生徒から評価させるだけではなく、例えば夏期講習では教科の担当を複数化し、生徒の応募形式とした。実力のある先生に人気は集中する。筑波大学付属駒場高校や関西の灘高校など他の有名進学校での研修・視察も頻繁に実施し、事後には情報共有の報告会も行った。

若手教師たちが副読本を出版

豊島岡女子学園の校舎には、和室や茶室のほか、高級フランス料理店のような豪華な洋室まである=東京都豊島区

若手人材育成のため、12年の創立120周年記念事業には理科・数学・社会科で計8冊の副読本を出版した。筆者は二木氏が採用した東大大学院出身者など大半が20~30歳代の教師だ。若手教師らは二木氏や各主任らの指導を受けながら、各教科ごとに分厚い副読本を作成した。「自らの名前で立派な本が出版されるとなると、モチベーションが上がります。この若手教師らが進学実績アップの原動力となった」と二木氏は話す。 二木氏は大学院生やゼミ生のように若手教師を鍛えた。進学実績が芳しくなければ、カツを入れたこともある。入試結果を徹底して分析し、実行、評価を繰り返す。

東大生の渥美さんは「こまめな小テストや長期休暇中の特別講義など、先生たちの学習面でのサポートが充実していた」と振り返る。

人材教育は家康に学ぶ

歴史家の二木氏は、戦国時代の武将を手本にリーダーシップや人材育成を磨いた。「織田信長は考え方が先進的すぎて、普通の感覚ではついていけない。その点、徳川家康は分かりやすい」という。家康は国元の行政官「三河三奉行」として、鬼のようなタイプ、仏のようなタイプ、公平無私なタイプなど性格の異なる武将を組み合わせた。「意見が異なり、時にはケンカするくらいなほうがいいものが生まれる。仲良しグループはダメ。教員間でチーム編成するうえでもそれを参考にした」という。

運針や礼法など建学の精神に基づく伝統も「売り」にし、体育祭や文化祭などのほかに新たな各種イベントも積極的に実施、校歌をコーラス部と吹奏楽部の共演によるCDにするなど、テレビで学んだ手法で「喜びと感動」も演出した。突然、父親から継承し、学校経営者になった二木氏。大学、テレビ、そして歴史に学び、全国トップクラスの女子進学校を創り上げた。

二木謙一氏(ふたき・けんいち)
国学院大学大学院修了、同大教授などを経て名誉教授。専門は日本中世史(戦国史)。2003年、豊島岡女子学園校長就任。13年、同校卒業生の校長に引き継いで現職。有職故実研究の第一人者として知られる。「軍師官兵衛」など14作品のNHK大河ドラマで時代風俗考証を担当。75歳

(代慶達也)

[2016年12月3日公開の記事を一部再構成]

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