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日経小説大賞

太田俊明氏『姥捨て山繁盛記』 社会問題、軽快に 第8回日経小説大賞

2016/12/23

第8回日経小説大賞(日本経済新聞社・日本経済新聞出版社共催)の最終選考会が行われ、大賞は太田俊明氏の「姥捨て山繁盛記」に決まった。社会問題を中心に据えながら物語を鮮やかに展開する構成力や、登場人物が奮闘する姿をドラマチックに描いたエンターテインメント性の高さが評価された。

400字詰め原稿用紙で300枚から400枚程度の長編を対象とする第8回日経小説大賞には、215編の応募があった。時代小説や歴史小説、経済小説、恋愛小説、ミステリーなど幅広いジャンルの作品が寄せられた。東日本大震災から5年の節目を迎え、震災を題材とした作品も多かった。応募者は60~70歳代が過半数を占めた。

第1次選考を通過した20編から最終候補となったのは5編。還暦間近の主人公たちが理想の村を求めて奮闘する「姥捨て山繁盛記」、法隆寺の大修理に関わった宮大工の激動の生涯をつづる北岡克子氏の「一味の雨」、福岡の歓楽街を舞台に渦巻く人間の欲望を描いた佐伯琴子氏の「川蝉の棲(す)む街」、「生態系Gメン」と呼ばれる環境省の外郭団体が猛毒アリを駆除する等々力亮氏の「ハイヌーン」、江戸の俳諧師を仮の姿とする殺し屋が「奥の細道」の秘密に迫る野見山悠紀彦氏の「別伝 奥の細道」が残った。

最終選考会は2日、東京都内で辻原登、高樹のぶ子、伊集院静の選考委員3氏がそろって行われた。5作品の内容や完成度について議論を重ねた結果、「姥捨て山繁盛記」「川蝉の棲む街」の2作に絞られ、最終的に「姥捨て山繁盛記」への授賞で一致した。

受賞作はダム建設を巡って分裂した村が舞台。ダムに反対する少数派は工夫を凝らして名産品を作り、全国から注目を集める。

「数珠つなぎにうまくいく時のわくわく感がある」「映画的で楽しく読める」と成功物語を軽快なテンポで描いた点が支持された。「一見、夢物語風だが、社会的な視点が据えられている」とテーマ性も評価された。太田氏は第7回日経小説大賞でも最終選考に残った。「前作とは全く違うテーマで幅の広さが感じられる」との声も上がった。

<あらすじ>

山梨県北部の過疎の村が舞台。半世紀前のダム建設計画は中断しているが、移転代替地では補償金を使い、高齢者介護・医療を目玉とする「シニアの郷」計画が進む。若年性認知症と診断された59歳の西澤亮輔は、都内の大手企業を早期退職して「郷」に移住する。しかし、施設はどこか暗く、老け込むばかりだった。

水没予定地に留まり、ダムに反対する人々の集落は「姥捨て村」と呼ばれ、孤立していた。もっともそこには水害で母や弟妹を失った過去を持つ桝山太一の「日本一のワイナリー」があった。西澤が訪ねると、理想郷のような風景が広がっていた。

■「姨捨て山繁盛記」受賞に寄せて--太田俊明氏

六十歳で会社を辞め、日経小説大賞に的を絞って、年に一作のペースで小説を書き始めました。

おおた・としあき 1953年千葉県松戸市生まれ。東京大学在学中、硬式野球部の遊撃手として東京六大学野球で活躍。卒業後は総合商社、テレビ局に勤務し、2013年に定年退職。「右手を高く上げろ」が第7回日経小説大賞最終候補に。

昨年は、足首と心に大きな傷を負った天才長距離ランナーの再生の物語。今年は、若年性認知症を患って大手企業を早期退職し、ダム計画に揺れる過疎の村の高齢者施設に移住した初老の男の物語。そして選考会の日は、来年応募する予定の江戸時代の数学者の物語を書いていました。

書斎の窓から見える景色は毎日同じでも、物語を書き始めればその世界に入っていくことができます。雪の舞う箱根路を疾走するランナーの高揚感、ぶどう畑を見下ろす峠に一人佇(たたず)む認知症を患った男の喪失感、江戸の町の喧噪(けんそう)の中を分厚い本を抱えて速足で歩く男の使命感。

