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飛行機内の飲酒 百害あって一利なし

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2016/12/25

一般に、飛行機での飲酒というと「酔いが早いから気を付けよう」と言われるくらいだが、実はもっと怖いことが…(c)Jean-Marie Guyon -123rf
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 年末年始の休暇が近づいてきた。この間、旅行などで長時間、飛行機に乗る人は多い。長旅にお酒は欠かせないという左党も少なくないはずだ。酒飲みでなくても、「お酒を飲んでさっさと寝る」という人も多いだろう。一般に、飛行機での飲酒というと「酔いが早いから気を付けよう」と言われるくらいだが、実はもっと怖いことがあるという。そこでエッセイスト・酒ジャーナリストの葉石かおりさんが、飛行機内での飲酒について取材した。

 「飛行機で酒を飲むと、いつもより酔っぱらう」

 左党はもちろん多くの方の間で、まことしやかに言われている「飛行機泥酔説」。私も飛行機でビールを飲んだとき、たった1缶しか飲んでいないのにいい気分になり、さらにはいつもほとんど変わらない顔色がいきなり真っ赤になったことがある。普段、チェーサー代わりにビールを飲むこともある私にとって、これはかなりの大事件。以来、飛行機で酒を飲むのは控えている。実際、飛行機で酒を飲んで酔いやすいと感じた方は少なくないのではないだろうか。

 しかしなぜ、地上よりも飛行機で飲むほうが酔いが早いのだろう? 単に旅気分が酔いを助長させているような気もするが…。

 だた、ネットで飛行機内での飲酒と酔い方の関係を調べていると、機内での飲酒は単に「酔いやすい」だけでは終わらない危険性を含んでいるようだ。いわゆる「エコノミークラス症候群[注1]」との関係性である。

 エコノミークラス症候群は、長時間同じ姿勢で座り続けていることで、下肢の血流が悪くなることによって血栓ができ、その血栓が何らかの拍子に肺に届き、動脈を詰まらせてしまうものだ。熊本地震の際も、避難者の中でエコノミークラス症候群によって亡くなった方がいると大きく報道された。重篤な場合は死に至ることがある。そんな恐ろしいエコノミークラス症候群と機内での飲酒が関係あるとは!

 単に酔いやすいだけならまだしも、生死にかかわるとなると、これはもうただごとではない。そこで今回は、日本航空健康管理室主席医師を経て、「渡航医学センター西新橋クリニック」を開院する大越裕文院長に機内でのアルコール摂取について話をうかがった。

[注1]エコノミークラス症候群は、当初、飛行機の「エコノミークラス」だけで起こるように説明されたが、他のクラス、ほかの乗り物に乗っていた場合にも起こる可能性がある。このことから、日本宇宙航空環境医学会では、欧米で使用されている「旅行者血栓症」が適当であるという提言を出している。

■いきなりドクターストップ!

 「飛行機に乗ると旅の解放感も手伝ってか、お酒が飲みたくなる方も多いと思いますが、飲まないことをおすすめします」(大越院長)

 なんと! やんわりとだが、いきなり飛行機での飲酒をストップされてしまった。飛行機での飲酒は、医師が注意勧告するほど危険なのだろうか?

 「飛行機は離陸した後、高度1万メートル付近を飛行しています。飛行中、飛行機は空気を外から取り入れ、与圧装置で気圧を調節しています。飛行中の機内の気圧は0.8気圧前後、最大で0.74気圧まで下がります。富士山でいう5合目程度(2000~2500メートル付近)に匹敵します。これ以上機内の気圧を下げると、機内で高山病の発病率が高くなることがわかっているので、これを下回らないように調整しているわけです」

 「気圧の低下に伴い、酸素の分圧も減少します。具体的には、機内の酸素分圧も地上の80%程度まで低下します。わかりやすく言いますと、1回の呼吸で体内に入ってくる酸素の量が、機内では地上に比べ2割減るということです。そういう環境に身を置くと、呼吸や脈拍を上げて適応しようとしますが、それでも血液中の酸素濃度(酸素飽和濃度)も92~93%と低酸素状態になります。酸素飽和濃度は、90%を切ると低酸素危険レベルとなります。つまり、機内では危険レベルの一歩手前の状態にあるわけです。この低酸素こそが、『いつもより酔いが早い』と思う要因の一つなのです」(大越院長)

■低酸素状態でお酒を飲むと、アルコールの影響が出やすい

 一般に機内で酔いやすいと言われる理由として、「機内は気圧が低いため末梢血管が拡張し、血液循環が促進されるので、アルコールがまわりやすい」「低酸素状態なのでアルコールを分解するための酸素が供給されず、アルコールの分解が遅れる」などと言われる。だが、大越院長によると、これらの説には医学的なエビデンスはまだないという。

 では一体、低酸素状態に身を置くことで、体の中ではどんなことが起こっているのだろうか?

