振り返ってみると、あれは人生で初めての、挫折らしい挫折だったのかも。根拠なく抱いていた自信もプライドも、粉々に打ち砕かれていくのを感じました。

「なにが足りなかったんだろう?」

M&Aだって、自分なりに判断基準を持ってやっていたつもりです。なのに、うまくいかなかった。それはなぜなんだろうか、と。

経営の神様の言葉に「雷に打たれたようだった」

そんな時、コンビニエンスストアの本棚にあった松下幸之助さんの本が目に入り、手に取りました。藁(わら)にもすがる思いで最初のページを開くと、そこにはこう書いてありました。

「本気になって真剣に志を立てよう。強い志があれば事は半ば達せられたといってもよい」

雷に打たれたようでした。「真剣」という言葉を見た瞬間、そうか、私にはこれが足りなかったんだと腑(ふ)に落ちた。

もう一度、真剣になってやり直そうと思いました。うまくいくかどうかはわからないけれど、死んだ気になればなんでもできる。そこからは、怖いものなどなくなりました。会議ひとつでも真剣に取り組む。大事なことは一言も聞き漏らさない覚悟で臨む。批判されても、脅されても、命をかけられることをやる。

あの時、私は一度、死んだも同然なんです。

グループウエア1本に命かける、と決意した

もともとオタクですから、いいグループウエアをつくって、それを世界中の人に使ってもらいたいという気持ちが強い。そのことに命をかけ、あとは諦めようと決意しました。

心を決めてしまえば、それに従った判断をすればいいだけです。買収した企業も、4年間かけて8社売却しました。その過程で11億円近くの損失を出しました。2008年1月期に120億円だった売上高も、4年後には約3分の1の42億円にまでしぼみました。

しばらくの間、業績は横ばいが続きました。売上高が上昇し始めたのは、2012年の後半からです。2011年にはクラウドサービスをリリースし、そこに積極投資しているため、今はほとんど利益が出ていません。

上場企業の社長が利益が出ていないのを自慢するのはどうかと思いますが、金は天下の回りものといいます。重要なのは、どこにお金を還流するかでしょう。法人税を支払わなくても、社員にボーナスを出せば、社員が払う所得税や消費税は増える。外注先に仕事を発注すれば、その外注先を通じて支払う税金が増える。社会をより良いものにしたかったら、お金をより良い社会のために使う人たちに回せばいい、と思います。

私たちはサイボウズのグループウエアを通じて、私たちが良いと思う「チームワーク」を実現したい。人々のワークスタイルを変え、活動効率を高め、組織の壁を越えるクラウドサービスを、できる限り低価格で多くの人々に提供する。

株式会社ですから資本主義の仕組みの中で生かされているのは当然ですけれど、その仕組みに、自分たちが使われないようにしたい。そのために、売り上げと利益の拡大競争からはあえて距離を置く。今は社内に利益を残すよりも、クラウドを普及させるための活動にお金を流していくべきだと判断し、必要な投資は惜しまない覚悟でやっています。

青野慶久氏(あおの・よしひさ)
1971年生まれ。愛媛県今治市出身。94年大阪大学工学部情報システム工学科卒、松下電工(現パナソニック)入社。97年8月サイボウズ設立、副社長就任。2005年4月から現職。社内のワークスタイル変革を推進し離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。近著に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)がある。

(ライター 曲沼美恵)

前回掲載「サイボウズ社長が役員にまで副業を奨励したワケ」では、「100人いれば100通りの人事制度があっていい」と語る青野氏の発想の原点を聞きました。

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