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第8回日経小説大賞受賞作「姥捨て山繁盛記」冒頭

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NIKKEI STYLE

第8回日経小説大賞受賞作、太田俊明著「姥捨て山繁盛記」の冒頭を公開します。来年2月に日本経済新聞出版社から単行本が発売されます。ご期待下さい。

    プロローグ

――昭和三十五年九月 山梨県北部 穂津盆地穂津村――

〈ドウ〉

重い音とともに部屋が揺れた。吹き荒れる風の呼吸に合わせて、雨が激しく窓を叩く。

夢うつつから目覚めた桝山太一は、頭まですっぽり被っていた薄手の毛布から顔を出し、薄暗い部屋の様子を探った。壁の時計は、午前一時を指している。

隣に並べて置かれたベッドに、弟の賢二と妹の千代がぐっすりと眠っていた。部屋の様子が見えるのは、食堂へ通じるドアが僅かに開いて、そこから光が漏れているからだった。

その光が微かに揺れた。食堂に誰かいる。風と雨の音が弱まった時、低い話し声が聞こえてきた。

(おとうだ)太一はベッドから出て、食堂に入っていった。三人の大人が、一斉にこちらを見る。おとうに、あかあ、それにじっちゃんだった。おとうは黒い雨合羽を着て、手に懐中電灯を持っていた。

「どけへ行くで?」

いくらおとうでも、こんなひどい台風の中を出ていくのは危ないと思った。

「ワイン蔵の天井さ雨漏りしちょって、せんころおまんも手伝うて直しただら。この雨だで、またおえんか心配じゃで、ちょくっと見とう」

おとうは、小学校の合間にワイン造りを手伝っている太一には大人のように話してくれる。だから、太一もおとうには大人のように話す。

「川が、わごらんけ?」

村の真ん中を流れる穂津川は、大雨が降るとよく暴れる。

「がとう雨じゃ、わごるかもしらんが、ほんでもこんまで水が来ることはにゃー。ほげんとこに家さ建てたさ」

おとうは、「行くずら」とじっちゃんとおかあに声をかけて、ドアを開けた。雨と風が、どっと部屋に吹き込んでくる。

太一は、ガラス窓に走った。明るいうちに釘打ちした板の隙間から、おとうの姿を探す。滝のように打ち付ける雨の向こうで懐中電灯の灯りだけが揺れていたが、すぐに見えなくなった。

一時間たっても、おとうは帰ってこなかった。ワイン蔵まで、普段なら十分もあれば行ける。台風だし夜だから、もう少し時間がかかるかもしれない。それでも、蔵を見回って何もなければ、もう戻っていい時分だった。

じっちゃんとおかあは、黙ったまま食堂の椅子に座っていた。家の外は、ゴウゴウというもの凄い風と雨の音が続いている。おかあは、太一に部屋に戻れとは言わなかった。おかあに頼りにされている、そう思った太一は、寝巻きから普段着に着替えた。何かあったら、すぐにおかあを助けなければならない。

また、一時間がたった。おとうは、まだ戻ってこない。その時、太一は部屋が妙に静かなのに気づいた。

(風が止まっとう)ガラス窓に寄って、外に目を凝らした。雨もやんでいるようだった。

「台風がいねた!」太一は、ドアに走った。

「って!行っちょし」

おかあの声が後ろから聞こえたが、「ずでえ、ちょくっと」答えて外に出た。

そこで見た異様な光景を、太一は長く忘れることができなかった。風はぴたりとやみ、雨も降っていなかった。家を囲む黒い木々はさわとも動かず、雨に濡れた枝を重く垂れていた。すべてが死んだように止まっていた。

妙に明るいのに気づいて空を見上げると、満月が煌々と輝いていた。その周りに見たことのない雲があった。大蛇がとぐろを巻くような黒い雲が空いっぱいに広がり、その真ん中に竜の目のような大きな穴があった。その目の中央に、月が光っているのだ。竜の目の縁は厚い雲の壁になっていて、月の光を浴びて銀色に輝いていた。

