眠りながらも目覚めてる! 半球睡眠とは何か

日経ナショナル ジオグラフィック社

2017/1/10
ナショナルジオグラフィック日本版

三島:皆様、明けましておめでとうございます! 当初は「長くて20回くらいかな~」と気軽にお引き受けした本連載もなんと、3度目のお正月を迎えることになりました。

遅筆の私としては迫り来る締め切りのために睡眠時間が削られて苦しいときもありますが、読者や患者さんから「勉強になりました」「役立ちました」とご連絡をいただくことも増えて、疲れも一気に吹き飛びます。本年もよろしくお願いします。

(イラスト:三島由美子)

ということで、さっそく始めましょう。

2017年最初のテーマは「半球睡眠」です。そして、今年の年男(としおとこ)であり、半球睡眠のプロフェッショナルでもあるトリ君が今回の主役です!どうぞ。

トリ:オメデトウございます! でも、ひとこと言わせてもらえば、トリだからって必ずしも酉(トリ)年とは限らないでしょ!それに半球睡眠なんて初耳だし、プロフェッショナルなんて言われても何のことやらさっぱり。

三島:トリ君、正月早々からテンションが高いね。ま、おいおい説明するからね。えーと、ヒツジ君はどこかな。あれ、何か元気がないね。

ヒツジ:「2年前」の年男のヒツジです。新年明けましておめでとうございます……連載開始後、初めて迎えた正月が未(ヒツジ)年であったにもかかわらず、今回と違ってなぜかフィーチャーしてもらえませんでした。「ヒツジと睡眠」って色々とネタがあるのに……。

三島:あれー……そうだったかな?(あの頃はネタが豊富にあったからな……) ま、ま、せっかくのお正月なので明るく楽しく参りましょう。

それにしてもトリ君はニワトリのくせに半球睡眠を知らないとは驚きだなぁー。ごく端的に表現すれば、左右の大脳半球が片方ずつ交代で眠る現象を半球睡眠といいます。実際に脳波を測ってみると、文字通り片側は覚醒時の脳波、反対側は睡眠脳波が同時に出現しているんだ。

トリ:なんでそんなヘンテコな睡眠があるんだろ。

三島:いろいろな理由で「ぐっすり寝てはイケない状況」におかれた動物たちの生き残り戦略として進化した機能だと考えられているんだよ。

多くの野生動物にとって捕食者(外敵)からいかに身を守るかが大事だよね。特に1カ所でじっとしている睡眠中は危険な時間帯。だから動物は安全な巣の中で身を固めた姿勢で睡眠をとるのが基本です。腹を出した無防備な状態で爆睡している人やネコやイヌを見るとつくづく「野生を忘れてるな」「平和でいいな」と感じるよ。

その点、半球睡眠をとる動物では大脳皮質の半分は起きている状態なので、周囲の状況が全く認識できなくなる全球睡眠とは違って、外部環境に注意を払いながら安全に眠ることができるんだ。もっと言うと、いろんなことをしながら眠れます。

(イラスト:三島由美子)

ヒツジ:なんかよく分からないけどウラヤマシイ……。私なんかいったん寝てしまうと地震があっても気づかずに朝まで爆睡です。腹は出していませんが。いったい半球睡眠はどのような動物にみられるんですか? 

三島:半球睡眠をする代表的な動物と言えば渡り鳥が有名だね。アマツバメ、イソシギ、カモメなどでは半球睡眠があることが研究で明らかになっている。また、イルカやクジラなどの海洋哺乳類でも半球睡眠がみられるよ。

何千キロ、何万キロも飛行する渡り鳥だけど、何日間も眠らないで飛び続けるわけにはいかない。けれど、両半球とも睡眠状態になると墜落してしまうよね。群れをなして渡りをするときにはお互いにぶつからないように距離を保つ必要もある。イルカやクジラの場合は呼吸のために定期的に水面に浮き上がるのに半球睡眠が便利です。

イルカは昔から半球睡眠の研究に貢献してくれていて、1970年代に当時のソビエト連邦のモスクワ大学にいた睡眠研究者がイルカの脳波を測定したことで半球睡眠が初めて実証されたんだ。

半球睡眠の時は、寝ている脳の反対側の眼が閉じているので、脳波を測らなくても分かるときもあるんだよ。動物園のイルカやペンギンが片目を閉じているのはウィンクではなく半球睡眠のときだね。

トリ:そんな便利な半球睡眠なら、すべての動物にあったらいいのに。

三島:ほんとだよね。私も仕事や原稿の締め切りが近くなると、半球でも1/4球でもよいから働いてくれないかなと思う時があります。

半球睡眠がある動物とない動物がいる理由はよく分かっていないし、いまだに詳しいメカニズムも不明のままなんだ。

ちなみにトリ君、キミもトリの端くれならば半球睡眠ができるんじゃないの?

