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創業者が去った「工具のアマゾン」 41歳社長の克服法 モノタロウ社長 鈴木雅哉氏

2016/12/24

「工具のアマゾン」と呼ばれるインターネット通信販売のMonotaRO(モノタロウ)。突如、LIXILグループの社長に抜てきされた瀬戸欣哉氏が起業したネット企業としても知られている。モノタロウ社長の鈴木雅哉氏(41)は36歳で瀬戸氏からバトンを引き継ぎ、高成長を実現してきた。実質的な創業者の瀬戸氏が会長に就き、経営から退いたときにモノタロウが導入した新たな技とは何か。鈴木氏に聞いた。

■瀬戸氏とモノタロウ立ち上げ

モノタロウ社長 鈴木雅哉氏

「もう毎朝、会社に来ないから」。2012年3月、瀬戸氏は社長の椅子を鈴木氏に譲り、会長になると同時にこう宣言し、大阪の本社から去った。「会長と社長が同じオフィスにいたら、いつまでもトップは変わらない」と京都に事務所を設け、モノタロウの親会社で米資材流通大手、グレンジャーのアジア部門の仕事に注力した。

瀬戸氏と鈴木氏は住友商事時代からの上司と部下の間柄。鈴木氏が入社2年目で鉄鋼部門の電子商取引担当になったときからの先輩で、15歳も年上だ。2000年にわずか6人でモノタロウ創設に汗を流した。もともと同社は住商とグレンジャーの合弁事業としてスタート。瀬戸氏の強烈なリーダーシップの下で、機械加工や建築現場の工具などネット通販で急成長した。鈴木氏は06年に一旦住商に戻ったのち、楽天に転職。そこでマーケティング力を磨いた。そして約1年後に瀬戸氏の元に戻った。

11年秋ごろだった。瀬戸氏から「来年から社長を替わろうと思う」といわれた。理由は「社長を10年もすれば、社員が『ノー』と言わなくなるから、会社が活性化しなくなる」。だが、鈴木氏は当時はまだ36歳だった。瀬戸氏は「今そして10年後の社長としては俺の方が能力は上だろうが、20年後を考えると今、交代すべきだと思う」と説得。しかし、鈴木氏は不安に駆られた。

「瀬戸さんがいつも自分のコーチだった」。しかし、瀬戸氏は常に成長を求める挑戦者。後ろを振り返り、立ち止まることはない。

瀬戸氏は親会社のグレンジャーのアジア部門の責任者として中国市場などを次々開拓、続いてロンドンに本拠を移し、グレンジャーの全世界のオンライン部門を担った。会長としてモノタロウの役員会には出るが、「日本はおまえに任せた」とばかり、あえて距離をとってくる。

■組織拡大 部下は8人まで

モノタロウ会長で、LIXILグループ社長の瀬戸欣哉氏

鈴木氏も無我夢中で働いた。12時間以上の勤務は当たり前、土日をつぶした海外出張も次々こなした。モノタロウの収益も急拡大した。17年3月期の連結売上高は前期比20.3%増の693億円を見込む。営業利益率は13.5%と高水準だ。社員は鈴木氏が社長になったときの2倍の250人規模に膨らんだ。

組織が急速に拡大するなか、鈴木氏は1人の上司は8人までの部下をマネジメントする体制とした。鈴木氏は年2回、250人の全社員を面談するが、各チームリーダーには毎週面談し、一方で全体会議を行うことを義務付けた。「10人以上では会議をしても、発言が出てこなくなるし、とても部下を管理できない」からだ。マネジメントを改善しながら、高収益体制を構築した。

15年末、驚くニュースが流れた。瀬戸氏がLIXILグループ社長になるという。鈴木氏は「次は大企業経営に挑むのか」と驚きつつ、瀬戸さんらしい選択だと納得した。

■鈴木氏、コーチング受ける

「コーチングを受けよう」。鈴木氏は社長就任以来考えていたことを実行することにした。この5年、猪突(ちょとつ)猛進で社長業にまい進した。その日の仕事は終わりきるまでやりきることにしていた。しかし、「トップとして余りにもはやく走りすぎた。このままだと、1~2年後はまずいんじゃないか。自分の中で時間をうまく使えていない」と悩む。疲れがどっと身体に押し寄せていた。

米国では経営者など企業幹部がコーチングを受けるのは常識だ。有名なビジネスコーチも少なくないが、日本でまだ定着していない。「『導いてやる』という上から目線のコーチは嫌だな」と思いつつ、何人かと面談した。選んだのは研修プログラムなどを手がけるビジネスコーチ(東京・千代田)の専務で元アクセンチュアの橋場剛氏。年齢は42歳でほぼ同年配、「ドンドン本音で話してください」というタイプだった。

橋場氏は「相手を引き出す」がモットー。上司は部下に適切な質問をして、部下の成長に生かすという考え方を持っていた。15年末から、2~3週に1度1時間程度のコーチングがスタートした。鈴木氏はビジネス上の悩みを含め、ベラベラと橋場氏にしゃべった。そうするうちに、頭が整理されたり、パッとひらめくことがあった。

「口に出すと、モヤモヤがすっきり晴れることがある」と鈴木氏は気づいた。コーチングは10カ月程度続いた。橋場氏は聞き役に回ったり、時にはこんないい本があるとビジネス書などを紹介してくれた。

コーチングで「心持ちのありようが変わってきた」という

鈴木氏の課題は効率的な時間の使い方にあった。「とにかく仕事が終わるまでやり続ける」ことにこだわったが、「1時間の会議を45分で終わらせるためにどうしたらいいのか」「終わるまでやり続けるのではなく、最後の時間を守ろう」という新たな発想にもとづく働き方を考え始めた。会議の議題を事前に全部提出させておけばいい、会議がスタート時に全員がそろうようにすればいい。職場の時間管理の改善を次々図った。

この1~2カ月で物理的な時間の余裕を持てるようになった。いまスポーツジムに通っている。「体調がよくなってきた。ほら姿勢もよくなった」と鈴木氏は笑う。モノタロウでは現在、部門長クラスの幹部がコーチングを受け始めている。

「心持ちのありようが変わってきた」という鈴木氏。瀬戸氏という偉大なる「コーチ」からバトンを受け取って5年。「あと5年、社長をやるかどうか分かりません。しかし、ネット業界の激しい変化のなかで、『昔、モノタロウという会社があったよな』といわれないようにしたい」と語った。

鈴木雅哉氏(すずき・まさや)
1975年生まれ。98年立教大学社会学部卒業後、住友商事入社。2000年モノタロウに出向。06年楽天に転職、07年モノタロウに再入社。12年から現職。

(代慶達也)

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