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授業でホワイトボードに板書するグロースベック教授 (C)Elena Zhukova

授業でホワイトボードに板書するグロースベック教授 (C)Elena Zhukova

世界でもトップクラスの教授陣を誇るビジネススクールの米スタンフォード大学経営大学院。この連載では、その教授たちが今何を考え、どんな教育を実践しているのか、インタビューシリーズでお届けする。今回はアーヴィング・グロースベック教授の5回目だ。

誰にとっても、退職を勧奨されたり、契約終了を告げられたりするのはつらいことだ。そんなとき、上司や人事担当者は、どのように現実を伝えればいいのだろうか。会話術のプロ、グロースベック教授に聞いてみた。(聞き手は作家・コンサルタントの佐藤智恵氏)

スタンフォード大学経営大学院 アーヴィング・グロースベック教授(C)Nancy Rothstein

スタンフォード大学経営大学院 アーヴィング・グロースベック教授(C)Nancy Rothstein

最も苦労したのは人事

佐藤:グロースベック教授は、1964年にコンチネンタル・ケーブルビジョン社を創業し、米メディア業界で最も成功した起業家の1人になりました。会社のトップだったとき、どのような失敗をしましたか。

グロースベック:あまりにもたくさん失敗したので、どこから話せばいいのか……。私はビジネスパートナーとともに20代後半で会社を設立しました。私たちには、ハーバード大学経営大学院で学んだ知識と数年ばかりの社会人経験がありましたが、それだけでは不十分でした。当時の私たちは、リーダーとしては発展途上だったとしか言いようがありません。会社経営でやってはいけないことをほとんどやってしまったのではないでしょうか。

特に多くの失敗をしたのが採用です。人間的にもダメな人、能力のない人を雇用してしまい、後から途方にくれました。こういう人材をどのように生かせばいいか、わからなかったからです。しかし、同じ失敗は二度と繰り返さないように努力を重ね、私たち自身も経営者として成長していきました。

佐藤:実際に社員を解雇したことはありますか。

グロースベック:何度もあります。16年間で20~30人、直接解雇を言い渡したのではないでしょうか。

「解雇」はする側される側双方に責任

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。

佐藤:解雇を告げる、というのは、まさに修羅場ですね。

グロースベック:最初のころは、数多くの失敗もしました。相手を思いやりながら、解雇を告げることがうまくできなかったからです。毎回うまく伝えようと努力したつもりではいましたが、何度も失敗してしまいました。

失敗を重ねるうちに、やっと、こういう風に告げると相手に思いやりが伝わるということがわかってきました。「私はあなたが活躍できるように努力してきましたし、あなたも改善目標を達成するために努力されたと思います。しかし残念ながら、結果に結びついていないようです」と。

佐藤:経営者として私もともに努力したというところがポイントですね。

グロースベック:なぜ、一旦採用した人を辞めてもらわなくてはならない事態となったのでしょうか。解雇される側だけが悪いわけではありません。経営者としての私にも責任があるのです。最初から雇うべきではなかったかもしれないし、才能が生かせる部門に配置できなかったからかもしれない。もしかしたら素晴らしい人材だったのに、私の管理方法が悪かったから能力が生かせなかったのかもしれない。「解雇」というのは、解雇する側、される側、双方の失敗なのです。

佐藤:解雇を告げられた人が怒り出すケースや泣き出すケースもあったのではないですか。

グロースベック:それはあまりなかったですね。私たちは、時間をかけて真摯に対応しましたし、できる限りの退職金を用意しましたから。多少感情的になっても、怒り心頭に発する人はほとんどいませんでした。何度も話し合いをしているうちに、そろそろ解雇されるかもしれないと覚悟していた人が多かったように思います。

佐藤:つまり、突然、解雇を告げるのではなく、その前に何回か改善についての話し合いをしたということですね。

グロースベック:私はいつも学生に「何の予告や警告もなく、部下を解雇してはならない」と教えています。問題のある社員がいたとしても、「ともに改善していきましょう」という前向きなミーティングをして、チャンスを与えるべきなのです。それが部下に対しての敬意です。

何度も注意したのに一向に改善しない。そこではじめて解雇という結論になります。「ともに努力しましたがうまくいきませんでしたね。会社を辞めてもらうことになると思います」と伝えるのです。お互い気まずい状況にはなりますが、相手もある程度覚悟していますから、忘れられないくらい大きな精神的衝撃は受けません。

佐藤:グロースベック教授自身、解雇されたことはありますか。

グロースベック:ありません。20代でMBAを取得してからすぐに起業したので、誰かに雇われるという経験をしていないのです。経営大学院に入学する前に少し働きましたが、解雇はされませんでした。

契約社員の契約終了を告げるには

佐藤:多くの日本企業は終身雇用制を採用しており、解雇という手段はあまり一般的ではありません。そのかわりに日本企業でよくあるのが、早期退職を勧奨したり、契約社員の契約を終了したりするケースです。仮にグロースベック教授が日本企業の人事部長で、私が契約社員だったとします。私に契約終了を告げるとき、どのように会話をはじめますか。

グロースベック:まず1回のミーティングでいきなり伝えることはありませんね。もし佐藤さんの上司が、人事部長である私に「佐藤さんは勤務態度が悪いので、契約を更新したくない」と言ったとします。私だったらまず「佐藤さんがどういう点を改善したら、もう一度チャンスを与えますか」と聞きます。すると上司は「他の社員に失礼な態度をとる、遅刻をする、だらしない服装で会社に来るという3点をやめてくれれば、更新してもかまいません」と具体的に改善点を指摘するでしょう。

そこで、私は佐藤さんとミーティングをして、「他の社員に失礼な態度をとったり、遅刻をしたり、だらしない服を着てきたりするのは問題です。今後もこの会社で活躍してもらうためにも、こうした勤務態度を改めてもらえますか」とお願いします。そこで本人が改善すれば、契約更新です。何度言っても改善する様子が見られなければ、「残念ながら契約は終了です」と告げます。

佐藤:必ず何回かチャンスは与える、ということですね。

グロースベック:いきなり佐藤さんを呼び出して、「クビです」とは言わないですよ。それはフェアではないです。突然解雇を言い渡すのは、会社のものを盗んだとか、会社の名誉を著しく傷つけたとか、犯罪行為をしたとか、とんでもない場合のみです。人事評価をベースに、「辞めてください」という場合は、その結論に至るまでの合理的なプロセスが必要なのです。いかなるときも、社員や部下に対する敬意を忘れてはならないと思います。

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