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日本マイクロソフト会長の樋口泰行氏。普通のサラリーマンだったという同氏は、米国留学を経て3つの会社の経営トップを経験、「プロ経営者」の先駆けとなった。激しく経営環境が変化するなか、リーダーには何が求められるのか。12月20日に、2017年3月末の会長退任を発表した樋口氏。連載最終回にあたり、1980年代に生まれた「ミレニアル世代」に向けて熱いメッセージを送る。

◇   ◇   ◇

 私がハーバード大学経営大学院へ経営学修士号(MBA)取得のために留学したのは松下電器産業に入社して10年目の32歳のときだった。「ミレニアル世代」と言われる人たちのなかで1980年代前半に生まれた人たちが今、当時の私の年代になってきている。

日本マイクロソフト会長 樋口泰行氏

日本マイクロソフト会長 樋口泰行氏

私がそうであったように逡巡(しゅんじゅん)の時期を迎えているともいえる。このまま会社で頑張っていけばよいのか、もう一段の飛躍を期すために自分自身になにかを仕掛けなければならないのか。いずれにしても、個人としての作業レベルや生産性が高いか低いかで評価されてきた時期を抜けようとしているがための逡巡だ。

それは言葉を変えれば、自分自身の知識やスキルが武器であり勝負どころであった時期から、グループの生産性をどのように高めたり、人をマネジメントしていくかの時期へと移ろうとしている転換点を迎えている、ということである。そのときに、人としてのタイプの違いや備えている能力、それまでの努力があぶり出されてくる。人材としてのマーケットバリューという意味では、最初の"評価関門"が30歳代半ばに設定されている。

「二刀流」は環境変化に対応する必須の基本能力

とはいえ私は、最初の関門の評価で一喜一憂する必要はないとも思うのだ。マーケットバリューとは一度差がついたらずっと差がついているものではない。勤めている会社、担っている仕事、また同じ仕事でも年齢などによって見えてくる景色は変わり、発揮される能力も変わるからだ。

だが努力すべきポイントはある。まず前回に書いたように日本的なところと欧米的なタフさなど「二刀流」の能力は必須だ。日本企業のグローバル化は必至で、「二刀流」は環境変化に対応する必須の基本的な能力だ。そのために人間としての"帯域幅"の広さも不可欠になる。

その上で、「自分が、自分が」という考え方の捉え直しが必要だ。これは特に外資系企業で見られるパターンだが、自分のキャリアや待遇が大事で、それが個人主義的な考えのなかで終始してしまっているタイプは一流ではない。マインド面では二流なのだ。

人としての器もマインドも一流にするには、まずは少しでも自分の知識やスキルを上げ、自分の任されていることは誰にも頼らずにできるようにする。「上司と相談してみます」ではなく、自分で考えて回答するぐらいの気概が欲しいし、それぐらいはまず勉強だ。

問題はそこからで、人間的な魅力や、なにかを突き詰めて考えたうえで初めて洞察力のようなものが身についてくる。外部との人脈づくりは名刺を交換し、たまに酒を飲みながら懇談すればできると思っている人も多いが、それは人脈ではない。苦労して研さんを積んだ人たちは同調する周波数を発しており、磁石に引きつけられる砂のように集まってくる。こういう人脈こそが重要だ。

グローバル時代の経営課題は30歳代半ばの社員に象徴的に現れる

30歳代の半ばを過ぎると、自分の立ち位置や能力も見えてくるので、そこで人と人とが擦れ合うことによる厚みとでもいうか、得も言われぬ学びが出てくる。30歳代のラーニングカーブ(学習と能力の伸び曲線)は、明らかに20歳代とは違うし、意識すべきことではないかと思う。

30歳代の半ばころからの逡巡と学びの変化は、実は雇用している企業にとっても重要な課題になる。次世代の経営を担ってもらう重要な人材という意味だけではない。特にコンシューマー向けの商品や製品を開発している企業にとっては、ミレニアル世代は重要な市場観測のポイント世代であり、ミレニアル世代の感覚を無視した商品開発や展開はあり得ないのだ。

さらにダイバーシティー(多様性)の課題も絡み合ってくる。例えば女性社員の出産や男性社員の育休、多様な人材や考え方に対する受容力と協調力の育成など、グローバル時代の経営課題が30歳代半ばの社員に象徴的に具現されてくる。

当人たちがこうした自覚を持つ一方で、会社側も若い人にとって魅力的で民主的な職場への改革を続ける。ここが一番気をつけて取り組むべき点だ。さらに会社に対してロイヤルティー(忠誠心)が課題にならず、常に会社の魅力が高まっているので長く働いてもらえるのが正しい姿だろう。

かつてのように会社を辞めると、「出ていった者は裏切り者」と後ろ指をさすような風土は決して許されない。むしろ「出入り自由です。当社は自分たちの魅力で皆さんをひきつけていきますよ」という形にならなければ、これからの時代に競争力を保てないのではないだろうか。

かつてのGEキャピタルで現在はSMFLキャピタルの最高経営責任者(CEO)である安渕聖司さんは、ハーバード・ビジネス・スクールの先輩でもあるのだが、次のようなことをおっしゃっている。

