「社長失格」を経てわかった働く上で大事なことBCGデジタルベンチャーズ パートナー 平井陽一朗氏(下)

ウォルト・ディズニー・ジャパンでCSチャンネルの立ち上げに携わった平井陽一朗氏は、32歳でオリコンの小池恒社長にスカウトされ、副社長執行役員兼最高執行責任者(COO)に就任した。事業拡大の実績を携えて、東証1部上場で携帯コンテンツ開発を手がけるザッパラス社長に就任するも、間もなく「社長失格」を痛感する壁にもぶつかった。古巣のボストン コンサルティング グループ(BCG)に戻って4年たった今、それらの経験をどう感じているのだろうか。

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オリコンに入社したのは2006年の暮れ。入社初日、席に着く間もなく、小池社長から「平井君、すぐに来てくれ!」と社長室に呼ばれました。そして、「これどう思う?」と、ある重要案件に関する意見を求められました。

この時、僕はふたつの変化に気がつきました。ひとつは、小池社長が僕を「平井君」と呼んだこと。それまでは「平井さん」と呼ばれていましたから、言葉ひとつで、自分の立場が変わったことを実感しました。

もうひとつは、それまでにない「スピード感」です。入社して3分で重要案件を巡る議論のまっただ中に放り込まれたことで、自分に課せられた責任の重さを感じました。

35歳で社長に就任するも、2年で退任

任されたのは、部下が約60人ほどのモバイル部門です。当初こそすったもんだはありましたけれど、在籍していた3年強で順調に事業を拡大し、当時のオリコン全体のかなりの売り上げ・利益を稼ぐまでにしましたから、それなりに調子に乗っていたとは思います。というよりも、乗りすぎちゃいました。

その後、オリコンでの業務などとも関係して、成り行きでザッパラスの社長に就任することになったのが35歳の時。同じ35歳で現オリコンの原型をつくった小池社長も快く送り出してくれましたし、かなりイケイケでした。

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