ジャパネットはなぜ家電量販店にならなかったのか?ジャパネットたかた前社長 高田明氏(11)

通信販売大手ジャパネットたかた。前社長の高田明氏はテレビ通販王国を一代で築き、お茶の間の人気者ともなりました。朝から晩までテレビカメラの前に立ち続け、「伝える」ということを追究してきた高田氏。順調に事業を成長させてきましたが、「『今』という瞬間をただやり通しただけ」と話します。その「一生懸命、その瞬間を生きること」こそが高田氏を成功に導いたのです。

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今日はジャパネットたかたの1990~2000年代の歩みを振り返ってみましょう。テレビ通販に参入したのは1994年で、自社のスタジオを開設したのが2001年でした。店売りからラジオ通販に進出し、それからテレビ通販に広げ、新聞チラシ・カタログの紙媒体、インターネット通販へと業容を広げてきました。現在ジャパネットは、ラジオ、テレビ、紙、インターネットという4つの媒体を使うメディアミックス戦略をしています。どうしてそうなったのでしょうか?

目の前にあったやるべきことを単に実行しただけ

答えは、その時々で目の前にあったやるべきことを単に実行しただけで、自然に出来上がったのです。自分が求めるものと、時代が求めるものが、自分なりに試行錯誤でやっているうちに一致してきたのかなと思います。通販というマーケティングが日本に根付き始め、1990年代半ばからインターネットという新しい市場ができた。IT(情報技術)の進歩で誰もが手軽に情報にアクセスできる時代を迎えた。これらの変化を僕は予測していたわけではないのです。

ジャパネットたかた前社長 高田明氏

極端に言えば、「今」という瞬間をただやり通しただけです。私が現在、代表取締役を務めている会社の社名「A and Live(エー・アンド・ライブ)」(「今を生き生きと生きる世の中にしたい」という思いから命名)が示すように、「今を生きる」ということです。「生きたつもり」にならず、今を一生懸命生きる。瞬間瞬間を生き続けた結果として、ラジオに行き着き、ラジオを一生懸命やっていたらテレビに出合い出会い、テレビを一生懸命やっていたら自社スタジオをつくらなければ(家電の新製品競争の)スピードに勝てないとなって自社スタジオを構えました。

そうこうするうちに今度はラジオ、テレビだけのメディアを使うのでは、ご年配の方はちょっと抵抗があるんじゃないか、と考えてチラシ・カタログの紙メディアをやり始めた。17、18年前のことです。ラジオ・テレビの通販番組では購入意欲がわかなかった方でも、紙でじっくり見れば商品を買ってくれるのかな、と思ったのです。次に、インターネットが出てきた、「時代が求めるものがネットなのだろう」と判断しネット通販に進出しました。瞬間瞬間に自分らが向き合ってきただけのことで、特別なことは何もしていないのです。やっていたらいつの間にか、今のジャパネットになっていたというのはこういうわけです。

次のブームを考えていると、お客さんが求めているものが見えてきた

私は最初、長崎県佐世保市の三川内という場所でカメラ店を開きました。「写真フィルムを集めるにはどうしたらいいか」とか、「カメラだけじゃ面白くないな~」と思っていたところに、ソニーがビデオカメラ(ムービー)を発売した。「すごい商品が出た」とビデオカメラを売り始めました。次にカラオケが流行し始めたので長崎市まで出て行ってパイオニアと契約してカラオケの機器を扱い始めました。目の前のビジネスチャンスを敏感に感じ取り、「次(のブーム)は何だろう?」と考えていると、時代が求めているのが、つまりお客さんが求めているものが見えてきました。そこで自分の直感を信じてすぐ動いただけなのです。

振り出しがカメラ店だったので、カメラ製品ならリコーでもヤシカ(現・京セラのカメラ部門)などなんでもそろいました。しかし、他ジャンルの商品はそれぞれのメーカーに行って商談しました。今みたいに全てのメーカー製品がそろう家電量販店のような業態がなかった時代です。シャープ、ソニーなどの製品を扱い始めたら、なじみのお客さんが関心を持ってくれて次々契約先を増やして売っていきました。

家電量販店よりも「全国ネット」

読者の中には、「なぜジャパネットは量販店の方向に進まなかったのだろう」と疑問に思う人がいるかもしれませんね? もしラジオに出合わなかったらそっちの方向にいっていたかもしれません。最初の店を出してから、佐世保近辺で店舗を増やしていきました。最初は「人口1万人の街ごとに手軽に写真フィルムを現像できる現像所を設けたら面白いね」という話を妻や従業員と話していました。実際、長崎県の地図の上に20数店のチェーン網の想像図を描いてみたり、長崎空港のある大村市(編集部注:佐世保市は長崎県北部に位置し、大村市は県中央にある)の不動産屋にふらっと立ち寄ったりしたこともありました。