その時、〈ドーン〉という大きな音が遠くで轟き、足元が揺れた。

(地震?)次の揺れに備えて足を踏ん張ったが、大きな揺れは一度きりだった。代わりに、何か大きなものがこちらに近づいてくる不気味な音がして、足元が小刻みに揺れた。太一は、音のする方に目をこらした。

すぐ下を穂津川が流れ、その上流には鬼ヶ嶽が黒くそびえていた。音は、そちらから聞こえてくる。

目をこらしても、暗くて何も見えなかった。その間にも音は少しずつ大きくなり、こちらに近づいてくる。足元の地面が、音に合わせて小さく揺れ始めた。

ぬかるんだ斜面を、這うようにして駆け上がった。高い場所からなら何か見えるかもしれない。太一の目のずっと先に、ワイン蔵の灯りが小さく見えていた。

〈ドドーン〉

爆発するような大きな音が響いて、太一は足を止めて振り返った。巨大な黒い何かが、鬼ヶ嶽から穂津盆地の入り口の峠を越えて、滑るように侵入してくるのが見えた。次の瞬間、盆地に入り込んだその真っ黒い固まりは、地に伏せていた怪物が空に向かって立ち上がるように膨れ上がった。

(山津波だ!)

声を上げようとしたが、言葉にならなかった。目を下に向けて、いま出てきた家を探した。ドアが開き、そこから出てくるじっちゃんの姿が見えた。

「逃げえ~」

太一の叫び声は、村に流れ込む山津波の轟音にかき消された。へたり込んだ太一の足の下を、大きな岩や木が宙を飛びながら黒い濁流となって流れていく。あそこにじっちゃんがいる、おかあがいる、賢二が、千代がいる。ただ泣き叫んだ。

濁流に向かって手を伸ばし、足を踏み出そうとした時、後ろから抱き止められた。振り向くと、雨合羽を着た大きな男がいた。

「おとう!」

向き直って、おとうの腰に力いっぱいしがみついた。体が小刻みに震えた。それが自分ではなく、おとうの体の震えだと気づいた時、太一は意識を失った。

――昭和三十九年四月――

川から吹き上げてきた強い風に、桜が空に舞った。

真新しい高校の制服に身を包んだ桝山太一は、帽子を押さえ、薄曇りの空に花びらが吸い込まれていくのをいつまでも見上げていた。

「そろそろ時間じゃけ」

行き止まりのロータリーに停めたボンネットバスの窓から片腕を出した運転手が、声をかけてきた。

「ほな、行くずら」

見送りは、父一人だった。太一は、目を伏せてバスに乗り込む。窓際の席に腰を降ろすとすぐにエンジンがかかり、車体がブルンと揺れた。砂利をきしませ、バスがゆっくりと動き出す。

父は陽に輝く穂津川を背にして、ロータリーに佇んでいた。あんなに大きかった父が、いまは小さく見える。口が開き、何か言ったようだが、エンジン音にまぎれて聞き取れなかった。太一は帽子を取り、深く頭を下げた。

バスは、川から二百メートルほど上った高台に新しく作られた道を、甲府に向けて走る。川の周囲には、土石流から三年を過ぎた今も、大小の岩が転がっていた。

三年前の深夜、穂津盆地の中央を流れる穂津川を、黒い怪物が奔り抜けた。穂津村の約六百世帯のうち四割が被害を受け、特に盆地の最上流部にある、太一が暮らしていた上開田集落は、八割の家が全半壊する最大の被害を受けた。

いまは、ワイナリーを営む太一の家を中心に、五十世帯ほどが肩を寄せ合うようにして暮らしているが、その誰もが家族や友人を失っていた。

バスは、村の中心である本郷地区の集落を下に見ながら走る。太一が三年間通った中学校が視界に現れ、ゆっくりと流れていった。無人の校庭の桜、毎日見上げた小さな時計台。

穂津村唯一の中学校を卒業した者の半分は仕事に就き、残りのほとんどは隣町の農業高校に進学する。そんな中で、太一は甲府の普通高校に進学した。実家の経済力もあったが、とにかくこの呪われた村を出たかったのだ。

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