「あら、こんにちは」「今日は寒いわね」。毎月15日、神奈川県茅ケ崎市のJR茅ケ崎駅前にある中央労働金庫茅ケ崎支店内のコミュニティースペースに65歳以上の人たちが集まり、おしゃべりに花を咲かす。
同市は4月、高齢者の外出を後押ししようと、市内の協賛店舗(約130店)で割引サービスなどが受けられる優待事業を開始。金庫では営業する午前9時から午後3時までならいつでも、市が65歳以上の人たちに交付する「優待カード」を示せば、金庫と取引のない人でも同スペースを利用できる。金庫は、お茶とお菓子を用意し、もてなす。
市内に住む高齢者(65歳以上)約6万人のうち、優待カードを持っているのは約1万2千人。毎月、金庫を訪れる篠原良子さんは「こうした地域の高齢者が立ち寄れる場所があるのはいい。外出するいいきっかけになる。楽しみに集まる人も多い」と話す。
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閉じこもりは一般に、「生活時間の多くを家の中で過ごし、外出や人との接触といった活動の機会や意欲が減少する状態」(首都大学東京の藺牟田洋美准教授)をさす。厚生労働省では、外出頻度が「週1回未満」の人を閉じこもりとしている。高齢者の1~2割が閉じこもりに該当するとする専門家もいる。
高齢者の閉じこもりは「寝たきりや要介護状態を引き起こす原因の一つになる」(同省)。東京都健康長寿医療センター研究所によると、外出することが認知症予防のために重要で、よく歩く人の方が認知機能障害が発生しにくいことが明らかになっている。
藺牟田准教授が山形市で実施した調査では、閉じこもりの高齢者の3割が1年後に寝たきり状態になったという。
閉じこもりの高齢者に外出を促す際にカギとなるのは「動機づけ」。何も目的がないのに外出を勧めることは本人に不快感を与えかねない。家族など周囲が、好きなことや関心を持ちそうなことを聞いて、スポーツやイベント、新規開店した店などに「自然と足が向くよう促す」(藺牟田准教授)のが大事だ。
2年間、閉じこもっていた70代の男性の場合は「海外から帰ってきた孫から一緒に散歩しようと誘われたのがきっかけで、外出するようになった」という。
動機づけと並んで、外出を促すうえで大切なのが「不安感の解消」だ。高齢者が外出をためらう理由の一つにトイレの不安がある。頻尿や尿漏れの心配があると、外出がおっくうになる。ユニ・チャームの調査によると、60~70歳代の尿漏れ経験者の6割以上が「長時間の外出が不安」と回答している。
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こうした不安解消に役立つのがトイレ情報。NPO法人のCheck(チェック、東京・世田谷)が運営する情報サイト「チェック ア トイレット」は、車いす用スペースなどを備える「多機能トイレ」約6万7千件を地図上に表示する。
多機能トイレは増えてはいるが、場所は自治体や施設がパンフレットなどに示すだけでわかりにくかった。同サイトは自治体や事業者からの情報と、個人らの口コミ情報を幅広く集めている。「全国にある多機能トイレの70~80%をカバーしている」(Checkの金子健二代表理事)といい、スマートフォン(スマホ)用アプリもある。
パソコンが苦手な高齢者は「子どもや孫に頼んで地図をプリントアウトしてもらうといい」(金子代表理事)。高齢者の利用を想定して紙のトイレ地図も作製。9月の岸和田だんじり祭りでは、会場で1万部の地図を配布した。
栃木県足利市も市内の多目的トイレを紹介する「あしかが・みんなのトイレマップ」を作製した。市内85カ所のトイレの場所や利用可能時間などを地図と一覧表で一目で分かるようにしている。ホームページからダウンロードもできる。
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閉じこもりの解消へ きめ細かい支援必要
茅ケ崎市は市内に住む高齢者約4500人を対象に1週間の外出頻度を調査した。「週に1日くらい」と「ほとんど外出しない」と回答した人の理由(複数回答)は、「体力面に不安がある」が30.3%で最も多かった。「外出するのが面倒」が25.7%、「きっかけや用事がない」が25.2%などと続く。
閉じこもりになる原因は様々。調査結果は、体力が低下したり疾患があったりして外出が自由にできなくなる例が多いことを裏付けているが、「外出する意欲」を高めさえすれば、閉じこもりの解消につながる可能性もうかがわせている。外出する習慣を持つことで、新しい刺激を得る機会や社会との関わりを維持することができる。
ただ、人混みが嫌い、他人とのコミュニケーションが苦手という人もおり、首都大学東京の藺牟田洋美准教授は「一人ひとりの価値観を尊重し、その人に合ったきめ細かい支援が必要」という。藺牟田准教授は、自らの人生を回想することで自信を取り戻す心理療法「ライフレビュー」を活用して閉じこもり解消に取り組んでいる。
(大橋正也)
[日本経済新聞夕刊2016年12月14日付]