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若林かをり フルート独奏が開く幽玄の世界

2016/12/17

 フルート奏者の若林かをりさんが一人だけの独奏シリーズ公演を続けている。ピアノなどの伴奏が無い独奏曲には日本的な「間」を思わせる作品が多いと指摘し、日本の現代音楽を中心にソロの魅力を伝えている。現代フルート独奏曲の源流であるドビュッシーの「シランクス」を吹きながら、尺八にも通じる幽玄の世界を語る。

 1本のフルートから日本の民謡や演歌にも通じる五音音階ふうの旋律が聞こえてくる。フランス印象主義もしくは象徴主義の作曲家クロード・ドビュッシー(1862~1918年)。長調とも短調ともいえない曖昧な調性、西洋音楽の伝統から外れた独特の和声美によって、現代音楽への道を切り開いた作曲家といわれる。とりわけ珍しい作品が演奏時間3分足らずのフルート独奏曲「シランクス」だ。

現代フルート独奏曲の先駆け

 シランクスとはギリシャ神話で牧神のパンに一目ぼれされ、葦(あし)に姿を変え、パン神の葦笛になった妖精のこと。ドビュッシーの代表的な管弦楽曲「牧神の午後への前奏曲」にも通じる夢幻的な音楽で、両曲ともにフルートはパン神の葦笛を象徴している。

ドビュッシーのフルート独奏曲「シランクス」を演奏する若林かをりさん(12月9日、東京都中央区のヤマハ銀座別館アトリエ東京)=撮影 金谷亮介

 「シランクス」について若林さんは「現代仕様のフルートのために書かれた独奏曲の先駆け」と説明する。「シランクス以前はバロック時代まで遡らないと無伴奏フルートの曲があまりない。シランクス以後に盛んに作曲されるようになった」。12月9日、ヤマハ銀座別館アトリエ東京のサロンで若林さんが練習で吹いたのは、1909年パリ製の名器「ルイ・ロット」。「ドビュッシーがシランクスを作曲する4年前に製作されたフルート。この楽器を念頭に置いてドビュッシーは作曲したに違いない」と話す。現代フルートに比べ牧歌的で柔らかい音色を出し、「笛」のイメージが強い。

能楽のような独特の「間」

 「シランクスには日本の能のような、独特の『間』がある」と若林さんは言う。東京芸術大学を卒業後、欧州に留学し、仏ストラスブール音楽院とスイスのルガーノ音楽院修士課程を最高位の評価で卒業・修了した。ルガーノ音楽院に留学中の研究論文でテーマに選んだのも西洋音楽における「間」についてだった。ドビュッシーの生きた時代のフランスには、能楽やインドネシアのガムラン音楽などアジア文化が流れ込んだ。「欧州留学で自分がいかに日本人であるかを痛感した」と言う若林さんは、西洋の近現代音楽の中に日本の伝統音楽の影響を探し求めるようになった。

無伴奏フルートの魅力を語る若林かをりさん(12月9日、東京都中央区のヤマハ銀座別館アトリエ東京)=撮影 池田啓輔

 2年前に帰国し、2015年から年2回のペースで始めたのが、無伴奏フルートによる現代音楽のシリーズ公演「若林かをり フルーティッシモ!~フルートソロの可能性~」だ。11月5日、「武満徹没後20年に」との副題を付けた「フルーティッシモ!」の第3回公演を聴いた。最大客席数120席のこぢんまりとした近江楽堂(東京・新宿)で午前11時から催された。秋の朝のひんやりとした空気が、オブジェのように抽象的で静謐(せいひつ)な現代音楽の響きに合う。時に尺八の音色にも似たフルートが、鈴木博義の「二つの声」、武満徹の「ヴォイス」「エア」といった無伴奏作品を吹いていく。このリサイタルの冒頭で若林さんが演奏したのが「シランクス」だった。

 礼拝堂のような近江楽堂の照明が消え、明かり取り窓から午前の薄明だけが差す中、若林さんの吹く神秘的な「シランクス」が静かに流れ始めた。フレーズごとの無音の「間」が印象に残る。音数の少ない透き通った響きは、ドビュッシーとほぼ同時代のマーラーやリヒャルト・シュトラウスらドイツ・オーストリア後期ロマン派の重厚長大な管弦楽曲とは異質の世界だ。音がすいているのに奥深いものを感じさせる。幽玄の世界ともいえそうだ。

フルート1本がつなぐドビュッシーと日本

 「シランクス」はフランスの近代音楽なのだろうが、この曲から武満徹ら日本の現代音楽が続けて演奏されても違和感がない。「どこか日本の響きが感じられると思いませんか」と若林さんは公演中に来客に問いかけた。冒頭の「シランクス」のおかげなのか、特殊奏法を駆使した湯浅譲二氏の「領域」のような難解な作品も聴きやすく感じられた。来場していた湯浅氏の説明によれば、「領域」という曲はまさに「日本の伝統を支える時間、能のような時間」への関わりを映し出す作品なのだそうだ。そもそもドビュッシーは武満徹が特に好んだ作曲家だ。ドビュッシーと日本の現代音楽が1本のフルートでつながる公演だった。

ドビュッシーが生きた時代の1909年パリ製フルート「ルイ・ロット」を吹く若林かをりさん(12月9日、東京都中央区のヤマハ銀座別館アトリエ東京)=撮影 金谷亮介

 若林さんは東京芸大に通っていた頃、「みんな演奏がうまくて、しかも絶対に間違ってはいけないと言われてスランプに陥った」。そんな時期、イタリアの世界的フルート奏者マリオ・カローリ氏による現代音楽の演奏を聴いた。「間違わないよう気にしてばかりいるのではなく、表現すればいいんだと思い知った」。これで彼女は現代音楽に開眼し、その後、カローリ氏に師事した。「フランスでは現代音楽の奏法について勉強した。フルートの特殊奏法を使った独奏作品がとても多いと思った。しかも各作曲家は特殊奏法の使い方が異なるので、それぞれ独自の世界観が広がっていた」。2017年4月14日と10月21日に近江楽堂で開く第4回と第5回の公演では、イタリア現代音楽を代表する作曲家サルヴァトーレ・シャリーノ氏の作品を取り上げる。

 フルート奏者といえば、オーケストラや室内楽のメンバー、あるいはピアニストと共演するのが普通のイメージだろう。若林さんも17年1月28日にバイオリニストの佐藤一紀氏らと「モーツァルト/フルート四重奏曲全曲演奏会」をしがぎんホール(大津市)で催すなど、古典派やロマン派作品での共演も手掛けている。しかし「フルート1本だけでも多くの様々な作品を演奏できる。フルート独奏には無限の可能性がある」と主張する。「間」や「無」をも響きに変える無伴奏フルートが幽玄の世界を切り開く。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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