「終身雇用制度が悪いのではない。終身雇用に甘える社員が悪いのであって、終身雇用にふさわしい人にならなければいけない」

味のある言葉だと思う。実際、多くの研修機会を与えるなどの努力がなされているという。社員だけに一方的な能力向上を求めているのではなく、そのために会社も人材育成を経営の中枢的な課題と取り組む。そういう両者の自律的で責任を自覚し合った職場であれば人は長く勤めたいだろうし、長く勤める努力を惜しまないだろう。

こうした経営テーマもまた、ミレニアル世代がマネジメント層へと進むなかで強烈に意識していかなければいけないものだと思うのである。

魔法のような学びも資格もない

「将来を考えると、やはりMBAを取得するなり、経営を集中的に学ぶべきでしょうか」という質問をよくもらう。また「キャリアアップのため」と考えて、いくつもの資格を取得しようとする人たちもいる(資格さえ取ればなんとかなる、と考えている節もあるが)。

こうした疑問を否定するつもりはないが、資格をどう評価するかは日本と米国では随分と事情が違っている点は留意していた方がよい。

米国には多様な人種がおり、当然、多様な考え方がある。そのために見ず知らずの人を判断するときに、なにを根拠に判断していいのか分からないのが実態だ。だからこそ学歴やMBAなどの資格が、「私はこのような人間です。決して怪しい者ではありません」という一種の証明書になる。

対して日本では、各種の資格は「ペーパーテストで判断できる範囲の知識を持っている」ことの証明でしかない。MBAにしても、経営ができるというよりは経営の基礎知識があるだけにすぎない、との評価が強い。

もちろんMBAには他の資格とは違う意味合いはある。必ずしも知識オンリーではない点だ。MBAの授業でのケーススタディーはビジネスの疑似体験になっており、2年間の修業期間中に1日に複数のケースを疑似体験するような仕組みになっている。

私個人の経験では、知識はほとんど覚えておらず、疑似体験を通じてビジネスの判断手法が身体の中に染み入っている感じだ。つまり「MBA的なものの見方」は確かに育てられている。

だからといってすべてのMBA出身者がビジネスの現場で優れたマネジメントを実践したり、EQ(心の知能指数)を高めたり、人から尊敬を得ているわけではない。

つまり、ありきたりで一辺倒な魔法のような学びも資格もない。それが分かった上での学びになっているかどうかだ。

はたして本当に失敗してもよいのか

資格取得でも言えることだが、最近の若いビジネスパーソンは非常にまじめで、勉強もしている。そんな彼らから時折言われるのが、「社長も部長も、『若いうちはどんどん失敗しておけ。失敗を恐れるな。早く失敗する方が早く学ぶぞ』と言うけれど、はたして本当に失敗してもよいのでしょうか」という疑問だ。

いや、これは耳が痛い厳しい疑問だ。発破をかけておきながら、いざ失敗すると「お前の責任だ」と叱責したり、「責任を取って異動だ」となっているケースがまだまだ多いのだ。若い人たちは、そういう社長や上司の矛盾をよく見ているし、感知してもいる。

そういう社長や上司はいる。上司の立場では、失敗を恐れるなと発破をかけるならば、必ず自分も絡んで「連帯責任だ」と言い切るぐらいの度量がないと実にはならない。上司が絡むからこそ、「これ以上やると危ない」と善導もできる。

一方で、「確実に打てるボールが来たら確実に振れ」というチャンスは、それほどあるわけではない。そういうときに「失敗うんぬん」を気にして尻込みしてしまうのは、やはり違う。そうしたときでも、マネジャークラスが同じ気持ちになっていないと失敗の経験は、本人はもちろん組織の栄養にもなっていかない。

若い人たちに、「僕たちはよく分からないから若い人に任せた」と託し、それが度量の大きさだと思っている上司もいる。「新風を吹き込んでほしい」「若い人らしい清新な発想を」などと言うのも、基本的は発想は同じで、その実態は失敗を奨励するどころか、全部押しつけているだけにすぎない場合が多い。

ただ人には2通りあることを忘れてはならないとも思う。つまり体験しなくても本質を学んでしまえる人と、一度は痛い目に遭わないと身に付かない人だ。身に付いたら絶対に同じ失敗を繰り返さないと確信できるのであれば最初の失敗をためらう必要はない。

キャリアでも仕事でも失敗は必要な栄養素だ。ただ、そこからまったく学ばなかったり、同じ失敗を2回続けるとなると「必要」という論理は成り立たない。ひっくり返して言えば、「同じ失敗を2回続けてしない」ぐらいきちんと学ぼうとする覚悟があるならば失敗は無駄ではなく、失敗を上手にマネジメントしたことになる。=おわり

樋口泰行氏(ひぐち・やすゆき)
1980年阪大工卒、松下電器産業(現パナソニック)入社。91年米ハーバード大学経営大学院修了。2003年に日本ヒューレット・パッカード社長。ダイエー社長を経て、08年日本マイクロソフト社長に。15年より現職。

(撮影:有光浩治)

前回掲載「マーケットバリューのある人材は『二刀流』」では、米留学を決意した自らの転機から、価値ある人材になるための条件を考察してもらいました。

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