トリ:ギクッ。自分では意識していないんだけど。。。

三島:あはは。半球睡眠をとる動物も保護された飼育環境で生活していると半球睡眠が減るともいわれているからね。トリ君も今ではすっかり熟睡派かな。

ニワトリも含めて多くの鳥類で半球睡眠があると言われているけれど、脳波を使ってキチンと実証されている例は思いのほか少ないんだ。

ヒツジ:半球睡眠ってどのくらい長く眠るんですか? それに、睡眠中に半々で交代するんですか?

三島:よい質問です。半球睡眠の長さや左右半球の交代時間は動物によってかなり違うようです。昨年、ドイツのマックスプランク研究所を中心にした国際研究チームが素晴らしいデータを報告してくれました。彼らは大型の渡り鳥であるオオグンカンドリに小型脳波計を取り付けて最長10日間の渡りをしている最中の睡眠脳波を測定したんだ。これは大変手間のかかる仕事だよ。

ヒツジ&トリ:ワクワク

三島:それによると、渡り中のオオグンカンドリはあまり「寝ていなかった」。

ヒツジ&トリ:ガクーッ! 何ですか、それは!

三島:いやいや。完全に徹夜していたわけではないよ。1日当たり40分くらいしか寝てなかったんだ。睡眠はやっぱり夜間に集中していて、数分寝ては、10分くらい目覚めるというパターンを繰り返すようだね。

やはり睡眠の大部分は半球睡眠だったけど、時には全脳が眠ってしまうこともあるようなんだ。実際、オオグンカンドリじゃないけど、渡り中に急降下する鳥もいるようで、もしかしたら居眠り飛行で墜落しかけたのかもしれないね。

ヒツジ&トリ:怖っ!!

三島:いずれにしても渡り中のオオグンカンドリの睡眠時間は予想していたよりもずっと短かったんだ。オオグンカンドリは地上では9時間以上も眠るらしいから、渡りの最中の睡眠時間は普段の10%にも満たなかったんだね。

トリ:やっぱり飛びながらだと忙しくて眠れないのかな。俺っち、飛べないのでその苦労は分からないんだけど、想像するだけで疲れる。

三島:オオグンカンドリは翼を拡げると2m以上にもなる大型鳥のわりに体重が軽いため、あまり羽ばたかなくても滑空で飛べるようだよ。

それよりも、彼らは羽毛に油分が少なく水面に浮くことが苦手らしい。水かきも小さいのでいったん水面に降りると飛び立つのも難しい。そのため絶えず飛び続けて、餌を捕るときも水面に出てきた魚やイカを滑空したまま素早くつかまえる必要があるそうなんだ。しかも比較的水面に近い高度で飛行をしなくちゃならないので大変だ。

半球睡眠ではそのような高度な運動を制御できないので、どうしても睡眠時間が短くなるようだね。渡り鳥の中にはオオグンカンドリと同じように飛行中の睡眠時間がとても短くなるものがほかにもいるんだって。やっぱり睡眠を犠牲にしないと長距離の渡りは難しいんだね。

トリ:半球睡眠でもレム睡眠ってあるのかな。片方の脳でレム睡眠の夢を見て、もう片方の脳は現実世界を見ているというのも混乱しそう。最近流行のバーチャルリアリティー(VR)を片目でだけ楽しんでいる感じなのかなぁ。

三島:お、さすが年男のトリ君、鋭い疑問だね。興味深いことに、渡り中にはレム睡眠がほとんど見られないようなんだ。これはイルカでも同じような傾向が認められてます。レム睡眠が少ない理由は明らかになっていないけど、必要最小限のノンレム睡眠で脳に休養をとらせているんだろうね。

でも逆に言えば、飛行中の鳥でさえ睡眠なしで済ますことができないんだ。さまざまな自然淘汰圧をくぐり抜けてきた全ての動物に睡眠が見られることは、睡眠が生命にとっていかに重要であるか如実に示しているよね。

今年も、よく眠り、元気に頑張ろう!

ヒツジ&トリ:はーい!!

三島和夫(みしま・かずお)
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2017年1月5日付の記事を再構成]

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著者:三島 和夫
出版:日経ナショナルジオグラフィック社
価格:1,512円(税込み)


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