このまま進んでいったらジャパネットは量販店のような業態になっていたかもしれません。しかし、地元のラジオ番組を使ってカメラを宣伝したところ大変な反響があって面白いと思った。そこでラジオで商品を売り込む「全国ネット」をつくってみたいと考え方が変わったのです。

テレビの進出の時も自然の流れでした。声だけのラジオと顔が映るテレビでは情報発信の仕方や内容も質的に様変わりするはずですが、未知のものに対する怖さは感じませんでした。ラジオ通販の売り上げが40億~50億円規模に育ち、「よしテレビに行こう」と考えた時に、テレビ番組をどうやって制作するかという課題に直面し、長崎や福岡のテレビ局・制作会社の協力のもと、番組をつくりました。同時に放送枠を取らないと番組を流せないと思って、「ルック・トゥエンティーワン企画」という自前の代理店(ハウスエージェンシー)を設立しました。

気づいたら、「あれ、大きくなっているね」

ラジオ番組出演の傍ら、そうしたテレビ進出に向けた営業や仕事もやる。当時、ジャパネットが取引した中で一番大きなラジオ局は東京ではラジオ日本でした。テレビ撮影時には東京の撮影の現場に固定電話(編集部注:当時、携帯電話は普及していなかった)を引っ張ってもらって、ラジオ日本とつないでもらい、「ここは俺がしゃべらねばならない」という大事な時には、電話口から全国の視聴者に訴えかけたのです。出張先でも電話口からラジオ番組に出演していました。とにかく、なんでもやってたんです。やらなければいけなかったから。

ラジオ事業が軌道に乗った時に、現在のジャパネット本社のある近くに自社ビルを建てました。その当時は注文を受けた製品の発送は全部手書きしていました。まだ事務用コンピューターを買うほどの余裕もなかったので、手書きで住所、氏名をいちいち発送書に写していました。大変な作業でした。それでも足りないからついにIBMのコンピューターを買って、手書きの注文票を打ち込み始めたのですが、人手が足りない。妻は未明の午前1時や午前2時ごろに起きて打ち込んでいましたね。私は倉庫でひとり朝から晩まで製品の梱包です。返品の対応もするなど、てんてこ舞いの忙しさでした。

高田氏は「売り上げが増えるとかは、あまり気にしていませんでした」と話す

でもそうしたことを苦痛とは思いませんでしたね。やらなければならないことをやっていただけで。こう振り返ると、本当に人生って面白いですね。テレビに進出した翌年の1995年の売上高が71億円、2001年に自社スタジオを構えたころには450億円前後まで会社は成長していました。でも売り上げが増えるとかは、あまり気にしていませんでした。売り上げ1000億円に届こうが、どうしようが、そうした数字を目指していないから。気づいたら、「あれ、大きくなっているね」という印象しかなかったです。

一生懸命やらない失敗は10回やっても100回やってもうまくいかない

以上のようにお話しすると、全てがうまく回ったと思われるかもしれませんが、違うのです。必死にやってきただけなのです。僕は自慢で言うのではないですが、「失敗」がないんです。自分がやってきたことに「失敗がない」というのは失敗しなかったということではありません。失敗を試練という言葉に置き換えてみてください。一生懸命、瞬間を生きていると、うまくいかなくても「失敗」と感じないのです。自分の成長の糧になるからまた努力する、工夫する。それを繰り返すうちに次のハードルを超えていくのです。だから人間は試練なのです。一生懸命やらなかったことが「失敗」なのです。

一生懸命やらない失敗は10回やっても100回やってもうまくいきません。そうした人は年だけ取って成長しません。だから瞬間瞬間を生き続けていく。それは自分に試練を与えることだからそれでもって自分は成長し、自己更新を図り、いろんな経営のアイデアが浮かんできてその結果としてメディアミックス戦略が形となってきたわけです。ただ、「今」に向き合ってきただけと言うのはそういう意味です。1990~2000年代を私はこうして駆け抜けていきました。

高田明(たかた・あきら)
1971年大阪経済大経卒。機械メーカーを経て、74年実家が経営するカメラ店に入社。86年にジャパネットたかたの前身の「たかた」を設立し社長。99年現社名に変更。2015年1月社長退任。16年1月テレビ通販番組のレギュラー出演を終える。長崎県出身。68歳

(シニア・エディター 木ノ内敏久)

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