山崎まさよし ギター選びは「欲しい音」探し
シンガーソングライターとして、そして「セロリ」などの作者としても知られる山崎まさよしさんが、約3年ぶりとなるニューアルバム「LIFE」を発表しました。今回のアルバムではほぼすべての楽器の演奏を自ら手がけているそうですが、マルチプレーヤーの山崎さんにとっても、ギターはやはり特別な存在。今回のモノ語りでもギターの話になっていきました。
歌詞は悩んでいいと思う
僕は大体の曲を自宅兼スタジオで作るんです。作る過程で、「これは誰かとスタジオに一緒に入った方がよりいいものになりそうだな」と思うこともありますし、今回のように幾人もの手をわずらわせたり時間を調整してもらったりする必要はないなとわかってくることもあります。
曲と歌詞、アレンジ、そして演奏まで全て自分でやるときに意識するのは「独りよがりにならない」こと。ポップミュージックは大衆に届けるのが前提ですから、詞は特に観念的になりがちなので気をつけるようにしています。まあ、受け手に間違って届いたとしてもそれはそれでいいのだけど(笑)、そこにポピュラリティーがあるかどうかは重要ですね。なので、作家の方が書いた小説を編集者に見せて赤を入れてもらうみたいに、僕も歌詞を書いたら身近なスタッフに「どう思う?」って聞きます。そういう"のりしろ"みたいな部分は、言葉も音も残しておくようにしています。
歌詞で悩むことは多いですが、僕は"悩んでいい"と思っているんですよ。たまに「歌詞が降りてきた」みたいに言う人を見るとすごいなって思うし、その半面、信じられない気持ちにもなる。もっと悩めよってね(笑)。悩む時間が制作時間だし、「悩まずにできた」という人も、その以前に積み重ねてきた時間がきっとあるはず。頭の中でおぼろげに浮かんでいたものが、あるきっかけによってボンと表に出てくるんじゃないかなと。
僕も歌詞が形になる以前、それにまつわることがらを膨大に書きつづって並べます。そうやってノートに書いていく行為が、一つの準備運動のような役割を果たすんでしょうね。
歌詞を書くのは「縦書きができるノート」を
歌詞をつづるノートに関して「このブランドじゃなきゃダメ」みたいなこだわりはないですが、縦書きできるものが望ましいです。小説や新聞みたいに、日本語は縦で書いてある方がしっくりくるし、イメージが湧きやすいんですよ。パソコンでも、はじめは散文みたいに縦書きにして使います。そうすることで時間軸が目に見えるというか、進んでいく感覚がある。横書きは左から右に読み、また左に戻る…なのでスパイラルに入っているような感覚になるんですよ。
ある程度進んだら、縦書きで書いてきたものを横書きに変えます。そうすると譜割りがしやすかったり、歌い出しの言葉は何にしようと考えやすくなるんです。横にした途端に音楽的になる。
あれこれやっても糸口が見えないときは、一度離れてみます。あまりに近づきすぎて見えなくなることも多いので、作詞以外の作業……曲を作ってみたりオーケストレーションを考えたり。気晴らしにギターを弾いたりもします。
ギターは一番フェイバリットだし、距離が近い楽器です。ピアノを弾くときは、それに集中するけど、ギターはなじんでいるから自然と手癖みたいに持てば指が動く。手持ち無沙汰を紛らわすじゃないけど、人によってはたばこみたいな存在なのかもしれない。
自宅でも、はじめは子供をあやすつもりで弾き始めたのに、いつの間にか子供は部屋から出て行っちゃって1人で1時間も2時間も弾き続けていたりなんてしょっちゅうです(笑)。そうやって何気なくギターを弾いていると、まだまだ上達する余白もあるなと感じたりしますね。
モノ選びで重要なのは自分が本当に必要としているか
家のスタジオに、エレキやベースギターを合わせて全部で15~16本のギターがあります。数え切れないほどのコレクションを有するアーティストさんもいるので、それに比べると少ないほうかな(笑)。
僕が主に弾くアコースティックギターは、(エフェクターなどで音を加工するエレキギターと違って)弾いたままの音しか出ません。僕がギターを欲しいと思うのは、あくまで「欲しい音」が出るかどうか。ギターによってカバーできる、得意な音域があるので、曲にふさわしい音を選んでいきます。この仕事をしていて「この音がない」というのは具合が悪いし、苦しいなと感じますから。
今回は、アナログシンセの音がなかったので、ミニムーグを自分で探しに行きました。近い音ならきっとデジタルで作れるだろうけど、アナログシンセの音を実際に鳴らしてとったほうがいいものになりますから。
今日持ってきたギターは、一番新しく入手したものです。もともとギブソン社製のL-OやL-OOといったオールドのギターが好きで使っているんですが、これは1932年ごろに作られたブルースギターの復刻版。新しいけど、オールドのギター特有の音にするための加工がトップに施してあるので、昔の機材のような響きになる。
今回のアルバムでは9曲目の「アンドロイド」で使用しましたが、ギブソン社のギターは低音から高音までまんべんなく鳴るというより、中音域でガツンとした音を出す方が得意なんです。このギターは僕の声のレンジに近かったので、「アンドロイド」でガットギターと僕の歌声とこのギターの三つどもえみたいに聴こえると面白いなと思って弾くことにしました。
人によっては、フォルムに一目ぼれしてギターを買うという話も聞きますが、僕の場合はそれもないですね。欲しい音がそろってさえいれば十分。仮に余計なものがあったとして結局使わないと思うんですよ。ギターに限らず、ものを選ぶとき、それを本当に必要としているかどうかが重要だと思います。
今はやっているからとか、これを持っていないと乗り遅れるみたいな基準で買いません。ましてや、その場のノリで買うなんて僕からは想像もできない(笑)。そもそも買い物に出かける時は、「今日は●●の■■を買う」と決め打ちで行くから、売り場で悩んだりもしませんね。
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話しながらもギターを持つとどことなくリラックスした雰囲気になる山崎さん。続く後編(「使いたいけどまだ使えない電動ノコギリ」)では趣味のDIYを始めたきっかけ、そして音楽作りへのこだわりを聞きます。お楽しみに。
1971年12月23日生まれ。滋賀県草津市で生まれ、山口県防府市に育つ。インディーズでの活動を経て、1995年に「月明かりに照らされて」でデビュー。1997年に主演した映画「月とキャベツ」の主題歌「One more time,One more chance」がロングヒットに。以来、丁寧に作られた良質の楽曲で音楽ファンを魅了し続けている。現在は17年5月まで続くコンサートツアー「山崎まさよし ONE KNIGHT STAND TOUR 2016-2017」で全国を巡っている。
前作「FLOWERS」以来、3年3ヶ月ぶりとなるニューアルバム。「映画ドラえもん 新・のび太の日本誕生」の主題歌として話題となった「空へ」やドラマ主題歌の「光源」など5曲のタイアップソングを含む。親子愛をつづったファミリーソング「君の名前」や、情報化社会へ鋭いまなざしを送る「さなぎ」、まっすぐで温かな感謝の思いがこもった「贈り物」など、生命や生きること=LIFEの様々な局面に寄り添う1枚。
(ライター 橘川有子/写真 吉村永)
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