 「脳は低酸素になるとパフォーマンスが落ち、判断力が鈍くなるなど、酔いにも似た症状が現れることがあります。そうした低酸素状態でお酒を飲むと、いつもよりアルコールの影響が強く出やすく、『酔いが早い』と感じるのです。これは血中のアルコール濃度が高くなるとか、アルコールの吸収が促進されるといったことではありません」

 「単にアルコールが効きやすいだけなら大きな問題にならないように思われるかもしれませんが、心臓疾患や糖尿病をはじめとする、血管に関わる持病を抱えている方は症状が悪化する可能性があるので、より一層の注意が必要です」(大越院長)

■「お酒を飲んでさっさと寝る」は危ない

 大越院長は実際に、成田-バンコク間のフライトで、自身にパルスオキシメーターを装着して酸素飽和濃度の変化を測定している。フライト中の酸素飽和濃度は平均して92.8%と、常に低酸素状態にあることがわかる。しかも、ところどころで低酸素危険レベルである90%を切っている。

成田-バンコク間のフライト中の酸素飽和濃度の変化。大越院長自ら、パルスオキシメーターを装着して測定したデータ

 さらにグラフをよく見ると、フライト半ばでいきなりガクーンと数値が下がり、低酸素危険レベルをしばらく下回っている部分があるではないか。どういう状態だったかと大越院長にうかがうと、「ワインを2~3杯飲んで、就寝していた」という。

 「就寝時は、健常な状態の人でも呼吸が浅くなるため、覚醒時より低酸素状態になります。また、アルコールを摂取すると、低酸素に対する体の反応が鈍くなってしまいます。アルコールを飲んで寝てしまうと低酸素を助長することになり危険です」(大越院長)

 海外旅行のように長いフライトの場合は「お酒を飲んでさっさと寝て、体を休める」のが基本だと思っていたのだが、休めるどころか危険にさらしていたとは! しかも私の場合は、「酔って、即寝る」ために、アルコール度数の高いウイスキーやブランデーをストレートで飲んでいた。無知とはいえ、自分が呪わしい……。

 さらに、低地(海抜171メートル)と高地(3000メートル)におけるアルコール摂取前後の血液中の酸素濃度を比較した研究もある。これによると、高地では低地に比べて酸素濃度が低くなる。さらにアルコールの摂取後は低地、高地のいずれも酸素濃度が下がることが確認された。つまり、アルコールの摂取がカラダの低酸素状態をより助長していることを示している。

高地では血液中の酸素濃度が低くなるが、アルコール摂取するとさらに酸素濃度が低くなるという傾向が確認された(Roeggla, G. et. al. Ann Intern Med 1995;122:925-927)

■機内は湿度20%! 猛烈に乾いている

 大越院長によると、機内で怖いのは低酸素状態だけではないという。

 「低酸素に加え、機内の乾燥による水分不足にも注意する必要があります。アルコールの利尿作用により水分不足が助長され、エコノミークラス症候群などの健康問題を引き起こす可能性が高まります」(大越院長)

成田-バンコク間のフライト中の機内の湿度と温度の変化。温度はエアコンにより24℃程度に保たれる。一方湿度は、機外から換気で取り入れている空気の湿気が低いために、離陸後30分程度で30%台になり、その後2時間くらいで20%程度になる

 「これが、『機内でのアルコール摂取がエコノミークラス症候群を引き起こす可能性がある』と言われる理由です。エコノミークラス症候群を避けるためにも、アルコールは控えたほうがいいでしょう。特に心臓病などの血管系の病気や生活習慣病をお持ちの方は注意が必要です。また、女性の場合、血栓リスクがあるピルを服用している方は要注意です」(大越院長)

