インフルエンザの季節 野生動物との本来の距離感は?

早い積雪により11月17日にはペンギンの散歩が行われました。お客さんは大喜び(桜井省司撮影、提供:株式会社LEGION)
早い積雪により11月17日にはペンギンの散歩が行われました。お客さんは大喜び(桜井省司撮影、提供:株式会社LEGION)

さて10月末、異例に早く降り始めた雪。いくら何でもいったんはとけるだろうと思っていたのですが、一進一退を繰り返しながら徐々に積雪は増え、12月にはすっかり雪景色です。でもまだ日中の気温が上がり雨なんて日もあります。すっかり冬の風物詩となったペンギンの散歩も、散歩コース上の雪が安定しないため、非公表で行っています。公表すると、中断するとも言えなくなってしまうためです。基本アスファルトの上は歩かせていません。足の裏に小さな擦過傷ができ、時に脚を痛めてしまう可能性があるためです。遠方からわざわざお越しいただくお客さんが多いという特殊性から、「今日から始めます」と安心していえる状態になるであろう日を天気予報とにらめっこする日が続いています。もっともペンギンの散歩は本来ペンギンの歩くという習性を発揮させて運動不足解消のために行っていることなのですが……。

今年はさらに不安材料があります。高病原性鳥インフルエンザです。今回はH5N6型のようです。今年は過去にない最も急速に最も多い感染例の確認をしています。インフルエンザウイルスは本来ハクチョウ・ガン・カモ類(水禽類=すいきんるい)を宿主とするウイルスです。ですが、とても変異の起こりやすいウイルスなので、さまざまな動物に感染性を持つように変異し、さらに特定の動物群や種に感染性を持つ型となったインフルエンザも多くあります。アザラシの仲間の間で流行するインフルエンザもあるのです。この時期になると毎年、ヒトの間で流行するインフルエンザもそうです。

春には旭山動物園の近くの水田にも渡りの途中のハクチョウが群れでやってきます(桜井省司撮影、提供:株式会社LEGION)

渡り鳥にとって、日本は北方圏で繁殖をする鳥たちの重要な越冬地です。冬の訪れを告げるV字形の編隊を組んで空を飛ぶハクチョウやガンの群れが「怖い」物に見えてしまうことは悲しい一面もあります。ツルの仲間やガン・カモ・ハクチョウの仲間、ワシタカの仲間で感染例が見つかっていますが、種によるウイルスへの感受性や致死率など、不明な点だらけです。感染はしても発症しないで糞中などに排菌している種がいるとしても、発見は困難です。どのように野鳥の間で伝播しているのか、といった疫学を解明するのは至難の業です。

「高病原性」の根拠の一種となる家禽(かきん)のニワトリは極端にあらゆる意味で画一化(クローン化と言った方がわかりやすいかも)されているので、何らかのルートでウイルスが鶏舎に持ち込まれ、1羽が感染発症排菌すると、あっという間に鶏舎全体に広がり感染の連鎖を止められなくなります。致死率も高率です。経済的なダメージ、さらには食の危機に直結します。

日本は清浄国であることを方針としていますから、治療の対象とはせずにすべて殺処分とします。なぜワクチンを使わないのかというと、ワクチンは症状を軽くはしますが感染を防ぐわけではないからです。つまりウイルスを常在化させてしまう危険があるのです。常在国になると、ニワトリの輸出はできなくなります。何よりも致死率の高いヒト型に変異することがもっとも警戒しなければいけないことであり、防がなければならないからでもあります。

清浄国であろうとする国がある一方で、ワクチンを使用したり、徹底的な殺処分をしない、あるいはできない国もあります。ある意味、ニワトリはインフルエンザウイルスの増殖培地です。養鶏場に隣接してニワトリの糞が流れ込む(人工の)池があり、そこに水禽類などの野鳥が舞い降りて感染するなど、ヒトが野鳥に高病原性インフルエンザを伝染させている一面もあります。

日本では昔、水禽類は餌となる水草が豊富で流れの穏やかな三日月湖や湿原など自然の中で、ヒトの生活圏と適度な距離を保って羽を休めていました。いつしかヒトは河川改修をし遊水池や調整池やダムを造り、本来の越冬場所を奪いました。彼らはたくましく、ヒトがつくったダムや調整池、公園の池などヒトの生活圏で越冬するようになりました。落ち穂を食べ、ヒトがわざわざ餌を持ってきてくれるようにさえなりました。水禽類とヒトの距離感が近くなったのです。

渡り鳥は原子分子というか、物質としてみたら、大陸間での物質の循環です。たとえばハクチョウ類。シベリアの豊かな物質が日本に運ばれ、キツネなどが厳しい冬を生き抜く糧になります。死亡すれば、土に還(かえ)ります。春、日本の豊かさをたくさん身につけてシベリアの大地に戻り、繁殖し、時にはシベリアで暮らすキツネの子育てを支えます。脈々と続いてきた循環の輪、地球の命の仕組みです。

冬季は閉鎖していますが、ととりの村にはハクチョウやカモなどの水鳥がいます(桜井省司撮影、提供:株式会社LEGION)

野生動物との本来の距離感とは? 真剣に考えなければいけませんね。もしかしたら、人口減少は大きなチャンスになるのかもしれません。野生動物から奪った場所を少し、彼らに返すことができるかもしれません。適当な距離を保つことで、私たちも冷静な対応ができ、経済的精神的な被害の軽減にもつながるでしょう。

さて動物園の野生種の鳥類は、家畜伝染病予防法で言う家禽ではなく、自然界の野鳥でもありません。「飼育下野鳥」といいます。家禽の場合は農林水産省、野鳥は環境省、人への感染対策は厚生労働省と、対処法が縦割りに決まっています。飼育下野鳥は縦割りの中で位置づけが曖昧です。動物園の立地環境を考慮し、各省庁との協議の中で園館ごと、個別に対策を施していくことになります。

(撮影・桜井省司、提供:株式会社LEGiON)
坂東元(ばんどう・げん) 1961年旭川市生まれ。酪農学園大学卒業、獣医の資格を得て86年から旭山動物園に勤務。獣医師、飼育展示係として働く。動物の生態を生き生きと見せる「行動展示」のアイデアを次々に実現し、旭山動物園を国内屈指の人気動物園に育てあげた。2009年から旭山動物園長。
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