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スタンフォード 最強の授業

医師にこそ学んでほしい 難しい会話のマネジメント スタンフォード大学経営大学院 グロースベック教授に聞く(3)

2017/1/15

PIXTA

世界でもトップクラスの教授陣を誇るビジネススクールの米スタンフォード大学経営大学院。この連載では、その教授たちが今何を考え、どんな教育を実践しているのか、インタビューシリーズでお届けする。今回はアーヴィング・グロースベック教授の3回目だ。

スタンフォード大学医学部で「難しい会話のマネジメント」を教えるグロースベック教授。日々つらい現実を患者や家族に伝えなくてはならない医師こそ、会話術を学ぶべきだという。一体どのような言葉で伝えるのが正解なのだろうか。(聞き手は作家・コンサルタントの佐藤智恵氏)

スタンフォード大学経営大学院 アーヴィング・グロースベック教授(C)Nancy Rothstein

医師が患者の余命を告げるとき

佐藤:グロースベック教授は、スタンフォード大学医学部の学生に「難しい会話のマネジメント」という授業を教えています。授業では、どのような設定でロールプレイ演習をしますか。

グロースベック:医師は、日々、様々な患者と向き合っています。プールで溺れてしまった3歳の少年。クローゼットから首をつって自殺を図った14歳の少年。48歳でアルツハイマー病と診断された男性。心臓に致命的な欠陥を抱えたダウン症の赤ちゃん。首と頭にできた腫瘍のため、顔はゆがみ、目もあけることもできないがん患者。こうした患者やその家族を目の前にして、どのように真実を伝えるかをケースと演習で学ぶのです。

佐藤:つらい現実を伝えるのに「正しい方法」はあると思いますか。

グロースベック:あると思います。私の授業では、ゲストスピーカーとして現役の医師を招き、実際にはこのようなケースではこのように伝えるとよいというのを助言してもらいます。

佐藤:演習を通して、医学部の学生に特に何を学んでほしいですか。

グロースベック:彼らは病を診断する方法は知っています。医学部の学生に「この人の病名は何ですか」と聞けば、正しい病名を答えられるはずです。

ところが、「この患者はあと2、3日しか生きられないという事実を家族にどう伝えますか」という質問には簡単には答えられません。どのような言葉で伝えるのか、どのように家族との会話を始めるのか、どうやって会話を組み立てていくのか。こうしたことを授業では学んでほしいです。

思いやりを持って真実を伝えよ

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。

佐藤:医師にとって「あなたの息子はあと数日しか生きられない」と家族に伝えるのは、とても難しいことだと思います。家族の動揺を一身に受けとめなくてはなりません。

グロースベック:先日、授業で取り上げたケースをご紹介しましょう。患者は81歳の男性で、あと数日の命。51歳の息子は、死にゆく父に何の治療も施さない医師に対していら立っているという設定です。私は息子役でした。「おまえたち医師は殺人者と同じだ。父が生きようが死のうが、何とも思わないだろう!」と医師役の学生にくってかかりました。

佐藤:感情的になっている患者の家族に対して、医師はどう対応すべきですか。

グロースベック:医師は落ち着いて、こう言うべきです。「あなたの気持ちはとてもよくわかります。私たちはベストを尽くしています。どうか私たちの診断を信用してください」

息子は、「父は助かるかもしれない」という一縷(いちる)の望みを託している。しかし、医師はその望みを絶って現実を伝えなくてはなりません。患者は回復しないし、帰宅することもない。医師ができることは、できるだけ苦しまずにすることだけです。

学生は何でも遠まわしに伝えようとする

佐藤:学生はロールプレイ演習で、どういう失敗をしますか。

グロースベック:彼らは何でもできるかぎり遠まわしに伝えようとします。「お父様はあと数日の命です」とは言わずに「最悪の状況から少し回復しました。引き続き治療にあたっています」と言ってしまうのです。現実をそのまま伝えずに、その一部を伝えたり、よりマイルドにして少しかさ上げして伝えたりします。

佐藤:それが患者の気持ちを一時的にも和らげると思うからですね。しかし、それは真実ではありませんね。

グロースベック:真実ではありません。真実を伝えないのは正しい方法ではありません。なぜ彼らは小さなうそをついてしまうのかといえば、相手の気持ちに寄り添いながら、残酷な現実を伝える方法を知らないからです。うそをつくのではなく、家族がささやかな希望をもてる言葉で真実を伝えればいいのです。

佐藤:たとえば、「お父様はあと数日しか生きられません」という現実をどう伝えるべきですか。

グロースベック:「昨日から集中治療室でお父様の治療にあたっていますが、病状が悪化し、あと数日しか生きられない状況となりました。とても残念ながら、私たちに今できるのは、苦しまずに安らかに最期を迎えていただくことだけです。お父様には残された時間を平穏に過ごしていただきたいと思います」

佐藤:苦しまずに平穏に最期を迎えられるように最善をつくします、というのは、家族にとってはささやかな希望ですね。

グロースベック:そうです。悲しいですが、真実です。父親がまもなく亡くなる、という事実は変えられないし、どんな最期を迎えるのか、は本人にしかわからない。家族は、「泣き叫ぶほど痛いのではないか、苦しいのではないか」と心配します。その不安を医師はやわらげるのです。父親は痛みに苦しむこともなく、安らかに最期を迎えますよと。

グロースベック教授の略歴は第1回をご参照ください。

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