分がクリスマスツリーの前でポーズをとっていた時に、隣で同じようにポーズをとっていた人もグルだったのかもしれません。撮影中の置き引きというのは、意外と簡単なのだと感じました。また、同行者がいたという心の油断もありました。
世界中どこの街でも「怪しいヤツは観察眼で割とすぐわかります」という高橋さんも「同行者がいる旅は要注意」だといいます。盗難だけではなく、だまされるケースでも1人でいるときより2人のほうが危ないそうです。「1人だったら『こいつ絶対怪しい……』と感じるケースも、2人旅だとなんとなく断りきれずにタクシーに乗ったり、客引きなどの誘いを断りづらくなる。これは本当によくあるパターンです」(高橋さん)
スマホの盗難にも要注意
海外ではスマートフォン(スマホ)の盗難も増えています。使っているところをひったくられる、という例も多いようです。地図アプリが世界中で使えたり、ガイドブックの必要な部分だけをスマホで見たりと旅先でも便利ですが「歩きスマホ」は特に危険。被害に遭うのは日本人に限らず、高橋さんが仕事でよく乗る客船のクルーもスマホをひったくられたことがあるそうです。「スマホの注視はただでさえ注意散漫になるため身の回りのものを盗まれやすくなりますし、女性の場合は痴漢などにも注意すべきです。さらにスマホそのものも盗難対象になるため注意が必要です」(高橋さん)
これまでは、日本のスマホは日本の電話会社専用機でしたが「SIMフリーの機種が増えてきたため、盗んでSIMカードを入れ替えれば使えるようになり、さらに『盗り甲斐』(?)のあるものになったようです」(高橋さん)。
筆者の場合、万一盗まれたときの通話被害を防ぐため、旅行中はスマホからSIMカードを抜いて財布の中などに入れ、必要なときだけカードを差し込んで発信するようにしています。電話を常に受ける必要のある人にはおすすめできませんが、これだけでも意外と安心感はあるものです。
「日本人が標的」も想定する
自分の身を守る方法としては、やはり危険な場所には出向かないことが第一。ヨーロッパの冬は日照時間が短く、特に北欧などは午後4時をすぎれば真っ暗です。店の営業時間も短く、人通りも少なく、安全確保が難しいため暗くなってからのひとり歩きはおすすめできません。少しでも不安を感じた公共交通機関には乗らない、小道を入ったりなどの冒険をしないことです。
筆者の場合、慣れない土地での一人旅ではなるべくホテルの人に聞いた情報を基に、荷物を少なめにして、地図もあまり出さずにサクサクと早歩きで動きます。
ホテルは可能な限り4つ星以上、最低でも3つ星以上に。旅行者にとってホテルスタッフは、現地の家族のように頼れる存在であるべきです。特にホテルのコンシェルジュとは、普通に話をしやすい関係をつくっておくとよいでしょう。以前、香港に滞在していたとき、朝のニュースも見ずに出かけようとしたらホテルのコンシェルジュが追いかけてきて「大型台風が近づいているのできょうは危険」と教えてくれたことがありました。彼が教えてくれなければ何も知らずに遠方に出かけるところでした。
外出時は、パスポートのコピーは財布に入れておきますが、現物はホテルの客室の金庫に。バッグ(もちろんチャック付き)は斜めがけにして、冬場であればコートの中に隠します。外出時は、何かあったときすぐ連絡がとれるように滞在先ホテルの名刺(チェックイン時にもらっておく)をバッグの中のわかりやすいところに入れておきます。名刺の裏には日本での連絡先も記しておき、万が一不慮の事故などで病院に運ばれた際にすぐ連絡がとれるように備えます。ホテルの名刺は海外旅行保険の証券のコピーとも一緒にしておきます。
ホテルの室内に残す所持品の中にも貴重品があって客室清掃などが心配なときは、スーツケースに入れて鍵をかけ、クローゼットにしまいます。日本から持ってきた日本語の新聞や本、化粧品などもスーツケースの中に隠します。これは特に日本人であることが狙われる理由になりそうな国・地域の場合ですが、昨今は世界中どこにいても日本人が犯罪やテロなどの標的になる可能性はあり、油断は禁物です。
現地の事情に合わせて動く
「旅先のトラブルは『その世界との価値観の違い』の落差を狙ってくる」(高橋さん)。つまり最も危険度が高いのは、その地に着いた最初の瞬間、例えば「空港を出てすぐ」「ホテルを出てすぐ」といったタイミングでは特に注意をする意識が必要だといいます。
筆者の経験から、できるだけ現地の人や文化に波長を合わせて会話をしたり旅をすることが間接的にトラブルを防ぎ、身を守るものだと思います。まさに郷に入っては郷に従え、です。たとえ慣れている旅先であっても「自分は異国の地からやってきた人間」という意識を持ち、現地に合わせるという努力がアクシデントを防ぐと感じます。なるべく温和に、謙虚な姿勢で、現地の人と会話をしながら平和な雰囲気を貫くというのは精神的にもいいものです。
荷物をなくして航空会社のラウンジでメソメソしていた私に、そっと話しかけてくれた人がいました。何かに失敗をすると次の一歩にためらってしまいがちですが、そのままでは前に進めません。人生の時間は戻ってきませんが、モノやお金は巡り巡って戻ってきます。失敗を恐れることなく、人生を豊かにしてくれる旅を続けたいと思います。
(ライター 大崎百紀)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。