家族が認知症になったとき、やってはいけないNG行動
細かい指摘や小言は、逆効果
認知症の初期では、まだ認知機能が保たれているので、一人でも日常生活を行える。しかし、何事も完璧にこなせるというわけにはいかない。
例えば、認知症になると、初期の段階から、燃えるごみの中にアルミ缶を入れてしまう、食器に洗剤が付いたまま、うっかり食器かごに上げてしまうといったささいな失敗が、増えてくる。問題は、そんなときの家族の対応だ。
失敗が何度か続くと、「ゴミはきちんと分別してよ」「ちゃんと洗剤を落とさないとだめでしょう」と、細かく指摘してしまいがち。家族としては、きちんとした生活に戻ってほしくて言うわけだが、この行為はむしろ逆効果になると東京都健康長寿医療センター研究所の伊東美緒氏は話す。
「認知症の初期は、ご自身だけでなく、ご家族も認知症を認めたくない傾向があります。そのために、ご家族がしてしまう行動の中には、認知症の人を混乱させてしまうものがあります。失敗を細かく指摘する行為もその一つです。認知症のタイプにもよりますが、アルツハイマー型認知症の場合、実際にはできていなくても、自分ではちゃんとできているつもり、という場合が少なくありません」と伊東氏。
つまり、家族がよかれと思って言ったことでも、認知症の本人にとっては、「私が食器を洗ってあげているのに、なんで文句ばかり言うんだろう」と納得できない状態なのだ。これが続くと、「うるさい!」という反応になって、口論につながってしまう。
「認知症の人は、言語機能も衰えてくるので、口論になっても、言葉数ではなかなか勝てません。そのため、イライラが募り、『もういい、出ていく』と飛び出してしまったり、あるいは"自分ではやっているはずなのに、私はおかしいのだろうか"と不安が募って、うつ状態に陥ってしまうこともあります」と伊東氏は話す。
よかれと思ってやらせる「脳トレ」も逆効果になることが…
脳トレを無理強いするという行為も、初期の認知症で家族がしてしまいがちな行動だと、伊東氏は指摘する。家族としては、脳の機能が落ちないように、あるいは元に戻るようにと、必死の思いで、脳トレ本などを買ってくるわけだが、子供がやるような計算ドリルをやらされることに、本人が乗り気でない場合も少なくない。
「認知症のご本人が、好きで脳トレに取り組むならいいのですが、周りがあれこれ強制すると、それがストレスになってしまいます。また、計算などは徐々にできなくなってくるので、最初は3ケタの計算ができていたのに、2ケタしかできなくなり、2ケタも難しくなってくるのを、計算ドリルをすることで本人に気付かせることになります。そうすると、ああ、こんなこともできなくなってしまったと落ち込んでしまい、それが、うつ状態を引き起こすきっかけにもなりかねません」と伊東氏は話す。
3ケタの計算ができなくても老後の生活は十分していける。それよりも「3ケタの計算ができなくなった」と落ち込むほうが、認知症の人にとっては悪影響なのである。
口論によるストレスを減らす工夫がお互いのため
「認知症の初期の段階で、ご家族に意識していただきたいのは、認知症は特別なものではないということ。年を取れば、うっかりゴミを出し間違えることなんてあるよね、とゆったりと構えることが大切なのです」と伊東氏は話す。
燃えるごみにアルミ缶が入っていたら、家族がこっそり出しておく。食器に泡がついていたら、こっそり水洗いしておく。家族がフォローすることで、口論が減る。口論を減らすことは、認知症の本人だけでなく、家族にとってもストレスを減らすことにつながる、というわけだ。
「そうはいっても、ぶつかってしまうこともあると思います。そんなときは、自分を責めないことが大切です。またやってしまったと落ち込まれるご家族がいますが、家族だから、ぶつかってしまうのはしょうがないと思うことも大事です」と伊東氏。
周囲に隠すデメリットより隠さないメリットの方が大きい
もうひとつ、初期の認知症に限らず、認知症全体に関わる大きな問題がある。それは偏見だ。近年、認知症の情報が、テレビや新聞、インターネットなどで紹介されるようになり、認知症に対する意識はだいぶ変わってきた。しかし、いまだに認知症に対する偏見があり、隠してしまう家族も少なくない。近所にはもちろん、地域包括支援センターや医療機関への相談もしない。
