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浜松から彦根へ 17年大河「直虎」ゆかりの地を巡る かみゆ歴史編集部 滝沢弘康

2017/1/4

彦根のシンボルである彦根城天守

 2017年のNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の放送が1月8日から始まる。時代は武田信玄や織田信長らが活躍した戦国時代中期。次々と当主を失い存亡の危機にあった東海の名門・井伊家を、柴咲コウ演じる井伊直虎(次郎法師)が守り抜き、やがて彦根藩主となる井伊直政を気丈な武士へと育て導く物語だ。その舞台である遠江国、現在の静岡県浜松市にある井伊谷(いいのや)は、奥浜松湖に位置する風光明媚(めいび)な村落だ。井伊家の父祖伝来の地である井伊谷と、井伊直政が徳川家重臣として与えられた琵琶湖畔の彦根の2都市を訪ね、ゆかりの史跡と波瀾(はらん)万丈だった井伊家の物語をたどってみよう。

■井伊谷散策は共保公出生の井戸から

 浜松駅から北へ車で約40分程度。天竜浜名湖線を越えて稲荷山のある丘陵を下ると、眼下にのどかな田園風景が開ける。周囲を山に囲まれたこの地が、ドラマ「おんな城主 直虎」の舞台となる井伊谷である。集落の中心を井伊谷川と神宮寺川の2本の川が流れ、今でも豊かな田畑が残っている。

井伊直虎が治めた井伊谷の田園風景

 井伊家の歴史は古く、平安時代後期には井伊谷を治めていたとされる。家祖である井伊共保は、井戸のかたわらに捨てられていた、または井戸の中から出生したという不思議な伝承を残す。浜名湖に近く、2本の川が流れる井伊谷は水に恵まれた土地であり、共保の出生は井伊家と水との深い結びつきを伝える伝説といえるだろう。以後、井伊家は代々、井伊谷を守護する領主として栄えた。

 しかし戦国時代に入ると、隣国の今川家が強国となり、井伊家は今川家の軍門に下る。直虎の父である直盛は桶狭間の戦いで戦死し、直虎のいいなずけだった直親も陰謀で殺害され、家督を継ぐべき男たちが次々に死去してしまう。この井伊家存亡の危機に立ち上がったのが、柴咲コウ演じる井伊直虎であった。直虎は出家の身であったが、男性名を名乗って当主となり、直親の遺児であった虎松(のちの井伊直政)を引き取って養育した。そして、今川家や武田家などの大国から生家を守り抜いたのである。

 井伊谷観光の中心地は、直虎が出家し、井伊家歴代当主を祭る龍潭寺(りょうたんじ)になる。この龍潭寺の南に広がる田園の一角に、共保公出生の井戸が残る。かつてはこの地に渭尹(いい)神社(渭尹八幡宮とも)があり、宮司が境内にあった井戸で赤ん坊の共保を発見したと伝わる。田園と山々を背景にした白壁の塀と門は、物語の世界に迷いこんだような不思議な空間だ。井伊谷散策は、やはり家祖の伝説を伝えるこの井戸から巡るのがよいだろう。

田んぼの一角にぽつんと立つ、共保が発見されたという石組みの井戸

■井伊谷観光のハイライトは井伊家の菩提寺・龍潭寺

参拝者を迎える山門と緑豊かな木々

 龍潭寺は、この井戸から徒歩数分のところにある。開山は奈良時代の行基上人にさかのぼる古刹で、井伊家歴代の当主が帰依してきた。直虎が大叔父である南渓和尚の手引きにより出家して、次郎法師と名乗ったのもこの寺だ。ちなみに地元では、「直虎」ではなく親しみを込めて「次郎法師」と呼ばれるほうが多い。江戸時代初期の建立という山門をくぐると、ひっそりとした緑豊かな境内が広がる。本堂は伝説的な彫刻家・左甚五郎作のウグイス張りの廊下で知られ、本堂の裏手には井伊家歴代当主を祭る霊殿がある。国の名勝に指定されている庭園も見逃せない。江戸時代初期の作庭家・小堀遠州によって造られた池泉式庭園である。

四季折々の景色が楽しめる庭園

 龍潭寺には井伊家歴代当主の墓も残り、ドラマに登場する直虎・直親・直親夫人・虎松(直政)の墓碑が並んでいる。また、この墓地には直虎を支え続けた新野左馬助ら忠臣たちの墓も残る。見逃しがちなので注意しよう。墓地を北へ進むと井伊谷宮へと抜ける。井伊谷宮は井伊家ゆかりの宗良親王を祭っており、かたわらの井伊社とともに明治時代に建てられた。おみやげに、境内で販売されている直虎が描かれた絵馬や手鏡形のお守りはいかがだろうか。

いいなずけでありながら結ばれることがなかった直虎(右)と直親の墓
南北朝の動乱期に井伊家を頼った宗良親王を祭る井伊谷宮

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