いくつもの人生を疑似体験できるのは、小説を書く醍醐味です。

受賞作で、絶望して会社を辞め、ダム補償で潤う「山の村」の高齢者施設に流れていった主人公は、ダムに反対して社会から孤立しながらも力強く生きている「谷の村」の人々に出会うことで、新しい人生を生きる意欲を取り戻し、ついにはリーダーとなって迫りくる重機の前に立ちはだかります。

私も彼に負けないよう、作家というもうひとつの人生を、一歩一歩着実に歩んでいきたいと思っています。

二年にわたって拙作を読んで頂いた選考委員の先生方に、心より感謝申し上げます。

<選評>

■辻原登氏、喜怒哀楽ドラマチックに

辻原登氏

今回は三作品についての評にとどめたい。

「別伝 奥の細道」。『奥の細道』正本、異本二篇(へん)の所在と句の解釈をめぐる物語とすれば、新味にも曲にも欠ける。この二篇をひょんなことから所有することになった柳雪という殺し屋稼業の、その稼業の顛末(てんまつ)をこそ中心にしっかり据えたほうが面白かっただろう。

「川蝉の棲む街」は、物語の舞台になる土地の設定、血族や男女の相関の描き方にある(ヽヽ)早逝(そうせい)した作家の作品を髣髴(ほうふつ)させる。しかし、早逝した作家の作品のようには人間の業の深さに力強く収斂(しゅうれん)してゆかないのは、ストーリー・テリングに大きな難があるからではないだろうか。

「姥捨て山繁盛記」。両手を挙げて、というわけではないが、受賞作に推すとすればこの作品になる。ダムに沈もうとする村をめぐって、老若男女、様々なキャラクターの人物たちの喜怒哀楽が巧みに、ドラマチックに描かれて、間然するところがない。

■高樹のぶ子氏、受賞当然「大人の小説」

高樹のぶ子氏

太田俊明さんは、前回の候補作「右手を高く上げろ」で、劇場型ドラマの盛り上げ方、幕の引き方に才能を発見していたのだが、今回さらに深く多様なテーマを盛り込んで、前回より優れた作品になった。受賞は当然だ。久々に選考委員全員一致で決まった。

この賞は「大人の小説」を目指している。けれど大人をドキドキワクワクさせるのは並大抵の力では無理。この小説には、「認知症の男の生きざま」「ダムの建設をめぐる人間ドラマ」「地方の活性化の困難さ」「異常気象と人間の非力」「親子の葛藤」という社会や個人にとっての身近なテーマが盛り込まれ、日本の進む方向にまで暗示がもたらされている。まさに「大人の小説」だ。

もう一つ才能を感じたのは「川蝉の棲む街」を書いた佐伯琴子さん。この人は五感を刺激する突出した表現力を持っている。人間の匂いや肌触りを伝える天賦の何かを持っている。物語の辻褄(つじつま)合わせなど忘れて、生身の人間と格闘して欲しい。

■伊集院静氏、プロに近い安定味ある文章

伊集院静氏

太田俊明氏の『姥捨て山繁盛記』は、候補作中で一番安定味のある文章で、小説の基本である読み易さ、解(わか)り易さが、前作より鍛えられたように思う。小説はまず文章、文体である。これを身に付けるには才能よりも、普段の書き手の修練にある。太田さんの作品はプロの文章に近づいている。本作品のすぐれている点は、ひとつは構成力であろう。主人公、桝山太一が成長する過程で関る人物、出来事が大人になってからも、一本の糸が錦繍(きんしゅう)を紡ぐように巧みに配されている点に、長篇(ちょうへん)小説の構成として及第点を与えられたことだ。次に現代小説である意義が作品の後半に充分に活(い)かされていて、テーマが現代社会が持つテーマとリンクしていることだ。そのふたつの点に作家としての力量を感じさせた。日経小説大賞を受賞するのに価する作品にめぐり逢(あ)えて、選考委員として嬉しい限りである。それでも作家としての出発点に立ったばかりだから、ともかく書き続けることである。

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