川瀬賢太郎 神奈川フィルと切り開く音楽の「新世界」
クラシックCD・今月の3点
川瀬賢太郎指揮神奈川フィルハーモニー管弦楽団
神奈川フィルの常任を2014年4月から務める川瀬賢太郎は12月29日の誕生日で32歳、まだ新進の域に属する指揮者である。東京音楽大学で広上淳一教授に師事していた06年、東京国際音楽コンクールに最高位(1位なしの2位)で入賞したのを機に注目を集め、11年には名古屋フィルハーモニー交響楽団の指揮者に迎えられた。留学や国外のコンクールを経ずに内外のオーケストラと共演を重ね、日本を代表する国際的作曲家の細川俊夫が創作したオペラの解釈者としても定評を確立した。何より「僕は音楽が大好きです!」のオーラにあふれ、しっかり読み込んだ楽譜から得たイメージを全身全霊で伝え、オーケストラが持てる最大限のエネルギー、表現、響きを引き出す力に秀でている。ふだんは、どこにでもいる同世代の若者と変わらないが、いざ指揮台に立つと全く別種の輝きを放つ。今年は6月に神奈川フィル、名古屋フィル合同演奏によるショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」を横浜、名古屋の両市で指揮して大成功を収めたほか、11月に東京・日比谷の日生劇場が田尾下哲の演出で制作したモーツァルトのジングシュピール(歌芝居)、「後宮からの逃走」でも読売日本交響楽団とともに、精彩に富んだ管弦楽を現出させた。15年7月10日、横浜みなとみらいホールの神奈川フィル第311回定期演奏会ではドヴォルザークの傑作交響曲、「新世界より」に真正面から挑み、何も変わったことはしていないのに非常に新鮮で、キラキラ輝く大河のようなドラマを描き出した。ライブ録音盤も希望の光に満たされ、新しい年への備えとして聴くにふさわしい。(フォンテック)
児玉麻里&児玉桃(ピアノ・デュオ)
ピアニストの児玉姉妹、姉の麻里と妹の桃は日本経済が高度成長を謳歌し、世界に羽ばたいた時代がはぐくみ、最も成功した音楽家の部類に属する。ともに大阪府で生まれたが、銀行員だった父の転勤により幼少期に欧州へ渡り、パリ音楽院などで研さんを積んだ。父は任期満了が迫ると関連企業へ転籍を申し出て欧州にとどまり、娘たちがプロフェッショナルなキャリアを歩み出すまで見届けた。麻里の夫で日系米国人の指揮者、ケント・ナガノの指揮で2台のピアノのための協奏曲を弾いたり、日本でもストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」の2台ピアノ編曲版で共演したりしたことはあったが、2人一緒の録音は今回が初めて。1台のピアノを2人で奏でる4手連弾用に編曲されたチャイコフスキーの「三大バレエ音楽」という選曲自体が意表をつくが、それぞれの編曲者の顔ぶれがまた、すごい。「眠りの森の美女」はラフマニノフ、「くるみ割り人形」はアレンスキー、「白鳥の湖」は「情景」「4羽の白鳥の踊り」「パ・ド・ドゥ」がランゲリ、「ロシアの踊り」「スペインの踊り」「ナポリの踊り」がドビュッシー。いずれもチャイコフスキーの存命中に編曲され、作曲者本人にも好評だったという。それぞれ第1級のソリストである児玉姉妹の連弾はことさら「ロシア節」を強調せずとも、純粋なピアニズムの妙で高い芸術性、強い説得力を備え、耳をひきつける。クリスマスの定番、「くるみ割り人形」の少し趣向を変えたプレゼントにも最適だろう。オランダの「ペンタトーン」原盤。(キングインターナショナル)
中村紘子(ピアノ)、飯森範親指揮東京交響楽団
一演奏家の枠を超え、コンクールやアカデミーの運営、審査員、文筆など多方面で活躍した才人ピアニストは今年7月26日、72歳の誕生日の翌日に亡くなった。生涯最後の演奏会は5月8日、淡路島の洲本市でのリサイタルだったが、オーケストラとの協奏曲の実演は4月30日にミューザ川崎シンフォニーホール、5月4日にオリンパスホール八王子の2回、飯森範親指揮の東京交響楽団と共演したモーツァルト、ピアノ協奏曲第24番(ハ短調K.491)が「白鳥の歌」となった。このCDには両方の演奏、つまり同じハ短調協奏曲が2通り収めてある。私は川崎の演奏を聴いたが、一切の誇張や虚飾を排し、完全な脱力とともにモーツァルトの音を端正につむぐピアニズムに、新たな境地の到来を確信。「この展開には、今まで『アンチ紘子』だった人も、納得するのではないか」と考えた。第1楽章のカデンツァは以前に弾いた自作、リリー・クラウス作曲のいずれでもなく、聴き慣れないものだったが、たいそう情熱的でロマンチックに盛り上がる。終演後の楽屋で本人に尋ねたところ、「ブラームスの作曲よ」と教えてくれた。八王子の演奏も基本に変わりはないが、思いがけず長期に及んだ闘病休養の後の復帰演奏会に当たった川崎に比べると、緊張が良い部分で和らいだところ、やや力尽きたかにみえるところが交錯し、複雑な思いにとらわれる。東京交響楽団は中村のピアノ、秋山和慶指揮のニューイヤーコンサートを37年にわたって開催するなど、最も縁の深いオーケストラでありながら、共演盤を録音する機会に恵まれなかった。山形交響楽団でモーツァルトの交響曲全曲演奏を達成した飯森の指揮も手堅い。追悼ライブ盤とはいえ、長年のコラボレーションの終着点が日の目をみて、よかった。(ドリーミュージック)
(池田卓夫)
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