 確かに機内の乾燥は尋常ではない。肌だって、目だってパリッパリになる。そんな状況下になると、左党は「乾燥で喉が渇くからビールで喉を潤そう」と考えがちだが、アルコールは水分補給どころか、脱水を助長してしまうのだ。

 取材後に改めて、航空会社のホームページを見ると、「アルコールは利尿作用があるため、尿が出やすくなってしまい、血液中の水分量が減少して、血栓ができやすくなってしまいます」という注意書きも書いてあるではないか。

■飲酒量はどのくらいに抑えればいいのか

 だが、そうしたことをわかっていても、「やっぱり飲みたい」と思ってしまうのが左党の性。もし機内で飲むとしたら、酒量はどのくらいにすればいいのだろうか。

 「できればお酒は避けていただきたいところですが、『どうしてもお酒を飲みたい』のであれば量を減らしてください。あくまでも目安ですが、日ごろの半分程度にとどめておくのが賢明でしょう。また、アルコール度数の高いウイスキーやブランデーはストレートやロックで飲むとアルコールの影響が出やすくなるため、水で割って飲むようにしましょう。気をつけたいのが、ビールやスパークリングワインなどの炭酸系。機内は胃腸の中の空気が膨張するので、ガス腹にならないようにするためにも、避けたほうが無難です」(大越院長)

 ちなみに、「機内で飲むのがダメなら、乗る前に飲んじゃえ!」はアリなのかと大越院長に問うと、「気圧や湿度などの環境が変わる前に、お酒を飲んで酔っぱらうのはもってのほかです」と即却下されてしまった。確かにアルコールを摂取するのは同じ…愚問だった。

■水分は1時間に100cc摂取すべし

 飲酒量を抑えるほかに注意すべきポイントはないのか。大越院長は、水分をこまめに取ることを強く勧める。

 「水分を多く取ることがとても大切です。食事の水分量も含め、1時間に100cc程度摂取するように心がけましょう。個人差がありますが、体重1キロあたり2ccが適量なので、体重50kgで100cc、体重100kgなら倍の200cc程度取ることをお勧めします。喉が渇く前に、こまめに水を飲むよう心がけましょう」(大越院長)

 こうしたことに加え、血栓予防のためにも「長時間のフライトの場合は、足を曲げたり、伸ばしたりするなどの軽い運動をすることも重要です」と大越院長。女性の場合、弾性ストッキングを身に付けることも有効な手立ての一つだという。また、骨折などで足が固定されている場合は、事前に主治医に相談し、血栓の予防薬を処方してもらうという方法もあるそうだ。

 「色々と脅かしてしまいましたが、怖がることはありません。一番大切なのは『地上とは環境が違う』ということを意識すること。それさえわかっていれば、無茶飲みして泥酔することはまずないでしょう。医師の立場からすれば、飛行機を降りてから飲んでくださいと言いたいところですが…(笑)」(大越院長)

         ◇       ◇       ◇

 長時間のフライトでは、酒を飲むことも大きな楽しみの一つだ。かつては航空会社も「機内でお酒を飲んでいただくのはサービスにつながる」と考えていた。しかし2000年ごろから、エコノミークラス症候群が取り沙汰されるようになり、航空会社の機内でのアルコール提供に対する考え方も変わってきたように思う。ホームページなどでもアルコールの多量の摂取は控えた方がいいことを記載している。

 年末年始は海外旅行をする人も多い。機内で酒を飲み過ぎて具合が悪くなってしまえば、せっかくの楽しい旅行も台無しだ。また、万が一、飛行機が事故に遭った場合、泥酔していたら適切な行動を取りにくくなる。大枚をはたいて行く旅行をつまらないものにしないためにも、機内での飲酒はくれぐれも控えめにしてほしい。

(エッセイスト・酒ジャーナリスト 葉石かおり)

■この人に聞きました

大越裕文(おおこし ひろふみ)さん
 航仁会渡航医学センター西新橋クリニック理事長。大越裕文(おおこし ひろふみ)さん 1981年東京慈恵会医科大学卒業。研修後、東京慈恵会医科大学第一内科助手、ワシントン大学リサーチフェロー、日本航空 健康管理室主席医師などを経て、2008年より現職。日本渡航医学会理事、国際宇宙航空学会アカデミー会員、日本産業衛生学会代議員、NPOヘルスツーリズム振興機構監事、東京慈恵会医科大学非常勤講師。

[日経Gooday 2016年4月22日付記事を再構成]

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