バンガードは世界最大のインデックス(指数連動)型投信運用会社。一方で実は運用資産の3割は運用担当者の腕で平均を上回ることを目指すアクティブ型投信であることは、ほとんど知られていない。しかも運用成績は極めて良好だ。インデックス投信会社による「勝つアクティブ型投信」の秘密とは何か。
10年間で勝率9割以上――。バンガードの運用するアクティブ型投信が同種のアクティブ型投信の平均成績を上回った比率だ(グラフA)。株式と債券では93%で、バランス型投信では100%、つまり全投信が勝っている。なぜこんなことが起きるのか。
米ペンシルベニア州・フィラデルフィア郊外のバンガード本社で、アクティブ投信部門のダン・ニューホール氏に話を聞いた。
この日も天候は小雨。バンガード本社のすぐ隣はよく手入れされた巨大な森だ。窓の外では相変わらず、野生の鹿の親子が寒そうに立ち尽くしている。
アクティブでも低コスト
「好成績の要因のひとつはアクティブ型投信でもバンガードは低コストだということだ」。ニューホール氏はそう指摘する。投信の成績は、運用結果からコストを差し引いたもの。「コストが高いと超過リターンの多くが食われてしまう」
米国のアクティブ型投信の信託報酬(経費率)が年1.14%に対し、バンガードのアクティブ型投信の経費率は株式投信が年0.39%、債券投信が0.16%だ(いずれも昨年末時点)。
アクティブ型投信の成績にコストが与える影響については、米国と日本の各モーニングスターが興味深い分析を発表している(表B)。米国では2014年末までの10年間で、米国株のアクティブ型投信がインデックス型投信に勝った比率はわずか22%。長期ではアクティブ型はインデックス型に勝ちづらいというセオリーを物語る結果だ。
ただし対象投信のうち経費率が高い順と低い順にそれぞれ25%を取り出すと、高コスト投信群の勝率が10%とさらに下がる一方、低コスト投信の勝率は30%へ上昇した。
ちなみに日本でも15年8月までの10年で、日本株のアクティブ投信がインデックス型投信に買った比率はやはり32%と低い。しかし高コスト投信群の勝率が25%とさらに下がる一方、低コスト投信の勝率は62%と、インデックス型を上回った。米国以上にコスト差の影響が大きく出ている。
「バンガードはインデックス投信と同様に、アクティブ型でも毎年徹底したコスト引き下げに取り組んでいる」(ニューホール氏)
ここでも発揮される「規模の効果」
ただしアクティブ型投信の成績はもちろんコストだけでは決まらず、ファンドマネジャーの腕こそが大事。バンガードは実はアクティブ型投信の運用の大半は外部委託だ。「世界でも有数の30の外部のファンドマネジャーなどに運用を任せている。しかもローコストを追求するため、高すぎる経費は払わない」(ニューホール氏)
「高すぎる経費は払わないのに、外部のファンドマネジャーはそれでもいい成績を上げてくれるのですか?」と聞いてみた。委託先のメリットを知りたかったからだ。
「バンガードのファンドマネジャーに選ばれることを名誉と思ってくれる人が多い」とニューホール氏。それ以上に大きな魅力はやはり「規模の経済」だ。
バンガードが運用を委託すると、バンガードへの信頼からその投信には巨額の資金が集まるのが常だ。委託先が自社で運用するよりも運用規模を大きくできるので、たとえ経費率が低くても委託先は大きな収益が見込める。
「もちろん徹底した選別をする。ファンドマネジャー選びのために、1年で200くらいのミーティングをしている。そしていったん選んだからには、選んだ理由が消えてしまわない限り、短期的な市場の下落などで解約することはしない。30年以上付き合っているところもある」(ニューホール氏)
「ところでインデックス最大手のバンガードがなぜアクティブ型投信も運用するのか」とも聞いてみた。ニューホール氏は「我々はインデックス運用を最高だと考えている」と言いつつも、「一部をアクティブ型で運用したいという投資家もいる。アクティブ型も質の高いファンドマネジャーを選んでローコストで運用すれば、超過収益をあげられる」と答えた。確かにバンガードのアクティブ型投信の成績はそうした言葉を裏付けている。