伊東氏は、「認知症は隠そうとすればするほど、苦しくなります」と話す。「狭い空間で、少ない家族と四六時中、一緒に過ごし、同じことを繰り返し言ったり、聞かれたりするようになるわけですから、ストレスも大きくなり、口論も絶えなくなります」
また、認知症を隠すということは、家に閉じ込めて出さない行為につながっていくと伊東氏は指摘する。
「例えば、アルツハイマー型認知症の場合、じっとしていられないという特徴があります。一人で勝手に外に出て、迷子になると困ると思って、家族がちょっと買い物に行くときに、部屋に鍵をかけてしまうのです。本人はじっとしていられないのに、じっとしていなさいと言われるので、意地でも出ようとします。ドアから出られないなら、窓からという感じで、危険な出方をしてしまうこともあります。そして、そこから逃げようと思うので、遠くへ行く徘徊(はいかい)になってしまいます。閉じ込められる恐怖心がなければその辺を回って戻ってくることがあるのですが、閉じ込めようとすると、症状を悪化させてしまうのです」と伊東氏。
認知症が進行して生活障害が出てくるようになると、外から見ても変化が分かるようになる。その結果、近所から、「あの家はいつも大声でけんかしている」「ゴミがたまっているようだ」と苦情が出て、ようやく地域包括支援センターや行政が介入するようになる。
「認知症は、誰にでも降りかかってくる問題です。親、親戚、近所、自分自身がなる可能性があるので、うちの母が、うちのおじいちゃんが、というように、ご近所同士で情報を提供し合い、助け合っていくことが、これからは必要になってくると思います」と伊東氏は話す。
周囲に話すとサポートを得られやすくなる
周囲に話すことで、良好なサポートを得た例として、伊東氏は、「認知症になった男性の娘さんが、 『父が認知症で外に出てしまうので、ご迷惑をおかけするかもしれません。もし外で見かけたら、家に帰るよう声かけをしていただけないか』 と、自治会の集まりでお願いしたケース」を紹介してくれた。
その男性は認知症になる前までは自治会長をやっていて人望も厚かったという。娘夫婦は共働きで、日中に家にいられない。見栄を張っている場合ではないということで、助けを求めたのだ。すると、「会長さんには以前お世話になったので、できることはやらせていただきます」と言って、多くの人が、声かけだけでなく、わざわざ家まで来て見守りをしてくれたり、話し相手をしてくれたという。
それだけでもありがたい話だが、地域の人の協力を得られたメリットは、それだけにとどまらない。そのおかげで、娘さんがやらずに済んだことがあるのだ。それは「介護離職」だ。
「大切なのは、割り切れるかどうか。もし、協力を求めなければ、娘さんは仕事を辞めるしかなかったでしょう。しかし、介護で仕事を辞めてしまったら、介護が終わった後の生活はどうなるのでしょうか。その後の生活設計、自分の人生を考えたら、認知症を隠すのではなく、周りに相談する方が、利があることは明らかです」と伊東氏は話した。
日ごろからのご近所との関係作りが生きてくる
伊東氏は「ただ、自分が認知症になった場合を考えると、以前から、ご近所と仲が悪ければ、協力など得られないでしょう。つまり、若いうちにどれだけご近所付き合いをうまくやってきたか、地域に貢献してきたかということも大切になってきます」と話した。
近年、子供の声がうるさいといった、ご近所トラブルも多いようだが、うるさいと怒鳴り込む前に、「待てよ? 将来、助けてもらうかも」と考えたら、「元気がいいね。お母さんは大変ですね」と言えるのではないだろうか。
(ライター 伊藤左知子)
この人に聞きました
東京都健康長寿医療センター研究所 福祉と生活ケア研究チーム研究員。東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科博士後期課程修了(看護学博士)。病院および訪問看護ステーションへの勤務を経て、東京都健康長寿医療センターへ。介護施設、在宅、病院における認知症ケアをテーマとして取り組み、日本老年看護学会にて研究論文奨励賞を受賞。著書に『認知症の方の想いを探る~関係性から認知症症状を読み解く~』(介護労働安定センター)。現在はユマニチュードの普及・研究活動にも携わっている。
[日経Gooday 2016年6月20日付記事を再構成]
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