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会社の中で出世することの本質とはなにか。

出世の仕組みを設計する立場でいつも考え続けているその問いに対して、なるほど、と思えるひとつの答えをいただきました。それは社歴30年ほどの飲食店創業オーナーとお話ししていたときのことです。

それは部下や後輩を持つビジネスパーソンなら誰でもすぐに実践できる答えでした。ただ、それができる人とできない人の間には、おおきな溝があるようです。

最初はみんな繁盛店を経営していた

30年ほど前、そのオーナーは若くして居酒屋を開きました。店はそこそこ順調だったものの、何年たっても同じ仕事の繰り返し。これでいいのだろうか、と考えた彼は、仲が良かった居酒屋オーナー仲間たちと集まってこれからのことを相談しました。

どの居酒屋もそれなりに繁盛はしていました。けれども、たとえば次の店を出すためのお金がたまっているか、といえばそうではありません。またお金があったとしても、店を開くための人をどうやって集めればよいのかがわかりませんでした。1店舗目はオーナー自身が調理場に立っていればよかったのです。しかし自分の体は一つで、2店舗両方には同時にいられません。また、オーナーが行ったり来たりすることで、そこそこの売り上げを保っていた最初の店の常連が離れてしまった、という失敗談も周囲から聞いたりしました。

そこで彼らは集まって、一つの会社を作りました。たまたま発言力と店舗規模が大きい順に年齢が高かったので、一番年上の人が社長になり、あとは副社長、専務、常務、と役職を分けました。

そうすることでまず、次の店舗を出す資金ができました。1店舗ずつの貯金は数百万円でしたが、集めれば数千万円。それで次の立地を探します。そうしてなかなか良さそうな立地が見つかりました。

新規出店の順番は年齢順、ということで、まず社長になった人が2店舗目を立ち上げます。同じ会社にはしましたが、店舗ごとの経営責任はそれぞれが独自に持つようにしました。だから店にはそれぞれ「社長の店」「副社長の店」「常務の店」……といった色分けが社内的にはできました。

そうしてこのグループはしばらく順調に成長するのですが、やがて社長はおかしなことに気づいたそうです。

それは、店を増やせているメンバーとそうでないメンバーとに分かれていることに。社長と副社長はどんどん自分の色を持った店を増やしていったのですが、専務や常務はなかなか店を増やせません。

社長と副社長は、自分たちが良い立地を優先してとってしまっているかもしれないと考え、あえて良い立地を専務や常務に譲るようにしましたが、それでもやはり店は増えません。出店してもすぐに失敗してしまうのです。

やがて10年が過ぎたあたりで専務も常務も店の経営からは完全に退いてしまいます。管理部門や購買部門を任せていたものの、それもやめて退職していきました。

なぜこんな違いが出たのだろう、と社長と副社長が話し合って気づいたことがあったそうです。その気づきは私にとってもあらためてうなずけるものでした。

楽をしたがる人とこだわりを持つ人

社長と副社長が気付いたのは、自分たち2人が面倒くさがりだったのに対して、専務や常務はとてもこつこつと作業をするタイプだったということでした。

たとえば2店舗目を出した時、社長は2店舗目を、1店舗目で一番優秀な人材を店長に据えて任せました。それは2店舗目がたまたま少し離れたところにあって、同じ日のうちに何度も往復することが難しい、いや正確には面倒だったから、信用できる人に任せてしまったということでした。

たまたま会社組織になっていて、経理業務なども集約したところでした。オーナーも自分1人ではなく複数います。だから2店舗目の店長は、自分を雇ってくれている直属オーナーを意識するというよりは、会社の一員としてある意味自分が店舗のオーナー的にふるまうようになりました。そして社長はそのことについてとやかく言いませんでした。だって面倒だったから。

そうして2店舗目が成功して、3店舗目が成功して、4店舗目は失敗したけれどすぐに業態を変更して何とか持ち直して、そうこうしているうちに、社長も副社長も、店に行くことが面倒になったそうです。店舗が増えてくると銀行との取引も増えてきます。食材や飲料の仕入れも選択肢が増えてきて、昼間に会わなければいけない人が増えました。夜には付き合いもできてきます。

