心の性・体の性 男女の境界はいっそう曖昧に
Eという仮名で取材に応じてくれた14歳の少女は、自分のことを「めちゃくちゃ中性的な」女の子だと思っている。ドレスを着るのは苦痛そのもの。好きなのはバスケットボールやスケートボード、テレビゲームだ。
Eにとって、心と体の性が一致しない人を指すときに使う「トランスジェンダー」という言葉はしっくりこない。体に強い違和感をもっているわけではないが、「自分の感覚に合うよう、体を部分的に変えたい」、つまり月経や胸のふくらみはいらないし、目鼻立ちをくっきりさせて、ひげを生やしたいという。果たしてEはトランスジェンダーの男の子なのか、中性的な女の子なのか。それとも、伝統的な男女の役割に縛られたくないと思っているだけなのだろうか。
一昔前なら、男の子っぽい遊びや服装を好む女の子は「おてんば娘」で片づけられただろう。ここ数年、トランスジェンダーという言葉が社会に浸透し、メディアがさかんにこの問題を取り上げるようになった。米国で行われた複数の調査では、公式にトランスジェンダーに分類された成人の数は約10年で2倍に増えた。性別の表現が従来の文化的な規範に当てはまらない人を広く指す「ジェンダー・ノンコンフォーミング」の人も増えている。出生時に判定された性別に疑問をもつ小学生も増え、こうした子どもがいじめに遭ったり、性的暴行を受けたり、自殺を図ったりするリスクが極めて高いことが社会問題になっている。
男か女に分けにくい体
一方で、生物学的な性が一筋縄ではいかないことも、研究によってわかってきた。
生まれてくる赤ちゃんの性は性染色体で決まると、学校で教わった読者も多いだろう。X染色体が2本(XX型)ならば女児、X染色体とY染色体が1本ずつ(XY型)ならば男児だと。だが、必ずしもそうとは限らない。遺伝子の変異などが原因で、性染色体はXX型でも、性器やホルモン、自意識はほとんど男性という人もいるし、その逆の人もいるのだ。
たとえば完全型アンドロゲン不応症(CAIS)では、XY型の胚の細胞が精巣からの男性ホルモンの信号に反応せず、男性器が形成されない。こうした新生児は陰核や膣があるために女児と判定され、たいていは本人も自分を女の子と思って育つ。
ジョージアン・デービスは、20歳の誕生日を迎える前にたまたま自分の医療記録を見て、自分がCAISだったことを初めて知った。13歳のときにCAISと診断され、17歳で精巣を切除する手術を受けていたのだが、誰も本当のことを教えてくれなかった。両親の了解を得た医師から、がんの兆候があるために卵巣を切除したとの説明を受けたのだ。
体に男女の特徴が混在していることは「それほどおぞましいことだろうか」。後年、米ネバダ大学ラスベガス校の社会学者になったデービスは、その著書で問いかける。「当時の私は、両親でさえ真実を言えなかったのだから、自分は怪物なのだと思っていた」
性という概念には、さまざまな要素が含まれている。性染色体、生殖器、ホルモン、本人の性自認(心の性)、文化などだ。そのため、性染色体や性器に基づいて性別を判定されても、心の性と一致しないケースもあるし、女でも男でもないと感じている人や、そうした分類そのものを拒否する人たちもいる。
(文=ロビン・マランツ・ヘニグ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2017年1月号の記事を再構成]
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