勝つアクティブ投信、意外な3つ目の条件
ローコストと質の高いファンドマネジャーは「勝つアクティブ型投信」に重要。ただし投資家がアクティブ型投信で十分な見返りを得るには3つ目の要素も必要らしい。9月に東京でインタビューした投資戦略グループのプリンシパル、ダニエル・ウォリック氏は「それは投資家側の我慢だ」と言っていた。
ウォリック氏は「例えば14年末までの15年間で、投信市場全体では市場平均を上回るアクティブ型投信は24%しかなく、しかもその勝ち組も、継続的に勝ち続けるわけではない。勝ち組の98%が、4年以上は市場平均を下回る年があった」という。
市場平均に負けている年にも我慢して持ち続けられるだけの信頼性をアクティブ型投信が獲得していないと、がっかりして投資家は売ってしまい、負けが確定する。「アクティブ型投信の保有で投資家が成功するにはそうした困難さもある」(ウォリック氏)
難しさが知られているからこそ、米国ではインデックス型投信への資金流入が加速しているのかもしれない。
昨年までの5年間でバンガード1社への資金流入が米国全体の45%を占めたことはこの連載の中ですでに書いた。
今年はどうか。10月末までのバンガードの米国籍ファンドへの資金流入は2506億ドル(1ドル=110円換算で約27兆5700億円)で、すでに昨年1年間(2361億ドル=同25兆9700億円)を超えた。バンガードの「一人勝ち」はさらに鮮明になりつつある。
そうした状況下ではあるが、バンガード本社のクルーたちは極端なほどの成功を特に意識する様子もなく、フランクで明るく、親しみやすかった。
例えば最高経営責任者(CEO)のビル・マグナブ氏。バンガード本社を訪ねた日、廊下でマグナブ氏とすれ違った。その場で、同行していたカリスマ投信ブロガーの水瀬ケンイチさん(43)をはじめとする同行者全員との個別の記念撮影が始まり、計5分近くも笑顔で応じてくれていた。資産330兆円(15年度末)の運用会社のトップとしては、かなり珍しいだろう。
カギは「長期・分散・低コスト」
ちなみに今年1~10月の日本の投信全体への資金流入は1兆1100億円。全部合わせてバンガード1社の4%という寂しさだ。
「何がいつ上がるかを当てるのが投資」。日本ではそんなイメージがいまだに強い。短期勝負で勝ったり負けたりを繰り返し、結局資産を残せないことも多い。
バンガードへの資金流入を支える「長期・分散・低コスト」という投資の王道に立ち戻り、なるべく成功確率を高める形で老後資金形成をしないと、老後のどこかで資金が尽きてしまうリスクは加速度的に高まっている。
バンガードが折に触れ投資家に伝えている「投資の4指針」はこうだ。
(1)明確で適切な投資目標を設定
(2)広く分散化されたファンドを使い適切なアセットアロケーションを構築
(3)投資コストを最小化
(4)長期的な視点を持ち、規律を保つ
この指針は日本の個人投資家にとっても大切なものに思える。
バンガード本社では取材日に不在だった創業者のジョン・ボーグル氏の執務室にも入らせてもらえた。ちなみにボーグル氏は現在87歳。バンガードの経営には携わっていないが、本社内にある「ボーグル・ファイナンシャル・マーケット・リサーチセンター」の所長として、週に半分以上をキャンパス内ですごす。
机の上や床には仕事中の書類がそのまま置かれ、壁や机にはバンガードの社名の由来にもなった海戦の絵や、ボーグル氏が「ウォール街のランダムウォーカー」の著者であるバートン・マルキール教授など資産運用業界の巨人たちと肩を並べた写真が飾られていた。
当初は「ボーグルの愚行」とも呼ばれたインデックス型投信が、40年の時を経て世界に広がった。1人の人間には何かを大きく変えられる可能性があるのだと、感じさせられる場所だった。
(編集委員 田村正之)