そうして彼らは、再び自分の出店の番が回ってくるころには、1店舗目の経営すら従業員に任せてしまっていました。その後彼らは新規出店については、それぞれが信頼する店長や店長候補たちに任せていきました。そうして店はどんどん増えていきました。

しかし専務や常務は、店で出す料理にこだわり続けました。だから彼らの店はとても評判がよかったものの、なかなか増えません。そうこうしているうちに、彼らの店で働いている人たちはどんどんと去っていきます。なぜなら、いつまでもオーナーたちが店を取り仕切っているので、自分たちが出世する見込みがないから。飲食店で働く人たちだから、一国一城の主を目指す人が多かったということもあります。だから、専務や常務の店では、育てた人から自分で独立していく、ということがあたりまえになってしまいました。

チャンスを部下に与えられるか

「最初の頃の私たちは単に楽をしたかっただけでした。けれども結果としてそれが部下たちにとってはチャンスにつながっていきました。それが何度か続くと、私自身が作るよりもうまい料理を作る者や、お客さんを喜ばせるのが上手な者たちがいることもわかってきました。だからさらに任せるようにしていくと、店はどんどん増えて売り上げも伸びていったのです。私たちが気付いたのは、部下にチャンスを与えることが自分たちがさらに成功するきっかけになるということでした」

彼の話を聞いた時、なるほど、と思う半面、それだと単純にチャンスではなく面倒な仕事だ、と感じる人が増えるのではとも思いました。社長たちは楽をして、自分たちだけがいつもしんどい思いをする、と。しかしその会社では、とてもシンプルな人事の仕組みがチャンスをチャンスとして機能させていました。

「私たちは、店長には徹底的に裁量権を与えました。いちいちチェックするのが面倒だった、ということもありますが、そもそも店長になって誰かに指示をされて働くのは嫌だろう、と考えたのです。だから管理部門は店長たちからの要望を徹底的に聞くようにいいました。そして、店舗で出た利益の一定割合を常に店長に支払っていました。そして彼ら自身にも、彼らの色がついた次の店を出すことを許しました。要は私たちが最初にやってきたことをそのまま彼らができるようにしたのです」

なるほどそれならチャンスはチャンスとなります。

しかしすごいのは、そもそも社長や副社長が、自分たちでやった方がうまく行く、と思うことでも部下たちを信用して多くを任せたことにあるのです。さらに自分たちの取り分を減らしてでも部下たちに与えてきました。そうして彼らは今や一定規模の企業を育て上げることに成功したわけです。

ふりかえって考えてみれば、会社勤めのビジネスパーソンの立場であれば、部下にチャンスを与えることはもっと簡単ではないでしょうか。もちろん会社の人事の仕組みを新たに作ることはできないけれど、チャンスを与え、上司や先輩として指導し、評価に反映することはできるはずです。

逆にいつまでも自分の仕事にこだわりを持ち続け、人を指導する立場になっても自分ですべてをなしとげようと頑張り続けたらどうなるでしょうか。こだわりを持つことは悪いことではありません。が、それが他人を信用できないゆえのこだわりであれば、誰もついてくる人はいなくなるのかもしれません。

平康 慶浩(ひらやす・よしひろ)
セレクションアンドバリエーション代表取締役、人事コンサルタント。
1969年大阪生まれ。早稲田大学大学院ファイナンス研究科MBA取得。アクセンチュア、日本総合研究所をへて、2012年よりセレクションアンドバリエーション代表取締役就任。大企業から中小企業まで130社以上の人事評価制度改革に携わる。大阪市特別参与(人事)。
 この連載が書籍になりました。
 『マンガでわかるいまどきの「出世学」』(日本経済新聞出版社)です。
 出世をめぐるキャリアストーリーのマンガをはさみ込んだほか、連載を大幅に加筆・編集し、新しい時代の出世のルールや働き方を分析・紹介しています。

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